第20話 告白(改)
(これまでのあらすじ……)
愛し合う者同士が結ばれない不条理を噛み締めながら、少年は愛するおばさんとの思い出を胸に、大人の階段へ一歩を踏み出します。その少年の前にふとしたきっかけから気になってしまった女子生徒が現れます。そのきっかけはやはりスリップでした。やがて、少年は誰もいない教室で、少女のスポーツバッグを開けて覗くという行為に走ってしまいます。初めて触れた制服のプリーツスカート、そして、同級生のスリップ。少年はその女子生徒への関心の高まりを押さえられなくなりつつありました。そんな時、少年は思いがけぬ体調不良に見舞われ、放課後の教室で倒れてしまいました。唯一その場にいたその少女が見事な機転で少年の介抱に走ります。その姿に少年はいよいよ少女への思いを募らせていき、少女を自宅まで送り届ける道々の中で、その少年の思いは確信へと変わっていくのでした。
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中学3年の夏、中体連が終わると少年は音楽部顧問の先生から声をかけられました。少年の中学には近隣でも有名かつ実績豊かな音楽教師がいて、その指導のもと、地区でも屈指の合唱強豪校となっていました。普段の音楽部は女子部員だけの女声合唱団でしたが、某国営放送局が年に一回実施する全国合唱コンクールには、先生がスカウトした男子生徒を加えて、臨時の混声合唱団を組織して大会に臨みます。少年は部活動も終わり暇になっていたので、先生に誘われるまま音楽部に入りました。
秋口のコンクールまでは合宿もあり、夏休み返上で合唱練習をするという日々が続きました。でも、とかく暇があるとダラダラしてしまう自分の性根が分かっている少年は、忙しい合間にする受験勉強にも身が入りましたし、そんな中でもクラスに行けばいつも隣には理恵子がいて、充実した学校生活を送っていました。
あの出来事以来、三枝理恵子との仲は、少年にとってもなんとなく急速に縮まったような感じとなり、少年は学校に行って彼女と会うことを楽しみにするようになっていました。
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朝、少年が登校して教室の自分の席に座る時、少年は自然に隣に座る少女に朝の挨拶をします。
「おはよう。」
自然にとはいっても、やはりまだまだぎこちない感じは否めません。
しかし、隣の席の少女は、少年がとろけそうな笑顔で朝の挨拶を返してくれるのです。
「慎一くん、おはよう。」
たったそれだけのことでした。時にはその日の一日、言葉を交わす機会はそれだけだったこともあります。でも、少年はそれだけでも十分に満足でした。
時折、少女と目が合うと、少女はいつも少年にニコッと微笑みを返してくれます。他のクラスメートには気づかれないような、さりげない微笑みでした。でも、それだけで少年は心が幸せに満たされる実感を感じているのでした。
しかし、月日は無情にも流れていきます。2月末からは、受験・進路決定・卒業式と感慨にひたる間もなく怒濤のような行事が立て続けにありました。
その間に少年は市内の公立男子校に合格して進学することが決まり、一方の少女は同じ市内でも別の公立共学高校に進学することになりました。少年と少女は、4月からは別々の高校に進学することになったのです。
(理恵子とこうして近くで会えるのも、あと何日あるだろう。もう、少ししかないんだよな……。)
お互いに同じ教室で会うことが出来る時間にも限りがあることが、嫌が応にも少年に理解されざるを得ませんでした。
ここにおいて、少年は決意を新たにしたのでした。
(よし、ダメもとじゃん。……言うべきことを言うだけだ。)
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中学の卒業式も終わった春休み、市民会館噴水前のコンクリート製ベンチに座る少女と少年がいました。
ややうつむき加減で頬を赤らめたその少女は、少しだけ顔を上げるとニコッと少年に微笑み頷きました。その瞬間、隣で表情を固くしたまま少女を見つめていた少年の頬がたちまちにほころびました。
「ありがとう! ……なんて言うか……その……ありがとう!」
少女の前にいるその少年は照れたように頭をかきながら、耳たぶまで真っ赤になっていました。もちろん、嬉しさのあまりのことでありましょうが、慣れない興奮で呆れるほどに言葉はしどろもどろになっていました。
「慎一くん、ありがとう。……わたし、とっても、嬉しい。」
