第12話〜涙の訳〜
「め、面目ない…」
「我等初めて契約を交わしたもので…」
帽子を団扇代わりにして仰いで介抱していた双子が漸く起き上がる…正直に言うと母上とリリス姉さん以上のボディラインに異性を感じていたが何とか耐え切れた自分自身を褒めてやりたくもある。
まぁ、身体は7歳児、精通もしなければ〇〇もしないが。……やめよう、なんか虚しくなってきた。
「大丈夫ですよ、バディであれば支え合うのは当然でしょう?」
「「バディ…?」」
つい、前世の癖で口を吐いた言葉にルトさんとルカさんは首を各々左右に傾げる、髪が揺れると同時に乳房も揺れる為目のやり場に困りながらも咳払いを一つ。
「バディとは仲間や相棒という意味です、主にスポーツや軍隊用語にも使われますね」
なるほど、と一応は納得してくれた双子だが…今後はリリス姉さんに教育を手伝って貰うとしよう。
「はいはーい、イチャついてないで地下行くよ〜?」
別にイチャついてはいないのだが…私が二人の看病をしている間にリリス姉さんは昔取った杵柄か慰霊碑から少し離れた地面の微妙な変化に気付きそこから地下へと続く階段を見つけ出していた。
尤も、途中迄はルトさんとルカさんのお陰で大体の目星も着いていた、というのも大きいので優しく頭を撫でる。
「ふふ……」
「なでなで気持ちいいであります…」
「ユーちゃんって将来絶対天然タラシになるよねぇ…これはエリスは大変だぁ〜…」
いや、元は犬の魔物ですよ?リリス姉さん…だからそんな引いた視線送らないで!?わ、私は変では無い筈。うん、
……うん、多分…。
というか、エリスが大変とはこれ如何に。
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過去の大戦が遺した大きな爪痕、終末の地…そこには嘗て終焉を齎す竜神の骸が怪しげな機器に繋がれていた。
「ククク…もう直ぐだ、もう直ぐ我が君は復活成される」
その傍らで闇よりも昏い、双つの眼孔を朽ち果てた筈の主(アジ・ダハーカ)を見上げる血の色を連想するローブに身を包んだアンデッド。
「忌々しい勇者共め、奇襲を掛けて我が君の首級を……口惜しや…ッ…、貴方様の参謀であった私めが、必ずや奴等の首を御前(ごぜん)に…そして、その時こそ…!」
彼の者は嘗て最強の座を欲しいままにし、そしてその最強の自負すら完膚無きまでに終焉竜により捩じ伏せられる事で、その強さに心酔した魔竜軍の参謀である不死者王(ノーライフキング)
不死者を操り、生と死すら超越し、高度な魔法を使い熟す最強の不死者である。
「リィンさま報告しマす、侵入者ハっけン、侵入者はッ見、排除排除排除はははぁはあははあははははッ!」
「…ほう、奴は確か…ふん、態々招く時間が省けたというもの…良いだろう、此処まで連れて来い。他の侵入者は不死者殺しても構わん」
一体の血の気のない血塗れのメイドの報告を受けるとダンジョン内の全てのエリアを映し出す大鏡で侵入者である紅い髪の女性が先陣を切る集団を見れば片手を翻す
彼の周りには既に死臭を放つ数多の聖獣の成れの果てが積み重なり、その中には未だ自我は残っていながらも必死に己を保とうとしている3頭のユニコーンの姿があった。
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「よいしょっと!」
「はッ!」
地下へと続く階段を降り、暫く歩くと奥の通路から腐乱した肉体をズルズルと引き摺る音を立てアンデッド系の魔物がわらわらと現れ始めた。
リリス姉さんは魔力を込めた拳圧を以て塵と変え、私は無数の斬撃をほぼ同時に繰り出す魔心流 拾弐ノ秘剣・猪震(いしん)を以てアンデッドの身体を細切れにする。……無論、時間が経てば再生するアンデッドの身体を考慮した上で加減をしながらだが。
「姉者!」
「うむ!」
ルカさんとルトさんも果敢に立ち向かい黒炎や黒雷をアンデッド達に向け放ち、腐敗した肉が焼き焦げる鼻につく匂いを辺りに漂わせて焼き尽くすとアンデッドは灰になる。
(なるほど、魔力による物理的な力に頼らない力の方が確かに有効か………然し何故…)
「侵入者排除排除排除はははぁあははははっ!」
思考を巡らせている間に奥から無数の刃をただ力任せに振り回しながら味方である筈のアンデッドを斬り刻み此方に向かってくるメイド服に身を包んだ血塗れの女性が突っ込んでくる。
単純な力比べなら負ける要素の無い相手、一刀の元に叩き斬るだけだが、リリスさんも、私も、寧ろこの場に味方として存在するルトさんとルカさんが一番彼女の心の声をはっきりと聞いている。
「…ユウキ殿…我等にはこの者は討てませぬ…っ…」
「…今から伝える言葉はこの者の秘めたる言葉、秘めたる想いです…」
二人の唇が紡ぐのは、私にとって刃を振るう手を止めるには充分すぎる程の致命的な情報であった…彼女は狂気に満ちた言葉を紡ぎながらもこう言っていたのだ…。
ころして…楽にしてほしい…、と…。
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まだ魔竜軍が誰にも脅かされる事が無かった時代、帝国が魔族と竜族で二分割する前に存在した二つの小国にはそれは美しい姫と凛々しい王子が存在した。
姫と王子は互いに許嫁という関係であったがそれ以上に二人は愛し合っていた。
が、嘗て不死者王として君臨していた悪しき賢者に見初められた姫は彼の術に掛かり先ず父である王と妻である妃を殺害し、彼女の誕生日を祝う為に遥々脚を運んでいた王子すらその手に掛け、三人の血を吸ったナイフで自分自身で喉を掻き斬って自決した────筈だった。
だが、アンデッドを支配下に置く闇魔法を得意とする優れた死霊術師でもある賢者に魂は生命活動を停止した身体に無理矢理縛られ永い間浄土に行けず、流転の輪からも外れた姫は半ば気が触れたまま……不死者王として君臨する様になったリィンのあやつり人形になった経緯を、死者の門の番犬であるケルベロスと血を同じとするオクトロス種であるルトとルカは本能的に読み取っていたのだ。
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「……っ」
猛攻を往なしながら涙ながらに目の前のアンデッドの事情、秘められた想いを残留思念として読み取り語るルトさんとルカさんの言葉を聞き私の戦意は半ば喪失し掛けていた。
(出来ない…私にこの人を斬るなんて…)
目の前の女性はただ、人生を狂わされた被害者でしかない…そんな相手に刃を向ける事なんて出来ない…!
