第29話 海外へ!

(これまでのあらすじ……)


愛するおばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた少女と同じ道を歩み始めます。しかし、少年には少女には言えない淫らな性癖がありました。女性のランジェリーへのフェチ的な思いです。ある日、とうとう少年の悪い性癖が少女の前にさらされる時が来ました。しかし、少女の反応は少年の想定を飛び越え、ふたりはより強い絆で結ばれることとなりました。ふたりはこれからも永遠に一緒であるという思いを共にしていたのです。


**********


 高校の楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。年が明け、冬が過ぎ、夏も過ぎ、そしてまた年が明け、少年と少女は高校2年もいよいよ残り少ない三学期の終わりとなりました。


 その間、ふたりはじゃれあっているような些細なケンカをたまにするくらいで、お互いが驚くほどに考えも行動も阿吽の呼吸で、どちらかが片方に寄せるでもなく、ふたりは友人達の誰もが認める最高最強のパートナーとなっていました。少年は、肉体的な結び付きを超えて、日常の些細な言動から少女との固い絆を確信していましたし、少女もまた、今のままで十分な幸福感を味わっていました。


 しかし、日差しも柔らかくなり、間もなく春休みとなる三学期の終わり、ふたりの間を引き裂く出来事が起きようとは、神ならぬ身の二人には気づきようのないことでした。


 少女はいつ頃からだったか、不思議と浮かない様子を見せる時があるようになっていました。今まで、決して隠し事のなかったふたりでしたから、少年はすぐにその少女の異変に気づきました。少年がそれと気づいたのは年が改まってしばらく経ってから、もう月は2月に入っていました。


 1月15日の少女の誕生日には、まだまったく様子の変化はありませんでした。少年はいつも少女の様子には敏感で、少女の変化にも、もちろん気付いていました。しかし、少年は、少女から話しをしてくれるのを待っていました。それほど、ふたりの間には隠し事はない筈だとの、根拠もない自信を持っていましたし、少女をせっついてしまうことで、少女に平静な対応が出来ない状況に追い込むよりは、少女に気持ちを整えさせてやろうと思いました。


 それが少年の良いところでもあり、また悪いところでもありました。少女の気持ちの整理を待つと言うのは聞こえは良いのですが、悪く言えば少年は自分から動くことを逃げているのと同じです。少年はそうやって受動的な姿勢を続けることが優しさと勘違いをしているのかもしれません。しかし、そういう少年の行動傾向が少女を追い込んでしまうことにも、そろそろ気づかなければならないのかもしれません。


 そんな中、高校の終業式も間近に控えた2月の末のことでした。いつものように少女の部屋に遊びに来た少年は、少女ととりとめもない話しで楽しい時間を過ごしていました。


**********


「それでね、お店の人が……○△□◎◇☆」


「そりゃすごい、ぼくも見てみたかったなぁ。……○△□☆◎◇」


いつものように会話を楽しむふたりでした。……しかし、何をきっかけにか、ふいに少女の声色が変わりました。


「しんちゃん、あのね……。あのね……。」


 急に少女は口ごもりはじめ、何かを言おうとしているようでありながら、なかなか口を開こうとしない矛盾した行動をしているようでした。その少女の雰囲気の変化を察した少年は優しく少女の話しを促します。


「どうしたの? 」


 意を決した筈の少女でしたが、なかなか次のうまい言葉が見当たりません。少女は自分を鼓舞します。


(しっかりしろ、理恵子! ……しっかりしろ、自分! ……はやく、しんちゃんに伝えなきゃ! グズグズするな! )


 少女は心のなかで自分に気合いを入れて、なんとか気持ちを建て直して言葉を紡ぎ出します。


「わたし、……あの……わたし、…………。…………。」


少女は言葉を止めた……というよりは、そこに迷い、もしくは、ためらいのような様子が見えられた。少年は柔らかい表情のまま、少女の脇に視線を向けつつ、静かに少女の次の言葉を待ちました。


