第30話 二人の誓い

 少女は立ち上がると少年の前でブレザーを脱ぎ捨て、スカートのホックを外しファスナーを下ろし、スカートをふわっさと足元に下ろしました。濃紺のプリーツスカートが綺麗に丸く少女の足元に広がり、少女の下半身は純白のスリップ姿に変わりました。


「な、なにをして……。」


 少年の戸惑いに頓着なく、少女はベストの脇ファスナーを上げ、ベストを上にたくしあげて脱ぎながら言いました。少女を止めようもない少年は、ただただ狼狽しています。


「だから、……わたしは、しんちゃんと別れたくない、だから。」


 少女の声には、怒り、もしくは憤りの色が含まれていました。少なくとも、いつもの柔らかな優しい声色でも、明るく快活なそれではありません。


 ここにきて、さすがに少年は驚きと焦りを覚えました。そういえば、前に似たようなことがあったような……。少女は突然こんな突拍子もない行動に一足飛びしてしまうことを少年は思い出しました。


「誰も別れるなんて言ってないし、……だから、それが服を脱ぐのと何が関係あんだよ。」


 逆上したような少女には、少年の説得も甲斐なく、少女はベストを脱ぐとブラウスのボタンを一個一個、外し始めました。


「しんちゃんには分からない! しんちゃんは平気なの! わたしは平気じゃない! 」


 無邪気そうに見えて、意外に冷静で穏やかな少女の、初めて見る逆上した姿に、少年はただただ驚いていました。同時に少年は少女の嘆き悲しみの深さを改めて思い知りました。


「もういいから、やめろよ。」


 少年は、少女の逆上したような過激な行動を止めるために、思わず少女に抱きつきました。既にブラウスのボタンをすべて外して下着姿もあらわな状態の少女を抱きしめたのでした。


それでも、少年に抱きしめられながらも、駄々をこねる子供のように少女は嫌々をして、ドレープを描く純白のスリップの裾がヒラヒラとなまめかしく揺れ動きます。


「いいの! しんちゃんに忘れてほしくないから! しんちゃんにわたしを! ……キスなんかでごまかされたくない! ……わたし、バカだからどうしていいか他にわからない! ……だから、しんちゃんに、わたしを忘れられなくしたい! わたしがいなくても、わたしを忘れてほしくない! ……しんちゃんの心の中にわたしの存在を刻み付けるの! 」


 少女の嵐のように激しい思いのたけに、とうとう少年もたまらずに自分の思いをぶつけました。


「忘れないよ! 忘れるもんか! ぼくが理恵子のことが大好きなのは、たとえ、何万キロ離れたところで、1年たっても、10年たっても、絶対に変わらない! 」


 少女の動きが止まり、顔を上げた少女は、涙を浮かべた瞳を少年に向けます。


「……ほんと? 」


 少年は優しく微笑み返しました。自分と離れ離れになることをこれだけ嘆き悲しむ少女のことを、少年がいとおしく思わない筈がありません。


「1年くらい会えなくたって、ぼくの気持ちは変わらない。……ぼくはまだ高校生の子供だから偉そうには言えないけど、……だけど、ぼくは理恵子と一生涯、ずっと一緒に生きていきたいと決めている。おばあちゃんになった理恵子を看取るまで理恵子を離さない。こんな重いこと、なかなか言えなかったけど……本気だよ。理恵子さえ良かったら。」


 別れを強いられて、仲を引き裂かれようとしている危機感しかなかった少女の頭の中に、少年は少女のまったく想像もしていなかった言葉を投げ掛けました。少年は少女にふたりの未来を語ったのです。


「え! 」


 この時、少年は、まだ14歳になったばかりの中学2年生の時、大好きなおばさんと別れたあの結婚式直後のことを、ふと思い出しました。少年はあの時、今の少女のように泣いて駄々をこねておばさんを困らせました。


 結局、その時がおばさんとの別れになりました。だからこそ少年には少女の気持ちが痛いほどに分かるのでした。そこで別れを強いられた辛さが十分に分かるだけに、少女には絶対にそんな思いをさせたくはない、させてはならない、そう固く思っているのでした。


 だから、少年は、目の前のこの最愛の少女に対して、最愛の人と別れなければならないという自分が味わった辛い思いは、絶対にさせてはいけない、させたくないと強く自らに念じていました。


「プロポーズには早すぎだけど、それに、理恵子のお父さんには笑われそうな無責任なガキのプロポーズだけど……でも、そんなに、おれ、理恵子に信用なかったかなぁ。……おれ、一生、愛するのは理恵子だけだよ。理恵子以外の人を、おれ、もう誰も愛せやしないよ。」


