第20話〜大魔王との戦い〜

私は、アリシアに振り下ろされた黒鉄の剣を鞘に収まった1m弱の太刀で受け流し黒騎士の間を割って入るように少女を庇っていた。


「……何の真似だ?」


 認識阻害の魔法でも掛けられているのだろうか、男性か女性かすら判別は出来ないが声には邪魔をされた怒りよりも困惑。


 何故、御前がソレ(少女)を庇う?


 と、いった類のものである事に私は受け流しても若干指先に痺れを覚えつつも鞘を抜かず真っ直ぐ、決して逸らす事無く眼前の根源的恐怖を体現したような黒騎士へと視線を向ける。



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 私の一撃を受け流した少年に内心、困惑が隠せないでいた。

 予め、認識阻害の魔法を掛けていた為、私が大魔王である事を知られる事はないが声は震えていた事は私自身自覚してしまう。



(……姉さん…!)



 何故ならば、似ていたのだ。


 性別や髪の色…何なら顔立ちすら違うにも関わらず身に纏う空気が。


 自身よりも何よりも、幼い私を護る為に文字通り、生命を捨てた姉が宿していた眼に。



「……何の真似だ?」


 だからこそ、言葉に出さずにはいられなかった。

 決して声を出すつもり等無かった、古から宿命付けられた勇者と大魔王の世界を巻き込む大戦を未然に防ぐ為に神々の傀儡として勇者として機能する前に眼前の少女を殺して100年は確約された平和を得る迄は。



 恐怖から来る怯えた視線は幾度となく向けられても。

 同じ目線で、それでも、と。私に向けられる視線は決して哀れみではなく真摯な眼差しで



「──…私は、私の願いの為に此処に立っています。彼女も貴方も、傷付けさせない為に。」



 等と、出逢って間も無い私(大魔王)すら救わんとする男に




 不覚にも、心の臓を握られた様な気がした。



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「──…私は、私の願いの為に此処に立っています。彼女も貴方も、傷付けさせない為に。」


 彼は私が王女だと…勇者になるしかない存在だと知っているのだろうか?

 否、知っている訳がない。だって私とは昼間に逢ったばかり、暗殺者から命を助けてくれた上に傷の手当てもしてくれたがそんな素振りは感じなかった。


 つまり、彼は本当に打算も何もなく、ただ『自分が護りたいから』という理由で私を護ってくれている


(なんだよ…それ……そんなの…)


 そんな人、私の周りには居なかった。


 王女であった頃は近衛兵や数多くの騎士の誰かが護衛に従く事はあった。

 それは、私にとって当たり前のことであったけど…王女としての身分を半ば追われ、勇者としての運命を背負う事を強いられた時に、私は“ボク”として生きる事でそれまでのアイデンティティを失った。



 そんな私を、彼は命懸けで護ろうとしてくれている。


 そう理解した瞬間、私はこの小さくて、とても大きな背中に自分でもどうしようも無いくらいの切なさを覚えた。



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 夜の集合墓地の外れ、月明かりに照らされる事で幻想的な淡い光を灯す花々が咲き誇る拓けた土地で小柄な身体と3mはある夜色の巨躯が相見える。


「ハッ!」


 金の柄を掴み振るわれる漆が如し色味を帯びた刀身は空気を斬り、大地を割る。

 対する白銀の軽鎧に身を包んだ小柄な人影は鞘から刃を抜く事は決してなく、然し背後に居る護るべき者を護るべく時に剣の平を蹴る事で軌道を逸らし、時に鞘で受け止め迷いを感じさせながらも自身の『正義』の為に引けぬ騎士の猛攻に堪えているが


 ふっ、と足腰に力が入らなくなっている事に気付く。



「ッ……これは…」


 何合…否、何十合堪えただろうか、並の騎士では立ち合う事すら適わず王国の上級騎士ですら一太刀目で彼我の戦力差に絶望と後悔を抱いて沈む音速を超え音を置き去りにする剣圧を往なし続けていた少年は眉を顰める。



「…私のタルタロスに此処まで耐え続けられたのは貴様が初めてだ、誇れ少年。馬も持たず、騎士の身分ですらない貴様は先代の大魔王より遥かに強い」


「……なるほど」


 先代魔王、タルタロスという2つのワードに少年は漸く眼前の黒騎士が何者なのか、そしてこの場を収める手立てを掴むとそれまで決して抜く事の無かった鞘に手を掛けつつ複数の術式を複雑に絡み合わせ魔力を集中させる。



「──…何をする気だ?まさかその卵の様な球体で私をどうにか出来るとも思っていまい。…その刃で私を討つ覚悟でも決まったか?」


 高まり続ける魔力は空気中の水分を水素やガスへと変換し、それと同時に極小の重力場を創り重力場内部のみで言えば100度…1000度…と高熱へと高まり続ける。

 無論、数多の怪物や神々を収監せし奈落…タルタロスの名を関する鎧の前では全ての事象は正しく呑み込む対象、如何に眼前の魔力が無詠唱で何か人智を超えたものを作っていようとも無意味だとばかりに、寧ろ今まで抜かずにいた太刀こそが本命だろう?と言わんばかりに語る。



「──…先に申し上げた通り、私は“貴女も”救います。」


 大魔王、と、自身が張った障壁魔法で少しでも安全を、と遠ざけているが彼女が暗殺しようとした少女に配慮するように告げる。



「…ならば、試してみるが良い────ッ!」


 互いに一歩踏み込めばそこは死地、少年の頭上に展開される1万度を超え、10万度を超え…瞬く間に1000万度を超えた極小の球体を覆う膜のようなものを見てファラは思わず呟く



