第22話 絶体絶命!

(これまでのあらすじ……)


愛するおばさんとの辛い別れを経て、大人の階段へ一歩を踏み出した少年の前に、ふとしたことから気になった女子生徒が現れます。やがて、少年は誰もいない教室で、少女のバッグを開けて覗くという行為に走ります。初めて触れた制服のプリーツスカート、そして、同級生のスリップ。少年はその女子生徒への関心の高まりを押さえられなくなりつつありました。そんな時、少年は思いがけぬ体調不良に見舞われ、放課後の教室で倒れてしまいました。唯一その場にいたその少女が見事な機転で少年の介抱に走ります。その姿に少年はいよいよ少女への思いを募らせていき、少女を自宅まで送り届ける道々の中で、その少年の思いは確信へと変わっていくのでした。そして、少年は中学卒業を機に、少女へ思いを伝え、少女はそれを受け入れてくれました。少年の目の前には少女とふたりのバラ色の高校生活が広がっていたのでした。そして始まった高校生活、しかし、少年には少女には言えない淫らな妄執と性癖があったのです。


**********


 ある日のこと、いつものように少年が、少女のマンションで遊んで話し込んでいる時でした。


(アッ……。)


 少女が不意に眉をひそめました。しかし、それは少年にはまったく気づかないような、些細な少女の変化でした。そして、しばらくすると、それまでの会話の流れを止めるように、少女が急に少年に言葉を掛けます。


「しんちゃん、ちょっと、買い物をね……忘れちゃって……。」


 少女が買い物をふいに思い出したとのことで、下のコンビニに出かけてくると言い出しました。少年は、やや唐突な少女の言葉に違和感を感じないわけでもありませんでしたので、自分も行こうと立ち上がりかけたのでしたが、いつも一緒に行く少女が、なぜかこの時だけは遠慮しました。


「ごめんね、ちょっとだけ行ってくるから。」


 少女が手を合わせて、軽くごめんねをしています。


「大丈夫? 一緒に行かなくていい? 」


 少年は買い物でもなんでも、いつも一緒なだけに、ちょっと違和感を感じました。


「ううん、いいの。……ごめんね。」


 心なしか少女の顔が少し赤くなったように見えました。少女が一体何を買い忘れたのかはよく分かりませんが、そんな時には無理をせず、女の子の言う通りにした方が良いのは少年にもなんとなく理解できました。


「平気、平気。待っている間、あのゲームの続きをしてて良い? 」


「うん。いいよ。……ほんと、ごめんね。」


 ガチャリと玄関のドアを閉めて少女が出ていくのを少年は軽く手を振って見送りました。そして、少女の部屋のドアを開けて入ると、背中でドアをパタンと閉めました。


**********


(ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! )


 これをデジャブと言うのか? 少年としては、なんだか、かなり前に同じような気持ちになったような気がします。いつも普通に遊びに来ている少女の部屋ですが、この時は、いつもとはまるで違っています。付き合ってから初めて少女の部屋に入った時の緊張感ともまったく違います。


(心臓が止まりそうだ……前にもこんな感じ、あったっけ……そうか、あの時だ。)


心臓が爆発してしまいそうなこの気持ち、……そうでした、大好きなおばさんの寝室にこっそりと入ったあの日のあの時と同じです。


 少女を見送って部屋に戻った少年は、少女に言ったようにゲームを始めることはありませんでした。いつものキッチンやトイレに行くのとは違い、少女は下のコンビニまで買い物に行ったので、恐らく時間はたっぷりあります。部屋のドアを閉めた少年がすぐに向かったのは、少女の部屋の作り付けのクローゼットでした。


(ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! )


 心臓の鼓動を押さえられぬまま、少年はクローゼットの脇にある整理タンスの前にかがみこみました。五段ある引き出しの三番目の取っ手を、少年が躊躇なく引き出すと、その中には綺麗に畳まれていた白いスリップやキャミソールが並んでいました。


(あぁぁぁ~、り、理恵子の……スリップ……。なんて美しい光沢なんだろう……。)