 少女は泣いているのやら、喜んでくれているのやら、どっちか分からないようなグショグショの泣き笑いになっています。


「知ってる、知ってたけど……でも……えっ、えっ……。しんちゃんが、そこまで考えてくれていて、嬉しくて……えっ、えっ……。しんちゃん、ほんとに、ほんとに、わたしがシワシワのおばあちゃんになるまで、ずっとそばにいてね。……うっうっ……約束だよ。」


 少女は真っ赤に目を腫らしているだけでなく、涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにさせていました。少年はその涙と鼻水でぐしょぐしょになった少女の唇に唇を重ねてきました。


「これ、ごまかしのキスじゃないよ。……今日の……味は、理恵子の涙と鼻水で味付けしてあるから、ちょっとしょっぱいな。」


 そう言うと少年は少女の胸元に顔を埋めました。はだけた制服のブラウスが、かろうじてかかっていた少女の腕からはらりと落ちて、少女は純白の美しいスリップ姿で少年と抱擁していました。


 少年は少女に甘えるように、レースを上品に飾り付けられたスリップの胸元に顔をなすりつけ、少女の柔らかな胸の感触を肌に感じていました。スリップ越しではありましたが、少年は初めて少女の柔らかい胸に顔を埋めたのでした。


「あぁぁぁ……初めてだよね?理恵子の胸にこうして甘えるのは。前から、こんな風に、子供みたいに、理恵子の胸に顔を埋めてみたかったんだ……。柔らかくていいなぁ……。理恵子のいい匂いもする……。理恵子、大好きだ。何回でも言えるよ。理恵子が大好きだ。」


 少女の甘い香りと弾力のある柔らかな感触が少年を包み込みます。清楚なスリップのレースに包まれた、これまた清楚な白い刺繍のブラジャー、そのブラカップに包まれた弾力のある柔らかい乳房を、少年は初めて愛撫しました。少女の胸の谷間に何度も何度も、少年は母に甘える乳呑子のように唇を重ねます。


「もう、……しんちゃん、ったら。」


 少女は涙をぬぐって、ようやく笑顔を見せました。


 少女を抱きしめた少年の両腕は少女の背中を抱え、スリップのひんやりするする生地の表面を遊ぶように、少女の背をさすり続けます。ストラップの4本線を指でなぞり、レースで縁取られたスリップのバックラインに手のひらを踊らせます。


「理恵子のスリップに甘えても、今日は平手打ちはしないよね……。」


「え? 」


 少年の言葉にちょっと意味がわからないような顔の少女でした。少女は、少年を平手打ちなんかしたおぼえがないような不思議な顔をしています。


「中学生の時に理恵子のスリップを拾ったら、理恵子から頬を平手打ちされたし、高1の時、理恵子のスリップをこっそり盗ったら、……あのキスもインパクトがあったなぁ。……でも、あれはあれで良かったかな? 」


「ばか。」


 少女は頬を染めた……のでしょうが、泣き腫らした顔なのか、恥ずかしい顔なのか分からないほどです。でも、赤く腫れた少女の瞳が柔らかい笑みに変わったのは少年にもよく分かりました。


「そういや理恵子のスリップ姿、初めて全身の姿を見るけど、とっても可愛いし、綺麗だよ。今日は思いがけず願いがかなって嬉しいなぁ。可愛いのに、とても上品で大人っぽい感じに見える。やっぱり理恵子は最高だね。」


 少女がやっと笑い顔になって嬉しそうに返事しました。


「もう、スリップフェチのド変態。」


「そんなぁ。理恵子のスリップにだけだよ。理恵子だから、だよ。」


 少年は再び少女にキスをしました。今度は唇を薄く開きながら何度も重ねつつ、舌を伸ばして理恵子の舌を探しからめて、何度も何度も少女の唾液を吸い上げるようにはり付きました。


「んんんんん……。」


 そして、スリップ姿の理恵子を更にぎゅっと抱きしめました。少年は、身体の前面全身で少女の身体とスリップの感触を堪能しています。


 長く執拗なキスをしたあと、少女の頭を抱えるように頬を合わせ、少女の耳元に囁くように話します。


「理恵子が日本に戻ってくるまで、ぼくは童貞のままで待ってるよ。」


 少女は嬉しそうに応えました。


「私の処女はしんちゃんにもらってもらうんだからね。浮気したくなったら、私のスリップでオナニーするんだよ。……そうだ、ついでに私のスカートも、……私の制服をしんちゃんに置いてくからね。」


