第17話 憎悪

さやかの母、トヨコが自分の実の娘を見て、憎悪に襲われたのは、さやかが9才になり、夫であるトヤマと離婚をする1年前だ。


自分が産み、育ててきた娘を心底、憎いと思う感情にトヨコは動揺した。静かで無口でつまらない夫、トヤマに似てきたのだ。


何でも考えるのが遅く、トヤマと同じで静かに行動する、女の子なのにトヨコが買ってきた可愛い服を着てくれない、女の子らしい愛想もない、トヨコのストレスは限界だった。


「もっと、はっきり話しなさいっ!」

小学3年生の授業参観日の日に、国語の時間に教室で聞こえるか、聞こえないかの声でさやかは朗読していたら、周囲の親から静かな嘲笑う声がする。


家に帰り、開口一番トヨコはさやかを怒鳴りつけていた。


ランドセルを背負ったまま、さやかは黙りこくり震えていた。


それが、ますますトヤマに似ていて、トヨコの鬱憤がたまる。


気がついたら、目の前でさやかが泣いていた。トヨコは、気がつかないうちに、さやかの頬を平手打ちしていた。


一瞬、自分で自分の娘に何をしたのかトヨコ自身分からず、動揺した。


「さやか、ごめん、今のはお母さんが悪かったの」

慌てて、トヨコは珍しく声をあげてなくさやかを抱き締めた。トヨコの心臓は早鐘のように脈打っている。


トヤマとは、さやかが幼稚園にあがる頃からぎくしゃくしていたが、真面目に働き家族も大切にしてくれる何の不満もない夫だったが、お互い何かあるたびに、さやかが自室で眠ると、言い合いをしていた。


言い合いと言ってもトヨコの一方的な感情的な言葉が、トヤマと言う体を通り抜けていくだけだ。



「あなたからも、外では、さやかにもっと笑うように言ってちょうだい!幼稚園の他のお母さんに、さやかちゃん精神的な病気じゃないのとまで言われたのよ!」

夕食をトヤマに出すと、トヤマは無言で食べる。


「さやかは、さやかでいいじゃないか」

それだけ言うと、トヤマは黙って夕食を食べた。さやかと同じだ。美味しいのか美味しくないのかすら言わない。


さやかが小学生にあがった頃から、トヤマは体調を崩し始めた。さやかもトヤマに似てよく風邪をひいたり、体調を崩す。


いつもの恒例行事だろうと、トヨコがたかをくくっていたある日、職場でトヤマが倒れたと連絡が入った。


慌てて病院に行くと、告げられたのはトヤマが癌に罹りステージ4と言う一番重い状態の現実だった。


トヨコが思ったのは、その時思った事はトヤマの病気を心配する事でも、これからトヤマが亡くなった場合、さやかとどう生活していくかでもなかった。


さやかすら、いなければ。


トヨコが一番に思った事だった。


その後何だかんだ言いながらも結婚し、さやかが産まれ、笑う日もあったトヤマの死が迫る恐怖に泣いていた。



「治療しながら、働くだけ働いてトヨコとさやかにはお金を残すから」

小さな声で、癌を宣告されたトヤマが診察室で、呟いた。


その頃、トヨコは今の夫である佐藤とすでに不倫をしていた。



佐藤は当時、さやかの幼稚園の事務員をしていて、たまたま、あまり笑わないさやかの相談をしてから、トヤマとは違い、明るくよく話を聞いてくれる佐藤にトヨコは惹かれ、佐藤もハキハキとしたトヨコに惹かれ、不倫関係になった。


さやかすら、いなければ、トヤマと離婚して今の妻と離婚の話をしている佐藤と結婚できる。


その後、佐藤の離婚が成立し、トヨコもトヤマと別れた。


トヤマは、あっさり離婚を受け入れてくれたが「さやかには、トヤマの病気を話さないこと。不倫の事は墓場までもっていくこと」を約束させられた。


トヤマは、トヨコが不倫していた事をとっくに気がついていた。


佐藤と再婚し、新しい人生が始まると思っていたトヨコだったが、成長するにつれ、さやかは死んだトヤマに似てきた。


さやかが、憎い。佐藤も佐藤の息子のミタカが、さやかを可愛がれば可愛がるほど、トヨコはさやかが憎くなっていた。


そんな実の娘を憎悪する自分に、母親としてもトヨコは動揺する。



さやかすら、いなければ。

佐藤が可愛がっていた、息子のミタカが家を出て、佐藤とも冷えきり、さやかが、家を出てからも心にこびりついて消えないトヨコの感情だった。


そんな時、佐藤の息子ミタカの妻であるエリとは相性が合い、エリがパート以外の日は、家に来て話をする事で、トヨコのさやかへの墨のような黒い気持ちがエリと言う水で薄まる。


年老いていくトヨコにとって、エリが唯一の救いなのだ。

















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