第14話〜リィンカーネーション〜


 街一つ分を呑み込む程に巨大な影で地上を覆う全身の所々を腐敗させた巨竜に真っ直ぐに見据えられて恐怖を抱くのは、生物としては当然だろう。…老いていようが、幼かろうが、それは世界を超えたとしても変わらない不文律の様なものだ。



 だが、エリス(家族)を護る、それだけに意識を傾けた少年の何と強き精神力か……否、喪う事に対する恐れを知っているが故か、彼は何度吹き飛ばされようとも転がされようともその度に、ただで起きる事は無く立ち上がる。


 まるで、物語に出てくるヒーロー(英雄)の様に。





「まだまだ…ッ!」


 追撃の手を緩める様に10メートルはあろう岩石に灼熱の業火を纏わせ打ち出す、腐敗した身体にはこれは有効打にはなり得ずとも体勢を整える数秒程度の時間稼ぎにはなった。


 が、それも2度3度となれば話は別だ、これまで何度か魔法をぶつけてきた為に丁寧に修復されていた身体は焼け爛れ腐敗臭の漂う翼の羽ばたきにより身体毎岩石を吹き飛ばされる小柄な少年。


「っ、は!」


 あわや直撃か、という処で身体を反転させ岩を蹴る事で逆に上手く地上で着地して見せるがこの状況下であらゆる可能性を見出さんとしているのは竜神と過去に対峙した剣王や少年のもう一人の母親は見て取れた。


「ユウキ!奴の身体に普通の斬撃は恐らく通用せん、一気に魔法で決めろ!」


「攻撃は通用しなくても私達がサポートするから、ユーくんは安心して攻撃だけに専念して!」


「はい!お願いします、父上!リリス姉さん!」


「…無粋な真似よ…だが、ただ蟻を踏み潰すのも芸がない…特別に許可してやろう」



 竜の王すら上回る竜神の咆哮が嘗ての終焉の地に響き渡る。


 本来であれば、魂を三分割され更には肉体も半ば朽ちているその身は、嘗て勇者と賢王の三人掛りで何とか打ち倒した剣王一人でも、今ならば倒せる程に衰弱しかけており魔力も全盛期からすれば残り滓の様な姿、それでも尚戦いに身を投じるのは根っからの戦好きか、はたまた…。


 竜の口から高濃度の瘴気を圧縮した魔力弾が打ち出される、着弾すれば国一つ滅ぼす等訳の無い力の塊だが


「させるかッ!」

「甘いッ!」


 魔心流 漆ノ秘剣・斬馬(ざんば)と魔身流 漆ノ秘拳・散馬(ざんば)の2つの闘気の刃が魔力の塊を押し返し逆に巨躯に激突させる。


「む…ッ、やりおる…」


 基本的に能力を使っている間は指名した相手と自分以外の他者の攻撃は自身の身体を覆う不可視のヴェールで無効化させる能力を持つアジ・ダハーカではあるが、逆を言えば本人の攻撃ならば自爆はするという事。剣王と拳王の妹はそれに気付いているのか迂闊に攻撃は出来なくなった。



 その間に、自身が指名した相手である少年の内側では膨大な迄の魔力が反物を織る様に繊細かつ緻密な魔力操作が為されている事に気付いていながら。



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「凄い…」


 思わず呟くのは父上とリリス姉さんが魔力の塊を押し返した事に対する賞賛であった。


(これなら、安心して術式は構築出来そうだ…!)



 今から試すのは実際に戦闘では使った事の無い魔法、言わばぶっつけ本番の魔法だ。


 だが、一度形を為せば確実に葬る事は出来るだろう殺傷能力に富んだ魔法、広範囲にその影響を与える為に出来れば使いたくなかった魔法“弓”だ。



(でも、奴を倒すには…!)



 そう、何度か魔法をぶつけて解った事がある。


 先ず、あの身体は魔法自体は通用する身体ではある、反射や無効化の類なら焼け焦げはしないというのが理由だ。


 第二に、斬撃はあの巨躯には通じ難いが核を狙うなら魔法では届き難い場所…即ち肋骨や肺骨といった骨に護られている部分に核が存在している為、大規模な魔法で狙おうにも避けられては意味が無い…恐らく奴のあの特異な身体は核を移動出来るのだろう。



 第三に、……恐らく奴自身は、本気の戦いの中での自身の終焉を望んでいる。何故かは解らないが、そうでなければ説明が付かない事があるから。



 今、私の手には弦やその他細かな部分は聖獣達の毛を借りて創魔法で刀を媒体に作り替えた弓が握られている、矢は先日譲り受けた小刀を矢に変え瘴気を纏うあの身体にも有効であろう大浄化を付与したもの。


