第34話 リモート会話

(これまでのあらすじ……)


 愛するおばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた少女と同じ道を歩み始めます。しかし、少年には少女には言えない淫らな性癖がありました。女性のランジェリーへのフェチ的な思いです。ある日、とうとう少年の悪い性癖が少女の前にさらされる時が来ましたが、少女の勇気ある行動でふたりはかえって強く結ばれます。次に、そのふたりの間を引き裂く出来事が起きてしまいますが、そこでもふたりは試練を乗り越えて自分達の強い絆を再確認し、少女はベルギーに旅立ちました。学校が始まり理恵子のいない寂しさを改めて実感する少年の前に2人の少女が現れます。


**********


 家族が寝静まった土曜日の深夜、少年は照明を落とした部屋の中、机に向かいノートパソコンを起動して、卓上スタンドの明かりのもと、カシャカシャとパソコンのキーボードをタップしています。


 時差の関係で、ふたりがリモートで顔を合わせるのは週に1回、日本時間の土曜の夜と決めていました。こちらが金曜日の夜は、ベルギーではまだ平日の日中で、ベルギーが日曜の日中は、日本側が翌日に月曜を控えた夜中となります。


 そんな理由から、ふたりが画面を通して会えるのは、週に一度、この時間だけなのです。しかし、日本側は深夜ということもあり、音声機能をカットして、ふたりはほとんどの会話をキーボードで行っていました。


(……ピッ。)


『辛い時の特効薬は心から笑うことね、……さすがしんちゃん、いいこと、言うじゃない?』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『いや、だから、教科書まんま、だって……。』


(……ピッ。)


『でも、その一言で、可愛い後輩がコロッといっちゃったんでしょ?憎いなぁ、このおんなごろし!』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『勘弁してよ、理恵子。』


(……ピッ。)


『そんな一途な可愛い子には、当然、お礼をしなきゃね。憧れの先輩としちゃ、辛いところだけど、辛い時こそ笑顔になんなきゃいけないんだよね、せ・ん・ぱ・い!』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『いや、だから、せめてお礼くらいは……。ぼくがそんな薄情なやつだったなんて言われるようなら、理恵子だっていやだろ。』


(……ピッ。)


『ふ~ん、……で、約束したんだ、その子と。明日の日曜日は、わたしとじゃなく、その子とデートなんだ。へぇ~~~~~。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『だから、デート、じゃなくて……。』


(……ピッ。)


『休みの日に、兄弟でもないのに女の子と男の子が、ふたりでお店に行ったり、映画を見たり、食事をしたり、喫茶店に行ったり、そういうのを、普通は何て言うのかな~~~?』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『それはそうだけど、……お礼だから……。』


(……ピッ。)


『この間は城東女子の子から声をかけられたんでしょ。しんちゃん、いいなぁ、わたしがいなくなった途端にモテモテじゃん! 』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『そんなわけないだろ、あっちは前にシカトしちゃったお詫びに手紙を書くだけだし、後輩の子にもお礼するだけだよ、同じ中央高に行った、同じ中学の子だから、理恵子だって知ってる子じゃない?』


(……ピッ。)


『なに、言ってんの。新学期からこっちに来ちゃってるから、知ってるわけないじゃない。』


(カシャカシャ。)


『あっ……。』


(……ピッ。)


『何が、あっ、よ。……しんちゃん、優しいから強引に来られたら断われないんでしょ。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『そんなことないよ。妹みたいなもんじゃん。』


(……ピッ。)


『わかんないよ。しんちゃんだって、中学生で、17個も離れたお姉ちゃんと結婚するつもりで、本気で好きだったんでしょ。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『いや、あれがあったから、ぼくは中学で理恵子のことに気づくことができたんだよ。理恵子と一緒になりたい気持ちは、あの時のおばさんに対する気持ち以上だよ。』


(……ピッ。)


『しんちゃん、わたしじゃなくて、わたしの背中のスリップにクラクラしたんじゃない? しんちゃん、変態だから。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『(やべ! 結構、図星! )そんなわけないだろ! 理恵子だからだよ! 』


(……ピッ。)


『ふ~ん、どうだか。……でもね、女の子は一途だから、しんちゃんが思ってるより、もっと怖いんだよ。15歳になれば子供だって産めるんだから。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『とても可愛くて良い子だけど、恋愛の対象とは違うよ。ぼくには理恵子だけだよ。』


(……ピッ。)


『そうだよね、その正直さと優しさがしんちゃんの良いとこだもんね。浮気するなら自分からばらさないし。でも、浮気じゃなくても、そういうことは……。ん~~~~、しんちゃん、女心をもうちょっと勉強しようね。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『……でも、理恵子には何も隠し事はしたくないし。』


