第5話 お留守番

(これまでのあらすじ……)


小学6年生のある日、大好きなおばさんのマンションに行った少年は、そこでおばさんの不思議な姿を覗き見してしまいました。その時、少年はその意味も分からず、不思議な興奮と恐怖を感じて、おばさんの部屋から逃げ出してしまいました。その日、何事もなかったかのようにおばさんの部屋に泊まった少年は、トイレに起きた深夜、脱衣場でおばさんのスリップとパンティを見つけます。おばさんの不思議な姿を思いだしながら、おばさんのスリップとパンティを身に付けた少年はその素晴らしい感触に魅入られてしまい、同時にそこで初めての精通を経験してしまいました。


**********


(RRRRRRRR……。)


 携帯電話の着信音が鳴り、少年はスマホを手に取りました。そして、画面に表示されている発信者の名前を見て、彼は少し頬を赤らめているようでした。軽く息をついて気持ちを落ち着けるようにしてから、彼は電話を取りました。


「はい、もしもし~。」


 それでも、いつものように少年の声は嬉しそうに弾んでいます。


「……あぁ、どうも、……はい、……はい、あぁ、いっすよ、……明日は休みで部活ないし……了解っす。……え、いいの? ……ありがとう、レミ姉ちゃん。……うん、分かった。……ども~。」


 ポチっと携帯を切ったパジャマ姿の少年は、まだあどけない13歳の中学1年生、あの雨の日から、もう1年もの歳月が過ぎ去りました。少年は既に中学生となり、携帯電話も両親からプレゼントされたようです。


 少年がおばさんを呼ぶときの言い方も『お姉ちゃん』から『姉ちゃん』に変わったようです。たった一文字減っただけですが、その一文字の違いが少年にとっては大人になったささやかな自己表現のひとつでもありました。今では、『姉ちゃん』『レミねぇ』というのが主な呼び方となっていました。


 でも、少年が大人になった分、少年は失ったものもいくつかありました。それまでは平気でおばさんにだっこしたり、おばさんの胸に顔を埋めて甘えたりできたものが、本当は甘えたいのに、恥ずかしくてそれができなくなりました。つい、1年前はお風呂にだって平気に一緒に入れたのに……。しかし、それは少年の成長を表すものであって、少年がおばさんを嫌いになったことを意味するものではありません。今でも少年がおばさんを大好きなことに変わりはありません。大好きであるが故の結果でした。


 ただ、行動様式に表れた変化だけでなく、その大好きな感情の中身こそが大きく質的な変化を遂げていたことに、少年自身もまだ気づいていなかったかもしれません。今の少年は、無意識の内に、自分という1人の男の立場にあって、おばさんを1人の女として意識しているのは明らかでした。それが愛情であったものか、それとも思春期の男子にありがちな押さえようのない性欲の発露であったか、それはまだ分かりません。


 ともあれ、おばさんからの電話のあと、彼は心から嬉しそうな表情をしていました。少年はベッドの上にどしんと体をダイブさせて、そのうつぶせのまま、ベッドに横たわりました。


(お姉ちゃん……。)


 布団に顔を埋めながら、そう呟くように言った少年は、そのまま上掛けの布団を顔まで引き上げて抱き締めました。目の前でおばさんを呼ぶ時は『姉ちゃん』ですが、ひとりおばさんを偲ぶ時は、いまだに甘えるように『お姉ちゃん』と呟いてしまいます。少年は、まるで大きい抱き枕を抱いて寝ているかのように、横向きで脚までをも布団に絡めた状態になっていました。少年には、またあれが始まってしまったようです。


(お姉ちゃん……ぼく、我慢できないよ……ごめんなさい……、あっ……、あんっ……、ああんっ……。)


 しばらく、少年はベッドの上で、もぞもぞと何かをしていました。それが何をしているのかはさておき、いつしか少年はそのままの姿勢で眠りについてしまいました。


**********


 前日の夜におばさんから携帯電話に連絡を受けて留守番を頼まれたこの日、少年はウキウキとしておばさんのマンションに行きました。この日は少年の嬉しい気持ちを表すかのように、空にも青空が広がっていました。