 少年はおもわずその中から一枚のスリップを広げて、少女の匂いを嗅いでみました。少年が大好きだった麗美おばさんの匂いとも違う、でも、とても良い匂いで、思わず股間が熱くなったのを感じました。なんのことはない、その家庭毎に使用している洗剤や柔軟剤の香りが主な匂いの正体なのでしょうが、少年にはそれが少女の良い香りに思えていたのです。


(あ~、理恵子の香りだ。理恵子の香りに包まれたい。ここですぐに理恵子のスリップを着てみたい! )


 でも、さすがにそこですぐにオナニーしたくなる衝動は我慢しました。当たり前です。その次に、少年は少女のスリップを一枚一枚物色しました。


(キャミソールは少ないけど、理恵子はスリップをこんなに持っていたんだ。)


(……まとめ買いでもしているのかな? 同じレース柄のスリップも何枚かある。)


(ちょっと待てよ。こんなにあるし、同じ柄のもあるから……これなら、一枚くらい……。)


 そして、制服のブラウス越しに見覚えのある白いレースのスリップを、一枚、取り出し、二段目の引き出しにあるパンティ2枚と一緒に、速攻で自分のカバンに詰め込みました。少年は心臓が爆発しそうなくらいにドキドキしましたが、目の前の大好きな少女の下着に我慢ができませんでした。


(……これって、下着泥棒になるのかな? ……そりゃあ、なるよな。)


 今まで、少年はこんなことをしたことはありませんでした。いつも悶々として憧れ、少女の笑顔と透けて見えるスリップの記憶だけで、どれだけの夜、おのがたぎる肉棒を握りしめ、恥ずかしい時を過ごしたものでしょうか。今、そのスリップを目の前にして、少年は胸の鼓動を押さえ難く、知らず知らずに手が動いてしまったのでした。


(何を買いにいったかは知らないけど、早く元通りにしてしまわないと……。)


少年は急いで下着を綺麗に元通りにして、引き出しをしまいました。


**********


「ただいま! ごめんね、しんちゃん。待たせちゃったね。」


 開けた部屋のドアから半身だけ身体をのぞかせて、少女が少年に声をかけました。少年は、ドアの所に立つ少女に背中を見せた格好のまま、ゲームに夢中になっている……そんな様子を演じていました。しかし、背中を向いていたのは、後ろめたい思いが表情に出ないよう、顔を見せたくない無意識な行動だったのかもしれません。


「ぜんぜん、なかなかこっからクリアできなくて。むずい! 」


 少年は、心の動揺をさとられまいと、努めて明るく振る舞っていました。


「ここのポイントがなかなか伸びなくてステージクリア条件に届かないんだ。どのキャラを使ったらいいの? 」


 こんな場合、誰しも不思議と明るく、そして、饒舌になってしまうものですが、少女もまたこの時だけは常とは違っていたようで、少年のその様子の変化には気づきませんでした。少年の言葉に、一瞬、少女はなぜだか少しだけ困ったような表情を見せましたが、すぐ笑顔になって部屋に入ってきました。


「あ、これ、私も苦労したけどクリアできたよ。それはね、メガネ女子のキャラでボムを一杯出せばいいんだけど……どれだっけ……」


 少女はコンビニの白いレジ袋を、少年の目から隠すように部屋の隅に置き、少年の脇に並びました。お陰で少年もそのコンビニのレジ袋に気を留めることはありませんでした。


 同じように、少年の方でも、その様子は目の前の少女が違和感を覚えるほどには不自然なものではなかったようで、少年の肩越しに少女も自然な感じでゲームに乗っかってきました。


 その後、少女がコンビニでついでに買ってきたコーラを飲みながら、前と変わりなく馬鹿な話やゲームでひとしきり楽しくすごし、少年は中座をしてトイレに行きました。


**********


 少年がトイレから戻ると、今度は一転して少女の様子が少しだけ何か違っていました。急に室内の気圧が900ヘクトパスカルくらいに急低下したような重苦しさで、日頃から少女の様子に敏感な少年的には、この時の雰囲気が爆弾低気圧並みの印象に感じられました。


 少女はちょっと不機嫌な感じで、ゲームの続きをしていても言葉少なで、何かが違っていました。普通の同級生には分からなくとも、少年の心の中では吹雪が強風で吹き荒れています。心の中では暴風と荒波にもてあそばれる厳寒の小舟の心境です。