(……ピッ。)


『そうだね~。しんちゃんの趣味まで全部知ってるのはわたしだけだし。』


(……ピッ。)


『そうだ、しんちゃん、わたしのスリップを着ている下着女装姿と、わたしの制服を着ている女装姿を自撮りして、わたしに送って。そしたら許したげる。』


(カシャ、カシャ、カシャ。)


『!!!』


(……ピッ。)


『わたしだって、その子みたいにしんちゃんから優しくされたいんだから、それくらい良いでしょ。ほんとなら、わたしだってしんちゃんの学ランを抱き枕にして寝たいんだから。』


(カシャ、カシャ。)


『え?……ぼくの学ラン? 』


(……ピッ。)


『……いいの、しんちゃんに合うように、わたしも変態になるから。だから、わたしの制服で女装して、わたしのパンツも黙ってわたしから盗んだのがあるでしょ。しんちゃん、小柄で、体型もそんな違わないし。しんちゃんならきっと可愛いくなるよ。』


(カシャ、カシャ。)


『……はい。』


(……ピッ。)


『そしたら、わたしのスマホのマチウケにして、大事に保存してあげる。しんちゃんの可愛いスリップ姿とスカート姿を。」


(カシャカシャカシャカシャ……)


『え~、それは勘弁して、お父さんやお母さんに見つかったら完全にアウトじゃん。』


(……ピッ。)


『だいじょうぶ、日本の高校で仲の良かった女の子、って言っとくから。しんちゃんなら可愛い女の子で通用するよ。』


(カシャ、カシャ。)


『……え。』


(……ピッ。)


『しょうがないなぁ。……代わりにわたしのお古のスリップとブラジャー、しんちゃんに送ってあげる。追いランジェリーだよ。どう? やる? 』


(カシャ、カシャ。)


『……やる。』


(……ピッ。)


『よしよし、じゃあ、わたしが日本に帰ったら、1年分、いっぱい優しくしてよね。写真、楽しみに待ってるよ。……ほら、もう寝なきゃ。日本じゃもう2時でしょ。』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『いや、まだ1時半かな……。』


(……ピッ。)


『たいして変わんないでしょ。寝ぼけた目ヤニにボサボサ髪で行ったら、憧れてる後輩ちゃんが可哀想でしょ。だらしない格好じゃなくて、ちゃんと身だしなみも奇麗にして行くのよ。分かった?』


(カシャカシャカシャカシャ……)


『なんか、理恵子の方が気合い入ってなくない?』


(……ピッ。)


『バカ言わないで。しんちゃんが、他の子から、だらしなく見られるのが嫌なだけよ。……ほんっと、女心が分かんないよね。』


 少年はいつものように頭をポリポリとかくしかありませんでした。


(……ピッ。)


『じゃあね、すぐに寝るのよ。わたしの言うことをおとなしく聞いてくれた良い子には、来週、きっと何か良いことがあるかもよ。』


(カシャ、カシャ、カシャ。)


『えっ?』


(……ピッ。)


『いいの!……だから、今夜はエッチなひとり遊びなんかしないで、すぐに寝るのよ。いいわね。』


 まるで、母親から叱られるイタズラ小僧です。パソコンの画面の中の少女は、楽しそうに、満面の笑みで少年に手を振っています。


(カシャカシャカシャカシャ……)


『理恵子、ちょっと待って……。』


 少年からの言葉に、怪訝そうに理恵子が小首をかしげます。


(カシャカシャカシャカシャ……)


『最後に、声が、理恵子の声が……聞きたい。』


 すると、モニター画面のタスクバーにあるマイクマークに付いた斜線がフッと消えました。すぐに理恵子もそれと気付いて驚いたようでした。。


 少年はパソコンの内蔵マイクに向けて、小声で、でもしっかりと話します。


「理恵子……大好きだ……愛してる……。」


 地球の反対側ですから、若干のタイム・ラグはあるようです。でも、少女の反応から、少年の声が少女にたどり着いたのは良く分かりました。


 モニターの向こうで、目を潤ませたのか、少女がうつむいて目をこすります。でも、すぐに姿勢を直して、少女も口を動かしました。


「しんちゃん……わたしも、大好き……。愛してる……。」


 まもなく、パソコンのスピーカーから、愛する少女の懐かしい声が聞こえてきます。まだ、2ヶ月も経っていないのに、すごく長い間、聞いてなかったように少年には感じられました。


 少年も涙で潤んでモニターの画面がかすんできました。でも、少年は頑張って笑顔を作り、少女に最後の別れの挨拶をします。


「うん、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 そして、ブンッという電子音を残し、少年の可愛い天使を映した画面は、ただの真っ黒で無機質な画面に切り替わったのでした。

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