 マンションに着くと、いつものようにポストボックスのダイアルキーを開けてスペアキーを取り出します。おばさんのこのポストのダイアルキーの暗証番号を知っているのはおばさん本人以外には少年だけでした。だからと言って、おばさんの留守に、おばさんの了解もなく、勝手に部屋に入り込むようなことはありません。しかし、自分とおばさんだけの共有の秘密ということが、また少年には誇らしく嬉しいものなのでした。エントランスから、これまたいつものようにエレベーターで3階まで上り、おばさんの部屋へと向かいます。そして、ガチャリと鍵を開けてドアノブを回し、玄関を開けます。


「レミねぇ~、いる~? 」


 少年は声をかけながら玄関に入りました。すると、少年の呼び掛けに応じたかのように、寝室のドアを開けて、おばさんが満面の笑みで少年を迎えてくれました。部屋から出てきたおばさんに、少年はついドキリとして見とれてしまいました。おばさんはフリル五分袖の真っ白いカットソーのトップスに、濃紺地に白い花柄プリントのフレアースカートという清楚で清潔感のある姿でした。少年はそんな清楚で綺麗なおばさんの姿を見るのがとても好きでした。


「しんちゃん、ありがと~! いつも急なお願いでごめんね~。ほんと助かる~。あ~それとそれと、……お菓子、分かるよね、好きに食べてくれていいから~。しんちゃんの好物、用意してるからね。」


 いつもの明るく可愛いおばさんが、いつものようにジタバタとまくし立ててきます。少年が来る時には、いつも少年の大好物のチョコレートブラウニーやガトーショコラのお手製で作ったものを用意してくれています。おばさんも少年のことが可愛くて仕方がないのがありありと分かります。


「大丈夫、大丈夫。勝手知ったる姉ちゃんの部屋ん中だから。ど~せまた仕事の資料とかなんとか、宅急便とかバイク便とかもちょこちょこ来んだろ、分かってるから。……レミねぇも忙しいんだろ、早く行かないと約束に遅刻しない? 」


 あわただしいやりとりながら、少年はこのおばさんとのバタバタしたやりとりも実は楽しくてたまらないのでした。しっかりしているくせに、なぜか少年の前ではドタバタして、可愛いドジっ子の姿を見せてくれます。姉であるおっとり系の母親からは、しっかり者の妹なんだと前から聞いていますが、少年にはそれがとてものこと信じられません。


 でも、少年の見えないところでは常に準備万端にしているのか、思い返してみても、あまり変なトラブルにも遭ったことがありません。もちろん、急な予定変更も滅多にないところなんかは、やっぱり本当はしっかりしているのかな? と、少年の立場では思わなくもありませんでした。


 それに、おばさんの作るガトーショコラは間違いなく絶品でした。お店で売ってるガトーショコラで、おばさんの作ったものより美味しいガトーショコラを、少年は食べたことがありません。焼き菓子でありながら、ありがちなパサパサしたところもなく、絶妙なしっとり加減で、甘さを上品に仕上げながら、カカオの芳醇な風味が素晴らしい味わいなのです。とても、粗忽でガサツな人間に作れるものではありません。


「ん~、しんちゃん、可愛い~! だからお姉ちゃん、しんちゃんのこと、だい・だい・だ~い好き~! 」


 おばさんは学校帰りの詰襟制服姿の少年の首に手を回し、本当に嬉しそうに少年に頬ずりしました。それが、少年が物心ついた頃からしているおばさんのルーティーンでした。フワッとおばさんの長めのボブの髪の毛が少年の顔を覆い、おばさんの良い香りが少年の鼻腔をくすぐりました。少々あわてんぼですが、少年にはたまらなく可愛いおばさんでした。できることなら、ずっとこのままおばさんの良い香りのする髪の毛につつまれて、おばさんと頬擦りしていたいと、いつも願う少年でした。