リリス姉さんは私のそんな迷いに気付いたのか、それとも元々理解しているのか…それは定かでは無いが振るわれた刃を打ち払い、更に迎撃の為に振るわれる拳は回数を重ねる度に確りと、祈りを込める様に拳は身体に減り込み血塗れの女性の身体を凍らせていく。
「リリス姉さん!やめて…やめ「ユーくん、…迷っちゃダメ。可哀想だと思うなら苦しみを長続きさせるよりも確り葬らないとあの人達…ずっと彷徨うよ」…ッ…!」
「……っ…わかり、ました…」
嘘だ、納得なんてしていない癖に…手に持つ刃が震える。
身体が震えている、…自分自身に対する怒りで、何よりも私欲の為に何の罪もない女性をこの様な目に合わせたリィンと呼ばれた存在を赦せないと叫ぶ魂によって。
(情けない…何が護りたいだ……何が…っ!)
「……」
「ぁ……り…が…と……ぅ…」
気付けば、凍り付いていくアンデッドの身体の上に涙を流していた。
自分自身に負担を強いる覚悟はしていた、その為に鍛えた力で何かを救う為に。
それでも、斬る事で救われる魂や心が存在するという現実に納得していない自分自身が居るのだ、今この場に。
「……ごめんなさい…っ、助けられなくて…ごめんなさい…っ…」
そんな情けない私に、呪われた身体という檻から解放された彼等は礼を言う、表情こそ伺えないがその声はとても穏やかなもの…此方に対する怒りの念は無く、あるのは一時的にでも肉体を苛む苦痛から解放された感謝の念だろうか…。
(悔しい…っ、私は何の為に…ッ…)
私は、手に持つ刀に魔力を込めてアンデッドの核である身体に定着された魂を斬り伏せた。
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「よしよし…」
アンデッドの群れを退け、初めて誰かの生命を奪ったユーくんに私はそっと寄り添う。
話し方や立ち振る舞いが年齢以上に大人びているから忘れてしまうが、この子は未だ7歳の少年だ。如何に超人めいた戦闘力があったとしてもそれ以前に、この子自身は誰かを護る為に強さを欲する心優しい少年なんだ。
(まずったなぁ…置いてくべきだったかな…)
正直に言うと、私自身も予期せぬタイミングでお兄が最後を迎えた土地に来るとは思わなかった為、気が動転していたのもある。…昔の私が今の私を見れば情けない、と笑うだろうか。
「…大丈夫です、リリス姉さん…先を急ぎましょう。エリスが待ってますしね…?」
泣いたのはほんの数分、いや、もしかしたらもっと短いかもしれない。それでもユーくんは気丈に振る舞う…この子のもう一人の母親兼自称お姉さんとしては心配だけど、血に塗れ、闇に生きた者として助言をする事にしよう。
「あのね、ユーくん?可哀想って思うのは別に悪い事ではないよ〜?
───でも、それで判断を見誤るようならそれは独り善がりに過ぎないの。時にはその優しさを内包した厳しさを持たなきゃダメ」
……じゃないと、この子は志半ばに死ぬ事になるから。…優しい人程私は早くに死んで行ったのを見続けてきたし、何よりこの子の場合二重の意味で死ぬ事になるのが手に取る様に解るから。
「…優しさを包む…厳しさ…はい、解りました…」
無理をして笑う作り笑いではなく、何かを学ぶ様に口にしながら頷くユーくんに私は少しだけ安心する。
その器は未だ成長途上、それでも…何時かは私を超えて、ソフィア姉も超えて…そしてレオさんすら超えるだけの何かを感じさせるこの子なら、アジ・ダハーカの魂の一部を宿して生まれたエリスを救ってくれると信用も、信頼も出来るから。
「おっけー、それじゃあ行こっか!わんこちゃん達ひとっ走りお願い出来る?」
「「御意、一気に賊の喉元に喰らい付いて首級を挙げてみせましょうぞ!」」
二人で一体のオルトロスに跨りユーくんの手を引っ張り跨らせる。
────私のもう一人の子供を泣かせ、こんな巫山戯た真似をした敵の息の根を完全に止める為に。
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