「わたし、……春からはここにいないの! ……日本から出ちゃうの! 突然でごめんなさい! 」


 最初は逡巡しながらも、後半は一気呵成に結論だけを吐き出したのでした。


「そっか、やっぱりそうだったんだ……、で、どこ? 」


 少年はその言葉をあたかも予想していたかのように、意外と冷静に少女の告白を受け止めました。


「え? しんちゃん、知ってたの? 」


 知ってたも何も、最近の理恵子の様子と机の上にフランス語日常会話集なんてのがあれば、なんとなく分かりそうなものです。少年はその冊子を指差しながら言いました。


「ぼくも理恵子には隠し事なんかできないけど、ぼくだって理恵子をずっと見ているんだ。理恵子の様子が変わったりしたら、ぼくにはすぐ分かるよ。」


 少年も、こちらから切り出すわけにも行かず、いよいよ、そのフランス語教本あたりをきっかけに切り出そうかと悩んでいました。それでも、心の準備もないままに少女をせかしたりしたら、益々少女が混乱しちゃうだろうかと、少年なりに気づかいをしていたものです。それが少年の優しさでもありました。


 しかし、それが結果的に少女を今日までの長い苦しい時間を過ごさせる遠因ともなったわけですし、事実、そこに追い込まれてしまった少女を苦しませる結果となったのです。少年にはまだそれが理解できていませんでした。


「もっと早く言わなきゃいけなかったよね。ごめんなさい。……お父さんが海外に行くから、なんかの施設の建設プラントの技術指導で、あ……と、ベルギーなんだけど、……お父さんは単身赴任も考えたらしいけど、お母さんがお父さんを一人にさせられないって言って、そしたら女の子ひとりだけを日本に置いて行けないって話しになっちゃって、……でも、わたし、しんちゃんと離れ離れになりたくないから『嫌だっ! 』て、毎晩、お母さんと喧嘩になっちゃって。でも、しんちゃんのことを言ったりしたら絶対に反対されちゃうし……。」


 少年はじっと少女の話が終わるのを聞いて待っていました。少女はあれこれと考えて、よほど小さい胸の裡を悩ませていたのでしょう。一気にそれまでの経過を話す少女は、もう、泣き出しそうなばかりになっています。


「前に『お父ちゃんは大工だ』って言ってたけど、ひょっとして、結構でかい建設会社だったんだ。すげぇじゃん。でも、ずっとじゃないだろ、1年くらいの留学なんてよくあるし、かっこいいなぁ。」


 少年のポジティブな受け止め方に対して、少女はもうどこまでもネガティブな思考にはまってしまっています。もちろん、少年にしても少女と離れ離れになるのは辛いことである筈なのですが。


「……うん、学校には1年間の留学ということにして休学にしてもらう方が良いって、お父さんが。だから1年後に帰ったら1コ下の学年と3年生になる。」


少女は話をしている内に、次第に、冷静な少年に対する怒りがこみ上げてきました。それが次の叫びに繋がりました。


「……でも、そんなことより、しんちゃんと1年も会えないなんて、わたしはいや! しんちゃんはわたしがいなくても平気なの? 」


 少女は、自分の苦しみに一見してなかなか共感してくれない少年に対して、憤りさえ感じられるようになってきました。それが的はずれの八つ当たりと少女には分かっていても、言わずにはおれなかったのでしょう。


「毎日でも、ずっと理恵子と一緒にいたいけど……でも、しかたないよ。」


 そのあっさりとした返事に、とうとう少女はキレてしまったのかもしれません。本当は少年から引き留めてもらう言葉を期待していたのに、あまりに冷静でまっとうなことを言う少年に対して、少女は妙な怒りを覚えたのかもしれません。


 ……自分はあなたのことを思ってこんなに悩んでいるのに、あなたはそれを何とも感じないの?


 ……わたしはこんなに苦しいのに、あなたは何ともないの?


 そんな少女の叫びが聞こえてきそうなほどに、少女は強行手段に訴えようとしました。

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