第19話〜似ているすがた〜

 父上と母上達と合流し暫く城下町を見て回っていたが、夕食を食べる為に宿屋に残してきたエリスを迎えに行くと、何故かエリスの機嫌が悪かった。


「……むぅ」


「な、なに…?」


 くんくん、くんくんとまるで屋敷でお留守番をしているオルトロスのルトさんとルカさんのように鼻を鳴らすエリスに若干引きながらも問う。


「…ユーくん、誰か知らない女の子とあってた?」


 一頻り匂いを嗅いでいたかと思うとアリシアの手を握った利き手である右手を猛烈に匂いを嗅ぎ始めじろりと睨むエリスに何か既視感を覚えながら頷く。



「う、うん…ちょっと路地裏で女の子が襲われていたから助けたけ、ど…?」



 正直に、と言っても細部を省いてではあるが答えた私に対しエリスは無言で手を握る、しかも両手で。


「あの……え、エリス…さん?」


「………エリスの…」



 にぎにぎ、にぎにぎと、匂いを擦り付け染み込ませる様に。


(最近リリスさんと組手やり始めたからか、昔に比べたら力が強くなってきたなぁ…)


 というか、ちょっとだけ痛い、ちょ、え…待って待って!なんか摩擦で熱くなってきた!



「エリス姉さんっ、痛いっ!ていうか熱い!」


「………………むぅ…」


 摩擦熱で僅かに赤くなっている右手を無理に振りほどく事は無いが痛みを訴えると渋々とばかりに手を離すエリス、その姿に前世での元恋人を思い出した。


(あぁ、…嫉妬か……あの子はとりわけ嫉妬深かったからなぁ…)



 エリスもそうなのだろうか?……いや、自惚れ過ぎか、大方知らない土地で気分が高揚している所に自分が預かり知らぬ時に弟同然に過ごしてきた私が真新しい人と接触したのが居心地が悪かったのだろう。

 うんうんと、頷いている私の背後の扉が開くとリリスさんとテラさんが部屋を覗き込んでいた。


 片方は何故かによによ笑い、もう片方は表情は笑っているが目の奥が笑っていないという何とも筆舌に尽くし難い表情を覗かせながら。


「いやぁ…少し前からあんなに面倒くさがってた組手をやり始めたと思ったら……春だね〜」


「HAHAHA、ユウ坊…ちょーっと今から河川敷で男同志の熱い語らいをしようZe?」



 ………取り敢えず、私は無実だと声を高らかにして叫びたいが構わないだろうか…?



----------------


 一方その頃、城下町の外れにて金糸の髪を夜風に撫でられる少女の姿があった。


「……はぁ…」


 少女の名はアリシア。ガイア王国女王、アレクシアの娘であり嘗ての大英雄拳王ロンの忘れ形見。歴代の勇者のみが宿せる特異な能力を持つ者である。


 溜息を漏らしとぼとぼと歩く、王女であった頃はこの時間は厳しくも優しかった母と食事をしていた…女王としての政務が終わったのを見計らい夜食を一緒に口にするのが彼女の密かな楽しみだったのだ。


 だが、勇者の証を継いだ証である痣が身体に浮かんだあの日から、女王は変わった。



(あの頃は、良かったなぁ…)



 思い出されるのは昼間の出来事。



「…手、暖かかったな…」


 握られた手は暖かく、何より同年代とは思えない程マメだらけだった。


 長く、苦しい研鑽を積んできた証だろう見た目以上に引き締まった身体は逞しく、それでいて口調からは確かな知性を感じさせる少年を思い出しアリシアは余計に罪悪感を覚える。



「……今度、もし逢えたなら謝らなきゃ…」



 誰に聞かせるでもない懺悔、然し叢雲の裂け目から照らされる月明かりを背景に深紅の外套を風に靡かせた3mはあろうかという素顔を隠した黒騎士が姿を見せると少女の顔も恐怖に強張る。


「──…貴様に今度、という未来は存在しない。世界の為の礎となるが良い…」


「ぁ……あ…ッ……」


 生物が本能的に持ち合わせる根源的恐怖、死の体現者たる黒騎士からは怒りでも憎悪でもなく、ただ殺す事で未来に起こり得る多くの哀しみを断ち切る為に、今、自分を斬るのだと、確固たる決意と覚悟を殺意に変えている事を理解した少女は夜の薄暗い街道を我武者羅に駆け出した。



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 食事を済まし、後は床に就くだけというタイミングで父上に宿屋でも一番広い応接間に呼び出され父上と母上、先程熱いバトル(という名の一方的な言い掛かり)を繰り広げたテラさん、それを面白がって見ていたリリスさんが待っていた。


「あれ……父上だけではないのですね、どうかしたのですか?」


 父上や母上は兎も角として、何時も明るいリリスさんや普段からおちゃらけハッピーセットなテラさんですら沈黙している……何となく、居心地の悪さを感じるが父上は溜息を漏らすもある方角へと指を指す。


「…あの方角に何が居るか、肆ノ秘剣・月兎で感じてみろ、あれだけ大きい反応なら意識を傾ければ解るはずだ」


(ふむ………………ッ!?)


