第17話〜出逢い〜

 父上との激しい模擬戦の後、リリス姉さんとルトさんルカさんが用意してくれたサンドイッチと唐揚げを軽食として摂った後、午後は何時も通り母上との魔法学だ。


「先ずは各魔法属性に於けるおさらいをしましょうか。先ず魔法には基本属性である火、土、風、水、木、金の6種類があるのは知っているわよね?」


 母の問いに対し私は頷いた後、続きを述べる。


「はい、更にそれ等基本属性の派生系である氷、雷が存在し、特殊な属性である光、闇、空、時、創、音、心、無の16種類が存在します。」


 私の回答に対し母は優しく微笑む、慈愛に満ちたとても綺麗な微笑みだ。


「そう、そして各々の魔法を3種類以上組み合わせる事が出来る魔法使いは稀有な存在なの。……特に、心の魔法はね?」


 そう言うと母は徐に掌を翳したかと思うとピンボールよりも小さめの規模の火の粉を窓から放つと湖一面が爆炎によって生じたオレンジ色の火柱が雷撃を纏った光景を水面に映し出す。


(ッ……)


 思わず固唾を呑んでしまう私に母は言葉を続ける。


「今のは火の初級魔法を最小限に抑えた火の粉に雷の初級魔法を付与し、更に心の魔法属性であるブースト魔法を使って強化したもの。

古代の大戦では現代よりももう少し担い手は居たらしいのだけど今では私やお父さん、魔法協会の理事長クラスに現魔王クラスの人達くらいしか完全に制御出来る人は居ないわね。…心以外の魔法なら問題は無いのだけど扱いが難しいこの技術は王国、帝国、教会領土を含めて全種族に対しA級以下の魔法使いには初級ですら使用禁止と定められているから、別名決戦魔法士…魔神とも呼ばれるわ」


 魔神、か…確かに父上は魔神や戦神の類だろう。常識や物理法則等を無視したようなデタラメな戦闘力、あの人が現代社会に現れたら…………想像するだけで恐ろしい。


 しかし、……ふむ…


「ノブレス・オブリージュ…ですか?」


 思わず唇をつくのは前世でもとある人物から良く耳にしていた言葉。

 権力であれ戦力であれ、力ある者は責任を持つ。

 この世界でも上位の力を持つS級からA級の魔法使いはそれこそ数える位だろう。その魔法使い達が自身よりも下の階級の魔法使い達に対し示しをつける為、常に精進し、力ある者として振舞い、魔法協会という三国のどれにも属さない一大組織を立ち上げる事を長い大戦を生き抜いた者達は義務付けられたのだろう。



「……そうね、優れた力を持つ者は責任を背負うもの。…勿論、貴方もね?」



「僕が…ですか?」


 過去に何かあったのだろうか、物憂げな表情を浮かべつつも私を見詰める母上に小首を傾げる。


「えぇ、…土魔法の上位魔法である重力魔法と水魔法の初級魔法で空気中の水分を水素に変換、周囲に影響を与えない様に空間の魔法と闇魔法の中級魔法で影響を及ばせないようにしながら、重力場の中心を加圧させる…多分、工程の最中に火魔法、時魔法も使っているわね、…この屋敷周辺の結界内だから未だ世間には明るみになっていないとは思うけど


───貴方、何をしようとしているの?」


 咎めるような、心配しているような……いや、両方か、兎にも角にもここまで見事に言い当てられてしまっては答えるしかないだろう。


「…流石です、母上。───人工的に太陽を作ろうとしています、…正確には極小規模の擬似太陽ですが」


「……何故?レオに話していた事と関係があるの?」


 息を呑む声には咎めるよりも唯々疑問の色、無理もないか…というか、父上との会話を聞かれていたのであれば最初から隠し通す事も出来ない、か。


「…より強い力が欲しいのもありますが、将来的には、広大な土地を買占め、専用の施設を作り、その擬似太陽を用いた技術で人々の暮らしを豊かにしたいんです、具体的には魔法石に極力頼らずその擬似太陽が齎すエネルギーだけで田畑を耕す乗り物や他にもランプに頼らず灯りを灯したり、一般の方でも遠くに居る人物と話せるような…色々と便利な魔導具を作ったり、世界全体の生活水準を全体的に引き上げたいな…と」


 太陽を用いた科学技術は現代社会でも研究が行われている、私一人の魔法では残念ながら太陽程巨大な恒星を創る事は不可能ではある。

 …が、少なくとも、魔物や竜族の核である魔石を極力使わずにエネルギーを賄う事が出来るなら、この世界で魔力を持たず、魔法が使えない人々の暮らしはぐんっと豊かになるし貧富の差も今よりは無くなるだろう。



 何より、人間の身勝手さで住処を追われる野生の魔物もぐっと減る。


 そのエネルギーを溜め込む装置すら未だ形にも出来ていないんですけどね…?等と、笑っている私を…ソフィア母上はそっと両手を背中に絡めてきた。


「っ!?…は、母上……」


「ユウキ…優しい子……私は嬉しいですよ…?」


 甘い花の香りがする、優しくて…安心する香り。


「…そうね、そういう事なら一週間後の鎮魂祭には貴方も出席なさい。今の内に見聞を深めるのもきっと今後の為になるわ」


 母上は私を抱き締めながら珍しく慌ただしくスーツの仕立ては間に合うか、あれも用意しなければ、出席の返事を書かなければ等と張り切っていたが


 当の私は、不意に抱き締められた事により妙に意識してしまい(特に何が、とは言いたくないが)そんな言葉等耳に入らず目を回していた。



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 そして6日後。


「見て、ユー君…綺麗だね?ここが宗教国家ウラノスだって」


 馬車から見える大橋、その下では澄んだ川が流れており目を凝らさずとも魚が泳いでいるのが解る。


「そうだね、エリス姉さん…」



 家がある湖から馬を走らせればそう遠くは無い王国領の城下町ならたまにテラさんの鍛冶屋を見に行ったり、ルトさんとルカさんの買い物に付き合ったりはしているが、他国ともなると些か緊張してしまう、まぁ、道中魔物に襲われる事無く無事に着いて何よりではあるが。