 組み込む魔法は奴の全身を包みワープホールを幾つにも設置した大規模な空間魔法、矢への半永久的な土属性に分類される硬化魔法、…そして、矢の速度を半永久的に光の速度に迄引き上げ続ける光の魔法。


 物体は光の速度に近付けば近付く程にその破壊力を増大させ、地球は疎か宇宙にすら影響を及ぼすが、この魔法は空間魔法という空間を操る魔法ありきの魔法とも言える。



「父上!リリス姉さん!離れてッ!!」



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 膨大な迄の魔力を一つの魔法と一組の弓矢に込めたのを見届けた魔竜は口許を弛緩させる。


「……ふ…荒削りではあるが及第点をくれてやろう…さぁ、汝等も離れるが良い…余波に巻き込まれて死にたくは無かろう?」


 思わぬ言葉に思わず眉を寄せるレオニダスとリリス。



「……貴様、まさか最初からそのつもりだったのか?」


「なんか手加減されている気はしたけど、なんで?」


「…良かろう、話してやる。…貴様達が女神と呼ぶ者に首を跳ねられた我は魂を分割され一つはリィンに、もう一つは貴様の娘の魂と半ば融合する形で亘った…その間の数年間は、戦いとは無縁な日々は、悪くない時間だった……」



「「…………」」


 最凶の竜神が紡ぐ言葉に嘗ての荒々しさは鳴りを潜め、語られるのは想像すらしなかった真実。


 この世界には宗教国家とも呼べるとある女神にして大昔に勇者と共に世界を平和に導いた存在が居るが、この場合の女神がどの女神なのかは判断が付かない。


 だが、目の前の巨竜が今際の際に斯様な嘘を吐く理由が無く、何よりこの様なタイミングで甘言を使う事を嫌う性質だというのは浅からぬ因縁を持つ二人は理解していた。



 寧ろ、数年とはいえこの巨竜は娘とし育てた一面なのだ、という考えすら浮かぶと、唐突にやるせなさすら覚える。



 無論、それは弓を番えるユウキも同じだった。



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 ……そうか、…だからか…。



 何故、彼程の竜が死を望んでいるのかを理解した時、覚えたのは哀しみだった。


 考えてみれば当たり前だ、全力を尽くして敗北したならば未だ納得は出来るだろう…無論、最強にして最凶を自他ともに認められた竜神だ、悔しいという気持ちは残るだろうが、それでも全力で戦い破れた、という結果は残る。



 だが、その女神とやらがどの女神かは解らないが、他者によりそれを捻じ曲げられたのであれば死して残るのは悔恨だろう。




 勝つにしろ、敗けるにしろ、全力を出し本気で戦いたかった、という武人としての誇りが傷付けられたのだ。




 …歴史書によると何十万、何百万もの人々が魔竜軍により蹂躙されたという、それでも全ての罪が彼一人によるものか、と問われるなら、それは否である。

 死にたくないから戦う、戦いたいから戦う、愛する者を護りたいから戦う、憎むべき相手が居るから戦う…理由は各々異なるだろうしどの理由が正しいか、なんて議論する気は無いが何時の時代だって引き金を引くのは自分自身、自分自身が侵した罪まで従軍の身だから仕方なかった。では、余りにも無責任というものだ。


 無論、作戦の指揮を執った大将首が一番の重責を負うのは致し方ないにしろ、だが。


 私の中で葛藤が芽生える…此処で、過去の戦争を体験していない私が彼の生命に終止符を打って良いものかどうかを。


《……やれ》


 !?


 術を使った気配等感じなかったが私の心に直接思念を送り込む気高き竜神は言葉を続ける。


《…どの道奴等ではトドメ迄は刺せん、甘い奴等ばかりだからな。…我は、貴様に討たれたい》


 どうして…?


《……あの日、貴様とエリスが初めて出逢った日だ…あのか弱き姿で泣く事しか出来なかった身体の中に貴様という魂を感じた時に我は歓喜した…我の中で燻っていた答えを死して漸く見付けられたのだからな》



 …私が、転生者と知っていた、と?


《知らないでか、この世界にも貴様が転生者と呼ぶ存在は過去にも何人か存在していた…認識改変、記憶改変、歴史改変、純粋な膂力を強化された者、模倣能力者、時には神すら恐れぬ全知全能を謳う者…等しく皆、我が喰らってやったがな?》


 ……そんな貴方が何故、私に討たれたいと…?