「そりゃあ、最高だな。1年間、ズリネタには事欠かないよ。」


 赤く目を腫らしたままの少女が、笑いながら少年に毒づきます。


「この変態! せめて『抱き枕にする』くらいに言ってよ。ムードもなんもないんだから。」


 少女は涙を浮かべて、でも、嬉しそうに、今度は少女の方から首を伸ばしてキスをしました。少年は少女の唇を受け止め、大きく手を広げて彼女を腕の中に抱きしめました。


(理恵子、きみが帰ってきたら、その時こそ、ぼくはきみとひとつになる。そして、もう二度ときみを手放さない。……絶対に。)


**********


「あと何回、しんちゃんとこうして会えるかなぁ。わたしが向こうに行ってる間、しんちゃんは高校3年生してるんだよね。」


 ふいにあることに気づいた少女が、少年の胸から顔を上げました。


「あれ、じゃあ、わたしが日本に帰って高校3年生してる時に、今度はしんちゃんが大学生になってどっかに行っちゃうってこと? え~っ! それない~~! 」


 自分が今からベルギーに行くのに、帰ってきた1年先の心配をし始めた少女の天然ぶりに、少年は苦笑してしまいました。


「なに言ってんだよ。海の向こうの地球の反対側じゃあるまいし。ぼくは休みたんびに理恵子に会いに戻ってくるよ。夏休みとかなら、理恵子もぼくのアパートに来ればいい。将来、一緒に暮らす練習でもしよう。……まぁ、受かればの話しだけどね。」


 まるで新婚生活が始まるかのように少女は目を輝かせます。


「う~! しんちゃん、嬉しい~! 」


 すると、また何か思いついたのか、少女は少年の腕から離れて、自分の机やタンスの家探しを始めました。


「あ! そうだ! そうと決まったらしんちゃんには大学合格してもらわないと! 予備校生に転がり込んだら勉強の邪魔だからね。……確かこっちに……。」


 そもそも大学も勉強をする学校である前提を少女は忘れています。しかし、今の少女は夢の新婚生活に頭がふわふわと飛んでいってしまっているようでした。


 少女は、もはや17歳の年頃の娘になったばかりだというのに、まるで小学校低学年の子供のように、スリップ1枚で部屋の中を走り回ります。ヒラヒラと翻るスリップの裾からパンティがあらわになってもまったく頓着もありません。見ている少年の方が目のやり場に困る始末です。


「あったあった! 霊験あらたかな最強のお守り、オチナイクン! 」


 遂に少女が机の引き出しの奥にお目当てのものを見つけました。


「なんじゃそりゃ! 第一、机の奥に押し込んで霊験あらたかもないもんだ。お守りの中に住んでる神様はよっぽと我慢強いなぁ。」


 それは合皮のプレートに「OCHINAIKUN」のローマ字をロゴにして、そのローマ字に小猿が尻尾を引っかけて「落ちないよ」とでも言っているような絵柄が刻印されていました。合皮のプレートの端に鍵等を付けられるようになっていて、御守りというよりはキーホルダーのようです。


「なに、言ってんの。わたしの中央高校D判定を見事に覆して、担任の赤井を絶句させたお守りだよ。」


 スリップ姿のまま、少年の目の前で仁王立ちとなり、その御守りを、まるで水戸黄門の印籠のようにかざし、得意満面の笑顔の少女でした。


「だいたい、しんちゃんが男子校なんて行くから悪いんだからね。逆立ちしたって行けやしないじゃない!」


 話しが変な方向に飛び火しちゃいそうでしたので、少年はあわててその御守を押しいただきました。それはもう、後生大事に。


「わかった。そりゃ、すごい効き目だ! ありがたく頂戴するよ。」


 それでも少女は最後のダメダシは忘れません。


「そうだよ。わたしがいない間は、頑張って勉強だけしてるんだよ。他の女の子と遊んだりしたら承知しないからね。」


 こうして、少年と少女はお互いの結び付きの深さを改めて確信したのでした。


**********


 3月に入り、理恵子は両親と海外に向かいました。


 少女の両親とはまだ面識のない少年でしたから、少年は駅のホームの片隅で少女の旅立ちを見送りました。


 もちろん、少女もまた、少年の見送りに気付きました。少年は大きく手を振って、笑顔で少女を見送ります。そして、少女は列車の窓に取りすがり少年の姿を見守ります。その瞳に溢れこぼれんばかりの涙を湛えていたところまでは少年には見えませんでした。でも、少年にはそれが十分に分かっていました。なぜなら、手を振る少年もまた溢れ流れる涙を止めようもなかったからです。


 あっという間に少女の姿は見えなくなり、列車もどんどん小さくなり、たちまち見えなくなってしまいました。


 少年にとっては、理恵子のいない淋しい春休みの始まりです。

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