少女の方は、少年よりも自然な嬉しさと笑顔で、少年の言葉に応えました。言葉少なではありますが、爽やかに素直な少女の心情が吐露されていました。
この時期、日本全国で同じような風景がそこかしこであるのかもしれません。しかし、少年は中学の卒業を機に、ずっと好意をいだいていたクラスメートの理恵子へ、高校進学で別々の高校に進む前に、遂に自分の思いを告白したのでした。
これまでは、少年と少女は中学のクラスでの座席も隣同士で、もとから普通に仲も良く、良き隣人であり良き友人でありました。しかし、少年は遂に歩みを前に進め、少女との新しい関係を未来に築くことに成功したのです。
少年はおずおずとベンチに置いた少女の右手に自分の左手を近付けました。少年の左の小指が少女の右の小指に触れた瞬間、少年はビクッとして固まりましたが、横目で少年を見た少女は、赤くなりながらもクスッと微笑み、優しく少年の左手を握り返しました。
柔らかく優しい少女の手のひらが、少年の固く緊張した手を包みます。
「行こう、慎一くん……。」
少女は少年の手を取って立ち上がり、少年はその少女に引かれるように付き従います。
「え……、ど、どこへ? ……ああ、おいおい! 」
少女は、いたずらっぽい笑顔で少年に微笑み返しただけで、手をほどいて駆け出していきます。少年はただただ少女のあとを追いかけていきました。……心の中でガッツポーズをやりながら。
(やった! よし、やった! やった! やったぞ、慎一! )
(慎一くん、びっくりしたけど、ほんと、嬉しかったよ。ありがとう。)
少年の申し出はやや唐突で驚かされはしたものの、少女もまた少年に対しては一定以上の好意を持っていました。少年にとっては幸運なことでしたが、自然な成り行きと言えば自然なことで、そこから二人は同じ歩みを始めるようになりました。
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桜の花咲く季節の新学期、駅には真新しい色とりどりの制服を身にまとった新入生の人波が溢れていました。
チェックのスカートやカラフルなブレザーを着た高校生の中に、昔ながらの詰襟の黒い学生服を着た少年が立っています。
少年はあたりをきょろきょろと見渡していましたが、ある一点に目的となる人物を見つけ、心からの嬉しそうな笑顔で手を上にあげてゆっくりと左右に振りました。
(いたいた! こっち、こっち! )
少年の視線の先には、肩につく程度のミディアムボブの黒髪をした少女が、満面の笑みをたたえつつ、息せき切って駆け寄ってきました。
周囲のカラフルなチェックの制服の中にあって、非常に地味な昔ながらの濃紺のブレザー制服を着ていた少女ではありますが、少年の目には周囲のどの子よりも最高に可愛い女の子でした。
「ごめん、待たせちゃったかな。」
息せききってやってきた少女に、心からのにこやかな表情で少年は答えました。
「ううん、ぼくも今、来たばかりだから。」
♀「ふふふふっ……。」
♂「ははははっ……。」
二人は視線を合わせると、いかにもありがちな、そんな他愛もない挨拶の中にさえも千金の喜びを見出したかのように、声を出して笑いあってしまいました。
「行こう、慎一……くん。……んと……しんちゃん……でも、良いかな? 」
少女はちょっと恥ずかしそうに少年を見ました。
「うん。……そう呼んでくれると……なんか、嬉しいかな。」
少年はちょっと照れたような顔を見せながらも、嬉しそうに答えました。
「じゃ、しんちゃんで決めた。……早く行こう、電車、来ちゃうよ、しんちゃん。」
少年は『しんちゃん』という呼び方に、とても懐かしい心地よい響きを感じ、不思議な嬉しさを覚えました。少女の方でも、自分だけの呼び方に満足しているようでした。
そして、そこから二人並んで駅の改札をくぐり抜けて駅のホームへと向かいます。二人の間にこれから毎朝のように繰り返される至福のルーティーンです。
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「しんちゃん、聞こう聞こうと思っていたんだけど、……その……。」
理恵子が慎一の学校の校門で慎一を待っての帰り道、言いにくそうに話しを切り出します。
「え?どうしたの?なんでも聞いて。理恵子に隠し事なんて……多分、ないよ。」
少年はおどけて理恵子に答えます。隠し事なんてないわけがないのに。
「いつからさぁ、わたしのこと、……気にしてたりしてくれたの?」