《…ふ、汝が他の転生者と異なり余りにも何も持たずにいたからよ。途中で与えられた力は有れど、そのどれをも真の意味で活用する事無く、各々が持つ副次的な使い方しかして来なかった貴様にならば討たれても良い…己が脚で立って歩き続けた貴様になら、な。


───竜神である我が認めてやろう、汝こそが我が相対した中で最も強い異邦人(ストレイジャー)だ》


 それは祝福にも似た何かか、私の脳裏には三行の文字の羅列が浮かぶ



 諸行無常を習得しました。

 色即是空を習得しました。

 空即是色を習得しました。



《我を負かした褒美だ、我と同じ力を以て貴様が何をするのか…高みより見物…勝ち逃げなんて許すとでも?…ほう?勝ち逃げとな》


 気が付けば思念波に思念波で返す、何故なら……あぁ、私はこの竜を殺したくないのだろう。


《えぇ、何故なら私は未だ全力の貴方と戦えてすらいない。…貴方には義理は無くとも私を最後に戦う相手として選んだ義務がある。……死ぬな、アジ・ダハーカ》



《ククク…この邪竜神に死ぬな、か。今まで憎悪や絶望の目で見てきた者は居たが…矢張り貴様は変わっておる───だが、我が消えねばエリスは助からんぞ?》



 そう、私が射らねばエリスは助からない。


(これの事だったのか、親しき者と世界を天秤にかけるとは…)


 世界とは即ち今までの日常の事なのだろう、父上が居て、母上が居て、リリス姉さんが居て、たまにテラさんが帰ってきて、…食いしん坊で甘えん坊で、何処か放っておけないエリスが居る…それが私にとっての世界だ。


 そして、エリスの中には彼も居た、それはもう親しき者…家族だと言っても過言では無い。



(私は、また…諦めるしかないのか…?あの時の様に…!)




 いやだッ!認めたくない!!




 何の為に鍛錬を重ね続けてきたのか!!




 何の為に強くなろうとしたのか!!



「そんなもんッ!認められる訳ないだろうがァッッ!!」



 気付けば叫んでいた。

 突如、私の奥底から生命の鼓動を思わせる胎動を伴い純白弓と矢が現れ番えていた矢を依代として宿ると本能的にその矢を放っていた。



「!?ユウキ…その弓矢を何処で手に入れた!?」



 父上の驚愕の声に答える余裕等今の私には無かった、あるのは何とかしてエリスも目の前の竜神も救おうとする私自身の激情と我儘。




「……全く…貴様は我の予想を覆す天才よな…」



 一筋の光が空を切り、アジ・ダハーカの身体を丸ごと包み込む空間を形成した亜空間へと吸い込まれる様に入ると矢は“文字通り光速で”四方八方から飛び交う。光の軌道は瞬く間に空間内を覆い50メートルはある巨躯を灰へと変え消失させるが、その身に宿った魂は正しき流転を迎える為に我が家へ…気配からしてエリスの魂と再び一つに重なり合ったのだろう。


 そして、私が射抜いたものは彼に纏わり付いていた死霊の王であるリィンの魂であった。



「ッ!き、貴様如きに…「…その如きに、貴方は敗けたと知れ」ッ…私は死ぬのか……いや、違う…これは…転生?!」


 自らの敗北を認められないとばかりに喚くリィンにとっては死ぬ事すら生温い罰を与えるべく、既に形成した魔法を分解し術式を維持する為に回していた魔力の全てを手元に戻ってきた矢と弓を1m弱の太刀の姿にすると彼の魂の浄化の為に注ぎ込む


「…貴方にはその力を正しく遣う為に転生して貰います、…今度は良い人に生まれ変わって下さい」



「や、やめろ……あぁ、…力が……知識が…感情が……陽だまりに浄化されて……っ……」



 これが、数々の生命を弄んできたリィンに対する罰だ。太刀の力を借り彼の邪悪な魂を他者の介入を許さない程に浄化すれば彼が永い時の中で培ってきた記憶も知識も強力な封印を掛けて転生の輪の中に彼の魂を放り込む。



「…生太刀と生弓矢。生命を司る神刀と弓矢にして魂の流転を完全に断つ事も出来る刃、殺す為に用いるのでは無く活かす為に造られた神創りの宝具……まさか実物を見れるとは思わなかった、良く頑張ったな…?」



 傷も理由の一つではあるがありったけの魔力を込めた一撃であった為ふらふらと覚束無い足取りで倒れ込む私を父上とリリス姉さんは受け止めてくれる。



「本当に…お疲れ様…エリスを助けてくれてありがとう……ユーくん…!」


 リリス姉さんは泣いているのだろうか…ぼやけた視界では確認は出来ないが泣きながら笑っているようにも見えた。



 こうして、私にとっても家族にとっても、とても長くて濃い一日は幕を閉じるのであった。

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