第18話〜七英雄〜

 時間はほんの少しだけ遡る。


「こうして集まるのは大戦が終結して以来か…」


 過去の大戦で散っていた人族や魔族、竜族の慰霊碑の前に集うは、大戦を生き抜き各々の立場で世界にとって重要な役割を持つ七人の英傑。


 剣王・レオニダス

 賢王・ソフィア

 元ガイア王国、隠密隊総司令補佐・リリス

 鍛治職人・テラ

 ガイア王国、現女王にして元勇者・アレクシア

 ウラノス教皇国、現女教皇・イレーネ

 タルタロス帝国、現大魔王・ファラ


「そうなるな、尤も私は貴方々勇者パーティとは半年程旅に同行しただけだが」


 紅蓮の鬣のような髪をそよ風が撫でる、敵味方に陣営は分かれていたが肩までしか伸ばしていない明るめの紫色の髪の女性が慰霊碑にそっと手を合わせる。


「あー…ま、それを言うなら俺なんか兄さん等の武器やら鎧を作ったりしてただけだしなぁ…俺自身の戦闘力なんかそこらの騎士とどっこいどっこいだわ」


 やや灰色に近い髪色を適当に伸ばした鍛治職人であるテラは慰霊碑に手を合わせるファラの撓わに実った双丘に視線をやるが、妻であるリリスの鋭い蹴りを尻に見舞われる。


「ぎゃっ!?いってぇ……っ何すんだよリリス!」


「えっちぃ視線を感じたから〜。後、別に贔屓目で見なくても空も地上も覆い尽くすくらいうじゃうじゃ居た邪竜軍の一個師団を装備ありきの実力とはいえ、一人で食い止めたダーリンは弱くはないと思うよ〜?」


 ぷりぷりと怒りだすリリスに涙目で睨んでいたテラも自身を認めてくれる妻の言葉に照れ臭そうに、同時に自身の悪癖を恥じるように頭を掻く。



「よせやい、照れちまうわ…後、わりぃ…でも俺が愛してるのはハニーとエリスだけだからな?」


「えへへ、ありがとっ!ダーリン♡」


 喧嘩して一分も経たない内にイチャつく様子に大魔王として魔族が住まう国を収めるファラも含め、レオニダスもソフィアも苦笑を隠せないでいる。


「うふふ…御二人は本当に変わりありませんね?少し羨ましくも思います」



 陽の光すら反射するような美しい銀の髪を腰まで伸ばし、エルフの特徴でもある長耳に髪を掛け直す祭服に身を包んでいるイレーネは穏やかな微笑みを称えながらため息を漏らす。

 聞き漏らす事が無かったのか、はたまた元々そういう陰の気に敏感なのか空の様に蒼い瞳で見つめるアレクシア。


「何かあったのか?私で良ければ相談に乗るが」


「いえ…少し次女の事で…そういえば、アレクシア様も…でしたわね」


 はっとした様に口許を抑えるイレーネにアレクシアは頭を振る。


「いや、私やあの子ばかりが辛い訳ではない。

…嘗て、レオニダスの剣が、ソフィアの魔法が、今はこの場に居ないロンとリリスの拳が、テラが鍛えてくれた装備が…イレーネの歌声が、ファラの覚悟が私達の力になったように、今度は私達の子供達が未来を切り拓く番なんだ。


──親としては、変わってやりたい位口惜しい限りだけど、ね…」


 唇を噛み、握り込む拳を震わせながらも何かを堪えるように目を瞑るアレクシアに想いは皆同じなのか場を沈黙が支配する。


「…すまない、私が空気を悪くしてしまったね。…一先ず、王国内では10年前の襲撃事件の首謀者らしき存在は居なかったようだ、勿論二人が話していた謎の存在に関する目撃情報も…教皇国、帝国はどうだろうか?」


「教皇国も同じですわ、こうも手掛かりすら掴めないとなるとかえって不気味ですわね…」


「……帝国もだ、尤も魔族の多くは力こそを絶対の掟であり不文律としている。疑わしい、というだけなら候補は幾らでも出てくるが…如何せん、疑惑だけで民や臣下を斬り捨てていたらキリがないがな」


 10年前の王国内で起きた襲撃事件、当時はグリフォンやバジリスク、ヒュドラといった、動物が瘴気に当てられ魔物堕ちしたものとは事なり、神話の時代から存在する一級品の魔物が大挙して近隣の村を襲っている最中、徒党を組んでいた野盗が食うに困り村を襲ったのだろうというのが世間一般的の認識ではあったが、この場に居る7名はそれだけでは無い事を既に理解している。


「…すまない、私がもう少し早く片付けられていれば…」


 当時、近隣の村を襲っていた魔物の群れに対処していたレオニダスは今でもあの時の事を悔いていた。

 何より、魔物達の襲撃は自分達が撃滅した者達だけでなく第二陣があった事もあり悔恨の念を抱かせ続けている。


「仕方ないさ、聞けばソフィアはその時、村人の身の安全を確保する為に村全体を障壁で覆って体力をかなり消耗していたようだし、幾らレオニダスでも万を超える大型の魔物を相手に一人で対処するには時間が掛かってしまう。当時、村を離れていた数名の生き残りと、君達が保護した赤ん坊が生き残ってくれていただけ最悪の辞退にならなかっただけ良かったと思わなければ…」