「こどもか! ……わ~かった! わかったから! 早く行けよ、レミねぇ! 遅刻すっぞ! 」


 それでも男の子の成長というのは切ないもので、本当はとても嬉しいことであっても、恥ずかしさが勝ちすぎて、それが受け入れられなくなってしまいます。こんなとき、小学生の頃の素直な屈託のなさが、ちょっとだけ我ながら羨ましくなってしまいます。おばさんにまとわりつかれた少年は、耳たぶまで真っ赤にして、ヒルのように吸い付くおばさんの腕を慌てたようにほどきました。そして、ずっと一緒にいたいと願う心の中とは裏腹に、おばさんに外出を促しました。視線はややずらし加減で、ちょっと照れながら……。


「もお~、しんちゃんったら、つれないなぁ。小学校の時は、『お姉ちゃん、大好き~! 』って、いつも飛びついてくれて、あ~んなに素直で可愛いかったのになぁ。」


 せっかくの頬擦りを無下に却下されたおばさんは、まるで子供のようにほっぺたを膨らませ、お口をとんがらせています。


「いったい、いつの話しだよぉ! ま、まぁ、そ~だね。ぼくもレミねぇに飛びついてあげるのも、やぶさかではないけどさぁ、……ところで、時計は見たのかな? 」


 少年は、靴を脱いで玄関に上がりながら、しれっとした言い方で、横目でにやつきながら切り返します。


「……げっ! マジ、やべっ! 」


 改めて時計の時間を見たおばさんは、慌ててバッグを引っ掛けて靴を履きました。いつものように、ジタバタと。


「じゃあねぇ~、しんちゃん。お留守番、よろしく。晩御飯、あとで一緒に食べようね~。」


 そう言うと、おばさんは少年に手を振って出かけていきました。おばさんも少年との別れの余韻を楽しむかのように、ドアを開けて身体を外に出したあと、再び身体を曲げて顔を出し、少年ににっこり微笑んで手を振りました。


「うん、じゃあね。……わかったから、……しつこい、……気を付けて、うん、行ってらっしゃい。」


 少年は大好きなおばさんに別れの名残をそこまでしつこくされて、もはや苦笑するしかありません。でも、そんなおばさんの明るさと可愛らしさが、ますますおばさんへの少年の思慕を募らせるのでした。


 少年は玄関におばさんを見送った後、廊下からリビングを抜けて、そそくさと建物の反対側のベランダに移りました。ベランダの手すりに両手を乗せて下に広がる景色に目をやります。ベランダから外を見渡していると、間もなく、おばさんが駅の方向に歩いていく後ろ姿が見えました。3階という低層階は、思った以上に地上との距離感が近く感じられます。少年からも、声の届くすぐそこにおばさんの姿が見えます。すると、おばさんも振り返り、ベランダの少年に向けて大きく手を振りました。少年はおばさんといつもこうやって手を振りあっています。まるで、恋人同士のルーティーンのように。少なくとも少年の方ではそんな気持ちで見送っていました。


「レミ姉ちゃん、そんなにキョロキョロ振り返っていると転ぶぞ……しょうがねぇなぁ……あ! 危ね! ……なにやってんだよ。」


 少年はハラハラしながらも、笑顔でおばさんの姿を目で追います。


 ベランダから見える大通りの最初の交差点を、おばさんは駅方向の右に折れ、交差点のビルの陰でマンションのベランダが見えなくなるまでの僅かな間、おばさんはこれでもかと少年に手を振りながら歩いていました。そしてまもなく、おばさんの姿はビルの陰に隠れて見えなくなりました。


 おばさんは本当にその少年のことが可愛くて仕方ありませんでした。なぜか少年とはとても気があうのか、中学生になって少し大人になった少年との話しもすごく合いました。食べ物の好みも話題も不思議と合いました。それに加えて、少年がそこにいるだけでいつもの平静さがなくなり、不思議にはしゃいで饒舌になっているのが彼女自身にもよく分かっています。今日も出掛けに少年とちょっと会って、触れあって話しを少ししただけで、気持ちが妙に浮き浮きとしてきたのです。足取りも軽やかに、彼女は駅へと向かっていきました。


「……お姉ちゃん、大好きだよ。」


 おばさんの姿が見えなくなってから、少年はベランダにたたずみ、呟くように言ったのでした。

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