第2話 天使な幼馴染に帰りの挨拶をする
「今日やった範囲はこの後も出てくるから、しっかり復習しておこう」
「はい、分かりました」
俺にとっても初めての数学の授業だっただけに緊張したし、正直詰まったところもあった。
ある意味、結夢で良かったのかもしれない。アットホームな感じで出来た所もあるから。
「じゃあ、授業終わります。気を付け、礼」
「ありがとうございました」
ペコリと二人でお辞儀をして、そのまま塾の玄関まで同行する。
玄関まで辿り着いてから、俺は思わずこんな質問をしてしまった。
「今日の授業、分かりやすかった?」
しまった。俺は一応はプロとして、金を貰っているのだ。
こんな質問をしているようでは、プロではなくて生徒みたいじゃないか。
「すっごい、分かりやすかったです……!」
でもカーディガンの裾に隠れがちな彼女の両手の握り拳が、本当かどうかを示してくれていた。
この子な、分かりやすいんだよな。
でも、質問した事には反省はしなきゃだけど後悔はしなくて済んだ。
「柊先生、本当に先生みたいでした」
「先生みたいというか先生だからね」
「だってさっきの数学も、教えられるほど知っているのはすごいと思います……受験勉強、いっぱいしたんだなって」
「俺の場合は追い詰められて残りの一年間焦っただけだ。まあ大学行く行かないは決まっていないにしても、各分野の内容を理解して進んでいればいざという時に慌てず済むよ」
「分かりました」
「後――」
俺は結夢に顔を近づけて、耳打ちした。
まだ夕方に差し掛かった頃の時間ゆえに、あまりに講師も生徒も数はいないけれど、デリケートな話だったので念の為。
「――あまり先生の大学がどうとか、そういう話はしないようにな」
これは真面目な話。
塾業界では、バイト講師の大学生が「俺、大学生!」と名乗るのはタブーになっている。
大学生に任せているの? という不安を持つ人もいるかもしれないからだ。
特に「俺、●●大学!」なんて大学名を名乗るなど以ての外。
判明した大学名を比較して、より偏差値の高い大学の講師にお願いしてよ、ってクレームにも繋がるからな。
とはいえ、今はSNSで簡単に大学生が塾講師をしているなんて事実はバレる。
なので基本、生徒側が知っていたりしたら仕方ないね、くらいなものではある。
結夢も俺を元々知ってる訳だし、これは不可抗力なんだけどね。
「……は、はい」
結夢から帰ってきたのは震える声だった。
怖がらせたか? あまり強い口調では言ったつもりはないが。
結構繊細な子だったからなぁ、と顔を見ると。
ぷるぷると震える顔が、春らしく桜色に染まっている。
何これ。思わず俺まで赤くなるくらい可愛いんですが。
「どうしたの」
「……ち、ちか、近かった……ので」
「ああ、すまん」
危険を察知する、プライベートゾーンが思ったより広くなってたのか。
お年頃だしな。気を付けよう。
結構その辺の女子的な部分を気にする子でもあるからなぁ。
……妹と違って。
「そ、そういう……ところも……変わらないですね。礼人お兄……いや、柊先生」
「えっ、前もこんな感じだったか?」
「……先生、そろそろ次の授業じゃないですか?」
そうだ。次の授業までは五分しかない。塾講師はかなりハードスケジュールなのだ。
さっさと準備しないと、飲み物を飲む時間すらない。トイレすら行けない。
「じゃあ私、帰ります……また後で」
「ああ、さようなら」
と言いながら、一点に腑に落ちなかった事を追想する。
「また後で」って何ぞ?
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