突然の質問に記憶をたどる少年でしたが、中学の雨の日に気付いた少女のスリップにクラクラしちゃったとは口が裂けても言える筈もありません。バッグを勝手に開けて、スリップを手に取って匂いを嗅ぎましたなんて、もっと言えません。
最終的に少年は一番無難で、少女にとっても十分に納得できる理由を見つけました。
「あぁ、そうだなぁ、……教室でぼくが倒れた時、理恵子が助けてくれたろ。やっぱり、あん時、理恵子のことをすごい!と思って好きになったけど、……でも、それよりもずっと前から気になっていたんだよ。」
「ええ、いつから、いつから?」
少女は勢い込んで聞きたがりましたが、少年がそんなことを正直に言えるわけがありません。
「そういう理恵子はどうなの?ぼくがコクる前はぼくのことなんか、何とも思ってなかったんじゃない?」
少年の攻撃の矛先を逸らす挑発に、少女はさも心外だと言わんばかりに口を尖らせます。
「そんなこと、ないよ。シンちゃんを教室で介抱していた時、すごくドキドキして、シンちゃんを助けなきゃ!って必死で。……でも、あの時かな?わたし、シンちゃんのことが好きなんだ、ってはっきり思ったの。」
「なんだ、じゃあ、一緒じゃん。」
うまうまと少年は少女の誘導に成功し、話しをまとめようとしました。しかし、少女はそんな終わり方には納得しませんでした。
「違うよ!わたし、もっと前からシンちゃんのことが気になって見ていたんだから。」
今度は少年が驚く番です。少女は少年の言葉をしっかりおぼえていました。
「シンちゃんがわたしに言ったんだからね、『理恵子は、明るくて可愛いからぼくは好きだよ』って、確かに言ったもん。わたし、あれからシンちゃんばっかり見ていたんだよ。……どうせ、シンちゃんは言ったこともおぼえてないんでしょ。他の子にもあちこちで言っていたんじゃない!」
「ええ?そうだっけ?」
少年は頭をかいて苦笑いするだけでした。
「ほら、シンちゃんの薄情者!」
少女は笑って少年を攻め立てます。女の子との口喧嘩は負けた方が良いと、少年が思っていたかどうか。いずれにせよ、少年は少女に喜んで月桂樹を捧げました。
(……忘れるわけないだろ、ぼくはそれより前から理恵子のことを見ていたんだから。)
少年は、今、幸せでした。
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少年の学校は昔ながらの詰襟の学生服が制服となってはいましたが、普段は華美でさえなければ私服着用自由の公立男子高校でした。
一方の少女の高校は、少年の高校の近くにある男女共学の公立高校で、あだち充原作『タッチ』の南ちゃんのようなありふれたブレザー制服でした。
リボンもないソフト角襟のブラウス、中学生のような濃紺角抜き脇ファスナーの被りベスト、シングル3つボタンの濃紺サージ生地のブレザー、上下共布の濃紺の車ひだプリーツスカートといった、
非常に簡素で垢抜けない制服です。まさに判で押したような漫画『タッチ』そのままの制服でした。でも、夏場の白いオーバーブラウスを着る季節になると、ブラウスからすけて見える少女の純白のスリップが、少年はとても好きなのでした。まぁ、それは衣替えの時期を迎えてから少年が気づくことですが。
思えば、理恵子と隣の席だった中学生の頃も、スリップ派だった理恵子の制服ブラウスから透けて見える、ブラとスリップの4本のストラップや、スリップのレース飾りに、少年は毎日のように魅了されていたのでした。
どんなに熱い夏の日でも、スリップ派の理恵子は欠かさずスリップを身につけていました。おかげで、高校生になった今では、理恵子がどんなレース柄のスリップを何枚もっているかまで、なんとなく把握しているほどに、少年は少女のことを詳しく観察していました。
少年には、少女には話せないフェチな過去を持っていました。それは少年がまだ小学6年生の時、思いがけず大好きな若いおばさん、レミねぇのオナニーを見てしまったことです。
その時のレミねぇがスリップ姿だったこともあり、少年は図らずもスリップフェチとなってしまったのでした。そして、そんな少年の前にスリップ着用派の可愛い美少女が現れたことに、少年は運命的な出逢いの予感を感じていました。
その後も、理恵子のスリップとの予期しない接触が何度かあり、少年はどんどん少女に惹かれていきます。もちろん、スリップだけのことで少年が少女を好きになったわけではなく、あくまでもそれはきっかけに過ぎません。少年は幼い恋慕の情愛だけでなく、少女の人格のすべてに深い敬意すら抱いていたのでした。
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