(あれ? まずい! ……何かしたっけかな? なんだろう? ……ばれるようなまずいことは、してないつもりだけど……。まずいぞ! まずいぞ! )


 少年は不思議な戸惑いを覚えましたが、どうしようもないままに、ゲームをしているテレビモニターに夢中になっているフリをしていました。でも、その間も少年の頭のなかは「?」が渦巻いていました。気まずい沈黙が続きます。


(や、やばい……まさか、あれ、ばれた? ……こいつ、時々カンがいいから……どうしよう……。)


 焦りまくる心の中とは裏腹に、表面的には平静を装う少年でした。そして、しばらくして、とうとう少女が少年に尋ねてきました。


「しんちゃん、……これ、何? 」


……と、困ったように言いながら、少女が少年の目の前に差し出したのは、さっき少年がカバンの中に押し込んだ少女の純白のスリップでした。


(げげげっ! やっぱり! 見つかっていた! )


 少女は顔を真っ赤にして、少年の方向とは違う明後日の方向を向いていました。少年としては、浮気のばれた夫の心境にも似ていますが、性癖がばれたのならば、それは浮気以上に恥ずかしいことになるかもしれません。


「……カバンの脇から、レースの模様が少し見えていたよ。」


(最悪ビンゴ!!! なんでいつもぼくは爪が甘い! )


 これがいつもの少女なら「しんちゃんの爪には蜂蜜でも塗ってるんか~い!」と突っ込みが入るところですが、心の声だし、第一、とてもそんな雰囲気じゃありません。


 しかし、少女はそれだけを言うと、少年の心の声とは関係なく、それきりうつむいて押し黙ってしまいました。この場合、沈黙ほど辛く、罪悪感を揺り起こすものはありません。


「あぁ~、……あれ、……それね、……あれ?……。な、なんでか……なぁ~。」


 少年は青くなってしまいました。焦りまくった少年は、意味不明のことを言ったかもしれませんが、恐らくは少年本人も気が動転していたのでしょう、ボロボロです。少年自身も何を言ったのかをほとんど覚えていません。


 もっとも、この状況で少年が何を言おうと通じるものではありません。もちろん、透明人間か魔法使いのイタズラくらいに全然説得力には欠ける荒唐無稽な言い訳だったでしょうし、少女も困ったような恥ずかしいような顔をしているだけでした。


 調子のいい男の子なら、「きみのことが大好きで仕方ないから、つい手が出てしまった。心からきみを愛してる。」くらい平気で言うのかもしれません。しかし、本当に大好きな子に対して、好きだからこそ、「愛してる」なんて軽々しく言える少年ではありません。


(やばい! 絶体絶命だ! どうする、慎一! 完璧、嫌われた! )


 のどは渇き、言葉も出ないのに口はパクパクして、まるで、息も絶え絶えの魚のような……魚は息はしませんが。でも、少年はまだまだまな板の上の鯉の心境には遥かに及びません。青色吐息のありさまです。


 少年は少女とはまだキスもしていませんし、当然、そっちの大人の男女関係も何もありません。友達公認の仲とは言っても、所詮はおままごとの恋愛ごっこ、仲のいい友達の延長みたいなものです。手をつないでドキドキして喜んでいる小学生レベルの幼稚な恋愛でした。


 それだけに少女は、少年のそんな行為を、SEXをしたがっている男の願望、もしくは生理現象のひとつとして理解していたかもしれません。だからこそ、逆に未知のことに対する怖さと怯えもあって、無意識に警戒したような反応を表していたようでした。


(しんちゃん、男の子だから……、やっぱり、エッチしたいのかな……、わたし、どうしたらいいのかな……。)


(まだ、早いよね。それに、怖いし……。)


(どうしよう!下着フェチの変態に思われてる!……でも、当たってるだけに、なんも言えねぇ!……そ、そうだ、こんな時、抱きしめてごまかすんだ!テレビでもやってる。)


(……だ、だ、だめた、出来ね~!)


 二人はしばらく気まずい沈黙の中にいました。真っ赤になった少女に対して、少年は真っ青になっていました。

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