第19話 混沌

石田ヨウタは、さやかを見た時、この世界から消えかかっている人だと思った。


石田は、性同一性障害のトモコと同じ中学校で、中学2年の時に付き合った事がある。


「石田くんには、悪いけど、私、女の子が好きか男の子が好きか自分を知りたいの」

思春期から、女子を恋愛対象としか見たことない、同性を好きになる人が実在していたことに、石田は驚いた。



「まあ、いいけど、登下校のみでお願い」

石田が言うと、トモコはあはは!と笑い石田くんらしいと言った。何が俺らしいのか、さっぱり分からなかった。



半年ほど、まるで仕事をする割りきり方で石田はトモコと半年ほど、登下校や学校で宿題をするなどありきたりの付き合いをしていた。


石田の両親は、サバサバした性格だが、両親共に共働きで、貧しくはないが豊かでもない。


しかし、石田は、放課後に、両親にも学校にもナイショで隣街の工場で荷物の仕分けのバイトをして、貯金していた。


もともと、長身なのと表情が無表情で大人っぽい顔立ちのため、高校生と偽り面接もクリア、帰宅部でバイトにあけくれた。


「石田くん、私、やっぱり女の子が好きみたい、それともキスでもしたら変わるのかな?」

トモコと付きあって半年後、トモコに告げられ了承した。


「そういうのは、大切な人とすれば?誰にも言わないし、付きあってたこと」

石田が言うと、トモコはまたおおらかに笑った。


トモコとの付き合いは、中学校を卒業後、それぞれ違う高校に行ったため、それで終わりだと思った。


大学を卒業後、中学校の同窓会があった。

石田は乗り気ではなかったが、欠席する友人に頼まれての参加だ。


そこで、トモコと再会する。


トモコは、高校の卒業アルバムを持参して石田にだけ初恋の相手の写真を見せてくれた。


石田は、ぎょっとする。


同じ部署にいる佐藤さやかだったからだ。

「この人、同じ部署にいる。あんまり話さないけど」


トモコは、嬉しそうに、さやかの事をいろいろ話してくれたが、どれも石田と毎日会っているさやかではない。


新入社員から2年目、人事異動があったにも関わらず、石田はさやかと同じ部署だった。


同僚の女性のように、話題のドラマや社内のスキャンダルにも関心がなさそうに、毎日、淡々と仕事をしている。


石田とも会話をするが、トヨコが話したような、大人しく優しいイメージもない。


無機質で、この世界にも興味がなく、消えてしまいそうな女性だ。


それが、石田のさやかに持っていた印象。


さやかと残業が同じ日になったある日、石田は嘘をついてさやかと同じ終電に乗った。話を一度だけしてみたかった。


下心がないと言えば、男して嘘になるが、さやかに対しては、理性や人間としての好奇心が上回る。



石田が何度かたわいない質問をすれど、きちんとした返事は返ってくるが、どこか定型句のようだ。


普段は、元カノが泣こうが、同期の女性が社内でトラブって騒ごうが冷静な石田だったが、初めて混乱した。


「佐藤さんは、俺の話は聞いているけど、話の底にある心は聞いていないね」

石田が言うと、さやかが豆鉄砲を食った鳩のような顔をしたので、笑いながら、思わずまた失礼な事を石田も言っていた。


その後からだろうか、さやかが石田に笑ったり、戸惑ったりした顔を見せるようになったのは。


それから半年後、石田はまさか、さやかと婚約するなど想像すらしていない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る