第18話 制度
さやかは、華を妊娠し、一番不安だったのは、自分が「ママ友」とうまくやっていけるか、ママ友のカースト制度だ。
さやかは、実母にすら嫌われていたことは、子供の頃から実感している。
小学生の時、授業参観の国語の授業で、うまく朗読できず、家に帰るなり、母親から平手打ちをくらった。
そんな自分が、母親になることも、ママ友とうまくやっていける事も、想像など、とても出来ない。
「さやかのお腹で、まだ人間の形にすらなってないのに、ママ友の心配か。でも妊婦してるのも、ママ友と付き合うのもさやかだから、俺が代われないし」
石田は、華を妊娠し、不安定になっては泣いていた、さやかを抱きしめながら、考えあぐねていた。
さやかは、妊娠したことを臨月まで再婚した両親にも、兄ミタカにも、不妊治療をしては、さやかの実家に来て愚痴を言う妻エリにも言わなかった。
石田のいない昼間は、独りで、めまぐるしく変わる体についていけず、つわりがひどく、家事を少ししては、横になって、不安になって泣く毎日。
そんな時、突然、夜に友人のトモコが仕事帰りに、さやかに会いにきた。
「石田くんに頼まれちゃてさあ。さやかの事」
そう言って、つわりでやつれた、さやかの背中をなでてトモコは、家に入る。
石田と結婚後に、トモコとは同じ中学校に通っていた事をさやかは知った。
28歳にして主任を任されているトモコの仕事は、深夜まで忙しい。
そんな中、さやかの知らない所で、石田はトモコに頼み込んで、石田が仕事の遅い日にトモコに来てもらう約束ををしてもらったらしい。
「学年一番、中二病をわずらっていた石田くんが、お父さんか」
トモコは、ぶつぶつ言いながらも、寝込んでほとんど動けなくなったさやかの代わりに、お皿を手早く洗い、洗濯してくれる。
「石田くんの中二病は、ひどくて中学生のみんな、ドン引きしてたわ、さやかにも見せたかった」
石田が帰宅すると、トモコは石田をかるく茶化してから帰るので、いつも石田は苦笑いで、さやかは笑う。
「どんな中学生だったの?」
トモコが帰るたびに、さやかが聞くので石田は、人選まちがえたか、と言っては笑って、さやかをかわす。
いつも淡々としている石田の学生時代が、さやかには想像つかなかった。
安定期に入っても、つわりが続いたさやかの毎日は、6ヶ月にわたって、そんな毎日が続いた。
さやかの産婦人科の担当医は、50代後半の優しい女性の先生で、さやかとも相性があった。
臨月まで、さやかも気持ちが落ちつき、それなりの家事や外出が出来るようになる。
お腹の中の子供が、順調に育ってくれるかすら不安な毎日だったが、とてもエリが毎日のようにくる実家の母親には言えなかった。
さやかが臨月に入り、少量の出血が続き、お腹の張りもあったため、産婦人科の先生から切迫早産の可能性もあるからと、入院をすすめられた。
入院の事だけは、実母に連絡した。
「妊娠は、自然な事なのに、今の若い人はなんでも大騒ぎするのね」
母親は、不妊様のエリを棚にあげ、さやかが不安に押し潰されそうな中、母親がさやかに入院する前に言った最初で最後の言葉だった。
さやかが、入院すると職場から近い事もあって、トモコは毎日のように仕事帰りに、さやかに会いに来てくれた。
「うちの旦那も、トモコさんみたいにまめだったら良かったのに」
同部屋の妊婦さんが、毎日のように来るトモコを見て言った。
トモコは、はにかんでは、それでも、さやかのそばにいてくれた。
入院して、安静にもなれ、出血も止まり、石田の両親が気をつかい、一度だけ顔を見せた。
「さやかさん、無理せずに、子供が産まれてもヨウタには何でも手伝っもらいなさい」
石田に似て、静かだが、サバサバとした義理の両親は、それだけ言って帰った。
出産予定日より2日早く、華は産まれた。
トモコは華を何度も見ては、愛おしそうなため息をつくので、さやかの方が笑ってしまった。
「恋する乙女みたい」
さやかが茶化すと、トモコは真剣にムッとした顔をして怒る。
「だって、さやかが頑張って、この子も頑張って、この世に誕生したなんて、素晴らしいことじゃない」
さやかより先に泣き出してしまったトモコを見て、ずっと素知らぬ顔をしながらも、トモコは、さやかを見守ってくれていたのだと思った。
「さやかに、目がすごく似てる、指が綺麗なのは俺ににてるかな」
石田は、嬉しそうに言う。
結局、出産後、一度も両親も兄ミタカも妻のエリも来なかった。
石田とトモコが、たまたま同じ時間に来た日があった。
「名前、華にしようと思うの、どんな人生でも咲ける輝く子に育ちますようにって」
さやかが呟くと、2人は嬉しそうに笑った。
ママ友と上手くやれるかなんて不安は、華との毎日で、考える暇も眠る暇もないくらい、大変な毎日でさやかの中から消えつつあった。
ママ友のカースト制度より、毎日、華との生活を大切にしよう。
なぜなら、どんな制度もけちらすくらいの力強い大音量で華は元気に毎日、泣いたり、すやすや眠り、時々ほほえんで生きているのだから。
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