(そういえばあの二人は大丈夫だろうか……まぁ、2、3日で帰るから大丈夫だろう…一応アジ・ダハーカも付いていてくれているしな)


 

「さて、…私とソフィアは主賓として昔の友人達と逢ってくるが…ユウキ、エリス、お前達はどうする?」


 緊張した面持ちでいると父上が話を振ってくれる、私としては同行したい所ではあるが…



「…エリスは先に宿で休んでる、馬車疲れるから…」


「なら、僕は父上「ユーくん、おんぶ…」…ごめんなさい、父上…エリス姉さんを宿に運んでから合流しても?」


「あぁ、構わん。私達は集合墓地で逢う約束をしているから間に合うようなら昔の友人達に紹介しよう」


 背中にまとわりつくエリスを無理に引き剥がす事も出来ず(というか断ったら断った時の方がめんど…心苦しい)仕方なく背負うと父上も苦笑しながらソフィア母上と両手を重ね、ごめんね〜、と、謝罪するリリスさんを連れ立って墓地がある場所へと歩き出した。


「……さ、私達も行こうか?…寝ちゃってるよ…」


 割とフリーダムなエリス姉さんを背負い、今日用意された宿の部屋へと向かう。


----------------


「やれやれ……少し遅れてしまったけど集合墓地、ね…急げば間に合うかな?」


 腰にはテラさんが去年の誕生日に拵えてくれた、漆塗りの鞘に納められた片刃の刀を帯刀し人にぶつからない様に急ぎ足で歩いているが、ふと悲鳴が聞こえ思わず足を止める。


(…1人、2人……3人か……少し離れた場所に2人居るから全部で5人…どうしたものかな…)


 無論、気付いてしまった以上静観するつもりは無いが物取りにしては動きが暗殺者や野生の狼のそれだ、やけに統率が取れているが…



(だからといって、無抵抗の女の子を放っておくのも目覚めが悪い…か)


 複数の気配を感じる路地裏の前へ足を踏み込むと、今にも少女の胸に突き刺さらんとしたナイフを刀の柄、その先端で受け止め如何にも、とばかりに黒づくめの暗殺者風の男達に殺気をぶつける。


「な……っ……!?」


「…貴方々が何処の誰かは存じ上げませんが、流石に剣も持たない少女に複数で襲うのは如何なものかと」


 一人、また一人と発した殺気に呑まれ意識を手放す暗殺者達を一睨みする。

 ヒトを殺めた経験の数ならば彼等の方が多いだろうが、だからこそ彼我の力量差も肌身で感じられるのが暗殺者の性だろう、舌打ちが聞こえたかと思えば煙幕を張り倒れた仲間を担いで気配が遠ざかるのを感じれば背後で腰を抜かしている少女へと振り向く。


「あ、ぁ……ありが……」


「…怪我をしているようだね、回復魔法は差程得意ではないけど…」


 振り向くと太腿に切り傷を負っていた少女の前に片膝を付き傷口から毒が入り込んでいないかを診る、…うん、どうやら神経毒のようだ、これなら私自身の拙い解毒魔法と回復魔法でもなんとかなる。


「……君は、回復魔法士なの?」


 光魔法の解毒魔法を掛け、解毒を終えるとすぐさま少女の自然治癒力を高める回復魔法を掛け出血を止める私に少女は不思議そうに問いかける。



「そんな大層なものじゃないよ、この街には家族の付き添いで来ているんだ…君はこの街の人?」


「そっか、…うぅん、違うよ、ちょっと…家出してきたんだ」


 なるほど、家出か…良く見れば何処と無く気品を感じられる雰囲気だ。青い瞳に背中まで伸びた金の頭髪…絵画の中から出てきたような絵に書いたような美少女の治療を終えると手を差し伸べる。


「あの、……今は持ち合わせが…」


 …律儀な子だが、私はそんな守銭奴では無い。

 まぁ、助けられて当然だと思ってそうな人なら戒めの意味合いも込めて要求するかもしれないが。


「違う違う、お金なんか要らないよ…?その脚じゃ上手く歩けないだろ、何処か安全な場所迄連れてってあげるよ」


 そこまで聞いて少女は信じられないものでも見たような顔をして、漸く差し伸べられた手を握ってくれた。


「その…ありがとう、…わた、…ボクはアリシア、君は?」


 どうやら、少女ことアリシアは訳ありのようだ。


(…まぁ、家出してきたらしいしな…)


「僕はユウキ、取り敢えず子供だけじゃ限界もあるし、良かったら僕の父上と母上に君の事を相談しても構わないかい?」


「ユウキ、…うん、構わないよ。お父上とお母上の名前はなんて言うのかな?」


「父上はレオニダス、母上はソフィアだよ」



 そう答えた瞬間、アリシアは固まった


(知り合いかな…?)


「…ごめんね、やっぱり大丈夫。ばいばい」


 固まっていたかと思うと頭を下げたかと思えば表通りへと片脚を引き摺りながらも走り去ってしまう。

 アリシアの背を私は何も言えず見送るしか無かった。


「……まぁ、また逢うかもしれないし、その時に事情を聞こうか…」


 結局、私が着いた頃には父上と母上、リリス姉さんとテラさんしか居らず顔合わせには間に合わなかったが……まさか、後日意外な形でこの世界の三トップと出逢う事になるとは夢にも思わなかった。


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