 下手をすれば王国領土内で未曾有の被害が出ていたであろう災厄をたった2人で最小限に抑え、賞賛こそすれど誰にも咎める事は出来ないだろう。



 それが例え、この場に居ないユウキであっても、それは同じである。



「……それでも、私は奴に一生モノの傷を負わせてしまった、その事実はどう言い繕おうが変わらん」


「………すまない、少し軽率だったね。…ところで、その彼の話だが本当に君の跡を継げると思っているのかい?剣王と呼ばれ魔心流の秘奥に到達した君の後継者に」


 一週間前の模擬戦で薄々勘づいているとは思っていたが、本当の息子では無い事、更に言えば自分が何処で産まれたかを自覚した上で父、母と呼んでいた事に対し二人の中で何か覚悟が決まったのかレオニダスとソフィアは静かに微笑む。


「成れる、未だ鍛える余地はあるが純粋な剣術で言えば私に拮抗しつつある…これがその証だ」


 そう言うとレオニダスの腰には先日模擬戦の使用された刀身が叩き折られた木剣、無論風体が悪いので鞘に納められているが。


 ソフィア、リリスは当時は部屋で各々作業をしていたが暫くして結界の内側から空間が捻じ曲がる程の力と力のぶつかり合いを感じそこで大の字で倒れていたユウキと片膝を付いていたレオニダスを各々運んだ、という風景がある。


 尤も、食事の時間になった途端、がばっと起き上がったユウキに思わず苦笑したのは記憶に新しいが。


 木製とはいえ、今も尚凄まじい迄の魔力を帯びた木剣を見てテラ、アレクシア、イレーネ、そしてファラの4人は信じ難いものを見たとばかりに目を見開く。


「うっひゃぁ…話には聞いてたが前にも増してすんげぇ魔力だ…兄さんの剣の腕を鍛冶師として知ってる分余計にユウちゃんの強さが解るわな」


「…凄まじいな、いや、師が君だからというのも差し引いて…10歳でこれなら今の王国の騎士団長クラスは10歳児に手玉に取られるだろう…君達を手放してしまったのは我が王国の損失だったかな?」


「……怒り?いえ、確かにそれもありますが慟哭にも似た深い哀しみ…そして、それと同じ位レオニダスさん達を想う愛情、…闇の中に在って尚光を…そして…あぁ…神よ…」


「………………」


 三者三様、鍛治職人であるテラは赤子の頃から見知った少年の強さを純粋に賞賛し。

 王国の女王でもあるアレクシアはまだ見ぬ少年の強さを賞賛しつつも、そこまで育て上げた嘗ての騎士団長と魔法士団長に冗談ぽく微笑む。

 エルフであり、信仰国家のトップでもあるイレーネは今も尚残る魔力の残滓からユウキの内面の一端を垣間見たようである、目尻には涙を湛えながら十字を切る動作。


 唯一、ファラはまじまじと木剣を見ているが、ふと思い立ったように言葉を紡ぐ。


「…それで、その少年に貴方々は重荷を背負わせるおつもりか?」


 射抜く様な視線、言葉こそ問いではあるが彼女はこう言いたいのだ。



 親のエゴに、子を巻き込むな、と。



 再び静寂が場を支配するが、ソフィアは優しく微笑む。



 それが確かに、親のエゴであると知りながら。


「彼はね、今の世界を変えたいと思っているの。その為に出来る努力を欠かした事は少なくとも私達が教えるようになった7年間の間で一度も無かった……逆に死ぬ様な目にはあったけどね。

貴女にだってその片鱗は解るはずよ?半年という短い間とはいえ、レオと私に手解きを受けた貴女なら


───私は、あの子の母親として、何より魔法士協会の門外顧問としてあの子の決戦魔法士…魔神入りを推薦するわ」



 優しくも決意に満ちた瞳を見てファラは何も言えなくなる、呆れからではなく、真摯な眼差しに大魔王として君臨する彼女が気圧されている形で、だ。


 数秒か、数十秒か…暫しの沈黙の後黒い外套を靡かせファラは背を向ける。



「…──為れば、それに見合う器かどうかを試そう。女王アレクシア、嘗ての盟約に従い今宵、新時代の勇者を……貴女の娘を殺す、止める者在らば命を賭して来るが良い。

その少年にそう伝えておく事だ、無駄だとは思うがな」



 空気中のマナが凍り付くような、地の底から何千、何万もの悪魔や死霊が大挙するような闘気を背中越しに発すファラに一同は何も言えなかった。

 或いは、力尽くで止める事も考えたが彼女が生来持つ能力は魔法や異能を強制的に無効化し、更には彼女が身に付ける鎧は古の神々の内一柱の名を関する最凶の能力を持ち合わせている為、争おうにも大衆の目に映るのは必至。…辛うじて均衡の取れている三国の情勢にヒビを入れるのは過去の大戦を生き抜いたこの場の誰もが望んではいない事だった。


 嘗ての大戦の最中に何があったか、それは未だ語るべきでは無い。



 これは、過去の物語───失われた物語───でも


 神々に選ばれし勇者の物語───哀れな贄の物語───でも


 ましてや正義を敷かんとする大魔王の物語───正義に裏切られた者の物語───でもなく




 努力を続ける事で未来を切り拓く者達の物語なのだから。



「……さて、賽は投げられたか…」


 願わくば、我が子が後悔をしない道を歩むように…嘗て未来を勝ち取った剣士はその双眸を静かに綴じるのであった。

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