 魔心流 肆ノ秘剣・月兎、気の流れや魔力の大きさを意識外ですら測る業、本来は戦闘中に他の業と併用したり回避行動の為に使うものであるが…正直、私自身の鈍感さに頭に来た。


「な、なんですか!この異常な魔力……いや、そんなちゃちなものじゃない、存在そのものがデタラメだ!」


「ユウ坊、落ち着きな…気持ちはわかっけどよ」


 有り得ない存在に半ば取り乱しているとテラさんが肩をぽんと叩く、リリスさんも顔を俯かせているが父上は私をじっと見つめる。



「……あれにどう向き合うかはお前次第だ、…だがあまり悠長に構える時間は無い…護るのか、見殺しにするのか、二つに一つだ


───だが、何方の道を選んだとしても私達はお前が進む道を支える…それだけは伝えておく」



 父上の言葉を全て理解する事は出来ないが、それでも今生で最も頼りになる人が自分を支えてくれる…


 その言葉に、私の身体は言葉よりも早く刀を取りに行き夜の街へと駆け出していた。



----------------



「は……っは……!」


 突如襲い掛かってきた黒騎士の猛攻に私は私自身に唯一残された持ち物(能力)を用いて一矢報いようとしていた。


(気付けば集合墓地の近く、か……死ぬのかな…わたし…)


 私に残されたもの、それは精霊や神々といった人間よりも高次元である魂を私の身体という器に取り込む事で自分自身の意識を保ったまま力を行使するというもの。


 但し、今の私では主神とかその系譜に連なるようなヒト達の力は扱えず、扱えるのは神々は疎か四大精霊にも劣る中級クラスの精霊…しかも一度使えば暫くは反動で動けないという欠陥だらけの能力だ。


(……せめて、謝りたかったな…)



「……死ぬ覚悟は出来たか?…悪く思うな、等と都合の良い事は言わん。私が死んだ時はあの世で思う存分罵るが良い。

──貴様が勇者としての資質を持って産まれてきた事が、私が貴様を殺す唯一にして最大の理由なのだから」



 今し方取り込んだ火の精霊が貸し与えてくれる力を溜め込みながら自分勝手な御託を並べる黒騎士に怒りよりも諦めの気持ちが芽生える



(勇者になんて…なりたくなかった……!)



 あの、死を形にしたような、認識阻害の魔法で男の人か女の人かも解らない存在にそう言えたらどれだけ楽だっただろうか…


「うわあぁぁぁぁぁッ!」


 半狂乱になりながら溜め込んだ力を火炎弾として黒騎士にぶつけるが


「───…弱いな、悲しい程に」


 ただ、下から上へ振り上げられた剣圧のみで上空へ花火のように打ち上げられる火球に、私は死を覚悟した。



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 無駄な足掻き、と、どうして笑えようか。


 目の前の少女は懸命に生きようとした、そんな彼女を笑う者在らば平時の私ならば唾棄するべき存在として斬り捨てていただろう。


(……それでも、私は争いの無い世界を敷く…)



 それが、私の為に散っていった者達の……何よりも、平和を望みながら逝った最愛のあの人の意志を私なりに継ぐという私自身の誓いなのだから。


「…せめて、何故殺されるか理由を詳しく話してやろう。

──全ては、神話の時代から存在する勇者と魔王の成立ちにある。」


「……なり、たち…?」


 頼みの綱である最後の攻撃も虚しく、戦意を喪失しへたりこんでいる新時代の勇者になれなかった少女に私は頷く。


「そうだ、…勇者と魔王は互いを否定し合い、殺し合うように運命力を以て宿命付けられている。…それは過去の歴史を読み解けば分かる事ではあるが…残念ながらそれを説明し尽くすには今は時間が足りん。

唯一、例外が起きたのは貴様の母、アレクシアと拳王ロンとが結ばれていた時期に終焉の邪竜神・アジ・ダハーカが大戦を引き起こした時期…彼の邪竜神を討ち滅ぼしたアレクシアは勇者としての力と拳王を失い平和が訪れる筈だった……貴様が勇者の力を有さなければ、な」


 目の前の少女は愕然とした様子で膝から崩れ落ちる。


 然もありなん、何故女王には番となる夫が居なかったのか…アレクシア殿の事だ、意図的に話さなかったのだろう。


(あまりに無慈悲よな…だが…私も、人の事は言えんか…)


 何故自分が殺されなければならないのか


 それは偏に、私が魔王を統べる大魔王であり、自分が勇者に成り得る存在だった…勇者と魔王の宿命とはそういう、大切なものを喪い、全世界を血と暴力の狂乱へと巻き込む大戦を引き起こす程、過酷なものなのだから。


 更に言えば、寿命や当代の使命を果したもの以外で何方かが死亡した場合、向こう100年は次代の勇者や魔王は産まれて来ない……直前に能力を譲渡でもしない限りは、だが。



「…故に、平和の為に此処で朽ち果てよ、アリシア」


 泥だらけで薄汚れた衣類に気にする様子もなく、何の反応もしなくなったアリシア姫に対し私は、せめて苦しまぬようにと首を刎ねるべく剣を振り翳した





 ───筈であった。



「間に合った…ッ!」


「ッ!?」


 私は思わず我が目を疑う



 何故ならば、私の斬撃を往なした少年があまりにも似ていたからだ



 私を生かす為に、その身は疎か、文字通り生命すら投げ打った…



 ───最愛の姉に。

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