 太陽を創るか…化け物め


 …その奈落、破らせて頂きます、大魔王



 互いに互いを称え合い、片方は兜の奥で妖しくも一種の狂気すら感じる笑みを浮かべながらも得物を構えると少年の姿は一瞬で魔王の懐に飛び込む。

 魔王はその異常な迄の速度に この男なら当然やって退けるだろうと言わんばかりに初めて斬り結んだ。


「ッッ!!」

「ッッ!!」


 音を置き去りに振り上げられる剛剣、後から聴こえる周囲を切り刻む暴風が千里離れた場所からは散りゆく者への鎮魂歌に聴こえる事から名付けられた技、鎮魂歌(レクイエム)に対し


少年が繰り出すは彼の父が見せた時を超え、空間すらを超え、悪魔を裂き、神仏すら滅し、数多の未来すら斬り捨てる至高の斬撃。

 無論、本来であれば今よりも長く苦しい修練を費やし完成させるものではあるが彼の全てを護るという覚悟の元、無意識に繰り出された斬撃は未完成ながらたった一つだけ差し出された未来を斬るに至る。


 互いの刃とぶつかり合い、名工が鍛えし刀は折れ天高く舞う



 が、同時に本来並の武具は疎か、最上位に君臨する竜王の一撃でもヒビは疎か刃こぼれすらしない大剣も横一文字に斬られる事となる



「ッ…いっけえぇぇェェッッ!!」


 剣を斬った事で本来の無敵に近い防御能力を発揮出来ないと推測した少年は荒れ狂う暴風に呑み込まれ、舞飛ぶ瓦礫が礫となってその身を襲う中に在りながらも対象にぶつかるまでは決して1000万度を超える極小の球体を内側に覆い隠す黒い球体を放つが、無論彼女(大魔王)ならば無辜の民を犠牲にはしないだろう、という少し狡い考えの元での行動だ。


「く…ッ、はああぁぁァァッッ!!」


 戦闘中感じた違和感を形として示す様に、魔王の目の前には黒と紫のベールのようなものが極小の太陽を抑える為に全力でその存在を喰らうも大剣を含め一つの鎧である為その力は内部で暴れ狂う。


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(…見事、と言わざるを得ないな)


 擬似とはいえ太陽と同質の力を神話の時代から存在し、一時的に機能不全を起こしつつも無敗を誇っていた神鎧で何とか取り込む。

 が、これ以上の戦闘行動は不可能、ましてや力を抑え込む為に今も尚全魔力を動員してる為鎧の周りは稲光のように時折発光して剣を振るう力すら残っていない。

「…何故、解った?私の…否、タルタロスの能力の一つが存在を喰らい収監するものだというのを」


 厳密に言えばそれは能力の一つでしかないが、それでも今まで誰も辿り着く事が無かった深淵の一つに人の域を優に超えた剣技と既存の魔法を超える大魔法をほぼ同時に繰り出すという絶技を以て辿り着き、更には血塗れになりながらも乗り越えた猛者に問わずにはいられない、とばかりに魔王は問う。


「……順序が変わってきますが、先ず貴女と対峙してどうしようもない“恐怖”を感じた事、そして時間にして数分、けれど、私からしたら何時間も走ったような異常な疲れ方。…これらから貴女、若しくは貴女が身に纏うその鎧そのものが何かしらの負荷を与えているのは容易に予想出来ました。」


 ですが…、と、ユウキは言葉を続ける。


「…決定的だったのは、先代魔王とタルタロスという二つのキーワード」


 人差し指と中指、2本の指を立てる少年に魔王は笑う。


「…ふ、ふははははっ!つまり貴様は恐怖を感じながらも私と相対した、と?」


 確かに戦闘中に口を滑らせたのは魔王、それは間違いない。


 然し同時に、他者と変わらず身が凍えるような恐怖を抱きながらも、あれだけの大立ち回りをして退けたと話す 本当の意味での勇気 を見せた少年に笑わずにはいられなかった。



「───畏れを知り、それでも尚、己が成す(護る)と決めた事を成すのが我が道なれば」


「ッ!」



 完敗だった


 戦おうと思えばタルタロスではなく自分自身の能力を使えば未だ戦える。寧ろ大魔王を初めとする者達とはその能力を使ってからが本番であった。



 だが、同時にそれは、少年の中に眠る竜の力をも起す事と同義である事を、全ての魔族を武力で束ね続けてきた大魔王は血塗れになりながらも未だ戦意を失っていない瞳を見て悟る。





 ───何よりも、目の前の少年が何れ自身の良き理解者成り得る者であるとも核心を得た魔王は剣を納める。


「……良いだろう、貴様がその正道を違わぬ事を願う

───私を救う、と宣った言葉、努々忘れるなよ?」


 曙の勇者よ、と…別れ際に空間魔法でも高位の魔法である転移魔法を予め刻んでいた魔石を用い最後の最後で大魔王としてではなく、個人としての言葉を耳許で囁きながらファラは去った。



「…私は、勇者にはなれませんよ…」



 気付けば、空は曙…未完成の剣技と存在の秘匿を暗黙のうちに促されていた極大魔法を放った事など既に気付かれてはいるだろう。


 父上と母上になんと弁明しよう…等と呟きながら、意図せずして大魔王に勇者の位を授けられた少年は地面に突っ伏し、同時に彼が傷だらけになりながらも護り通したアリシアを囲っていた障壁魔法も解けたのであった。

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