第20話 心象
いつだって、力強い人に惹かれる。
佐藤カツヤは、そんな人間だった。
元妻、土田ヨキナは逆境の中を生き抜きながらも、ひたむきに力強い女性だった。
再婚相手のトヨコの、病弱な夫を抱えながらも娘を育てあげる力強さにも惹かれた。
佐藤カツヤは、父親から殴られる親元で育った。母親は、見て見ぬふりの毎日。
のちに、自分が毒親育ちだと分かる。
学校でいじめられても、家で父親に殴られても、就職先がなかなか見つからず、何とか非正規で入社した、幼稚園の事務の仕事もまともに出来ない。
「お前が、弱いからだ。全部悪いのは、お前のせいだ」
父親に殴られながら、言われ続けた言葉は、大人になり自立したカツヤを蝕んでいった。
自分が弱いと思い込んでいたカツヤには、強い人が側にはいて欲しかった一心の毎日。
そんな毎日の中で、通勤途中でよく出会う土田ヨキナと仕事の愚痴などを話しているうちに、仲が良くなる。
ヨキナは、幼稚園の時に両親に捨てられ、親戚をたらい回しにされながらも、高校卒業後に小さな工場の事務に入社して、働いているという。
藁をもつかむ気持ちで、佐藤カツヤはヨキナと仲良くなり、付き合い、結婚した。
「お前が弱いからだ」
佐藤カツヤの父親の言葉の呪いは、自分の少ない自信や大人になり、自立したカツヤの心すら凌駕する。
しかし、土田ヨキナは意外に強いがもろく、弱い女性でもあった事にカツヤは、落胆した。
離婚も考えていた時、ヨキナが妊娠している事を知る。
自分が父親になる実感が持てないどころか、自分の父親のように、子供を愛せないのでは?という恐怖が強い毎日だ。
ミタカが、産まれ、カツヤは人生観が変わる。
力強く、生命力にあふれ、自分を必要としてくれる。歪んだカツヤの承認欲求が満たされた。
ミタカが、成長するにつれ、カツヤは妻のヨキナよりも自分を必要としてくれるミタカを父親として、愛した。
幼稚園の事務の仕事で、たまたま仕事が長引き遅くなった時、再婚相手のトヨコと出逢う。
トヨコは、病弱な夫に、あまり話さない娘さやかについて悩んではいたが、それでも前へ進もうとする力強さがあった。
結婚し、すでに女性として母親として昔の独りで生きていた力強さの消えた妻ヨキナには、冷めていた。
トヨコに惹かれた。
離婚の話を持ち出すと、妻ヨキナはあわてふためき、不倫をしてても良いから、3人の暮らしだけは続けたいと、毎日泣く。
独りで生きてきた、結婚前の妻ヨキナの強さはない、カツヤが、欲しいのは力強い人だ。
泣きながら追いすがる、病んでいく、弱っていく、ヨキナを振り払い、カツヤはミタカを連れて離婚した。
しかし、再婚してからも同じ事が起こる。
トヨコは、カツヤが幼稚園の事務の仕事から転職し、中小企業に務め、家族のためにローンをくんだ家であぐらをかきはじめた。
違う、俺が必要なのは、力強い人だ。
息子のミタカは、家を20歳で出るまでカツヤを頼ってくれた。
憎い、唯一、自分を必要としてくれる息子を奪ったミタカの妻エリも、自分に寄りかかるトヨコも、何を考えているのか分からないトヨコの娘さやかも、憎い。
どいつもこいつも、自分を頼り、カツヤが唯一必要なミタカすらいなくなった。
途方にくれた佐藤カツヤは、知らない。
人に頼られ、人には気持ちを見せない自分が、一番強い事に。
「お前が弱いからだ」
佐藤カツヤは知らない、父親の言葉の呪いをとくまで、力強い人に惹かれ続ける事も。
自分が父親の呪いをとけば、人生が変わる事も。
何も、知らない。
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