第11話〜終焉の地〜

 話は10年以上前の人魔竜大戦終戦前日迄に遡る。

 当時、戦況は8人の勇敢な若者達によって人族と彼等に加担したエルフ族、人魚族、ホビットやドワーフ族、そして本来であれば下界の種族間の争いには介入しない筈の一部の天族という、平時は争いや戦争等とは縁遠い印象を持たれる種族の垣根を越えた連合軍が優性であった。

 魔族領を統べる七名の魔王とその七人を統べる大魔王。そして魔竜軍の頭目である終焉を齎す最強にして最凶の破壊龍アジ・ダハーカは三つ巴の争いを繰り広げていたから、というのもあり三軍とも疲弊していた。


 だが、竜にとっては一度の敗北は生命を絶たれない限りは敗北とは成らぬ為に一部の幹部クラスの竜は人が吸い込めば内側から身体をグズグズに溶かす程の瘴気を以て転生、或いは数十年単位の眠りに付く者達も現れ始めた。

 それはそれで、彼等の頭目であるアジ・ダハーカも黙認はしていた。竜にとっては人間の様にわらわらと徒党を組むなど有り得ない事、あるのは力や個の強さによる支配関係。…恐れ引くならばそれも良いだろう、と、彼の暴虐龍は座して明日決着が付く大戦に目を向けていた。



 ───そう、彼のみは、だが。


「……何用だ」


「━━━━━」


「…くだらん、我、不死身也。汝に誇りはありや?」


「━━━━━ッ!」


「ぐ…ッ!」



 玉座に座していた漆黒の竜神に対し突如として現れた光に包まれた存在、その存在が持つ独特な形状をした剣が竜神の3つある首の一つを容易く跳ね飛ばすと魂の3分の1が損なわれる形で最強且つ最凶の竜は理性を喪った暴竜として朝焼けの空へ破壊の光を降り注がらせた。



----------------



「ち…っ、アジ・ダハーカめ…見境無く暴れていやがるな…!ファラ嬢ちゃんとリリスが心配だが…こうも数が多いとな…!」


「…それに乗じて魔王軍も大きく迂回して後方から、前方からは生き残りの魔竜軍一個師団が来ている…どうするアレクシア?」



 早朝に後方にて支援をしていた部隊が魔王軍の襲撃に曝されているとの報を受け拳王ロン、剣王レオニダス、賢王ソフィア、勇者アレクシアの4名がソフィアの転移魔法を以て後方支援部隊の救援、並びに先遣隊である魔王軍の撃退をしていたが此処で鍛治職人でもあり卓越した装具遣いであるテラから通信魔法が入る。


《やれやれ…兄さん方、魔竜軍の奴等は取り敢えず俺に任せてくれや。雑魚共には絶対兄さん方を追わせやしねぇよ》


 声と共に伝わってくるのは彼の周りに居る人間やテラ自身が見ている風景、彼は既に全身を鎧で包み、更に彼の背後には過去の人魔竜大戦以前の古い遺跡から出土したアーティファクト、一度血をコアに垂らす事で絶対不可侵である血の契約を交わし己が傀儡でもある装魔が3万体立ち並んでいる。

 その光景はまさに圧巻、彼自身に音魔法は下級魔法程度しか使えない為近くに次期教皇イレーナも居るのだろう


 然し、相手は並の騎士では相手にもならない竜2万体、しかも一体一体が卓越した剣技と常人離れした強さを持つ事で漸く成れる上級騎士3人掛りでやっと倒せる程という化け物揃い。

 そんな驚異を前に、テラの心はとても穏やかである事を通信を受けた4人は感じ取っていた。


《ッ…》


 息を呑むソフィア、彼女程の魔法士がテラの助力に入ればこの場は乗り切れるだろう。

 然し、それは今も尚暴れ狂うアジ・ダハーカを倒す決定打を一つ喪うという事。

 更に言えば此処でアジ・ダハーカを仕留めねば多くの犠牲者が出るという事はこの場の誰よりも理解していた。


《……任せて良いんだな?》


 自身の弟分であり長い間苦楽を共にしたレオニダスはたった一言問う。

 剣の手解きをしてもテラ自身に剣の才能は差程無かった、それでも最後まで食らいついたのもまた、テラであった。

 ならば、兄貴分としては信頼するだけだ、そう言わんばかりにたった一言だけ、そこに万感の思いを込めて問う。



《おう、俺は“絶対に負けない”からよ…!》


 絶対に負けない、それはどういう想いからか…そこに自身の生死を勘定に入れているとは思えないが信頼に応えんとする声には覇気が篭っている。


《…死ぬなよ、俺の妹を泣かせたら死ぬくらいぶん殴るからなッ!》


《はは、そりゃこぇーや…おう!》


 最後に聞こえたのは5メートル級の竜が放つ火炎弾が炸裂した音が聞こえ通信は切れた。


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「…さて、そんなら俺もいっちょ張り切るかねぇ…!」


「!だ、ダメだロン!君まで「甘ったれた事言ってんじゃねぇッ!」!…」


 右腕を回し全身に暴れ狂う龍の如き魔力を漲らせるロン、それを制止ししようとするアレクシアに対し声を荒らげるもその腕は優しく勇者や王女ではない…ただ愛し合っている者を抱き締める男の姿があった。


「お前の為に生命を掛けてる奴等の為に戦うんだろ…?今を生きてるガキ共に未来を見せたいんだろ?…だったら、ちゃんと終わらせて来い。


───安心しろよ、お前の分まで魔王軍を全員ぶん殴ってきてやる!んで、…帰ったら腹ん中のガキの名前でも考えようや」



「……ぅん…絶対、帰ってきてくれ…私は君を待ち続けるから」


「…へへ、そんな模様誰にも見せられねーしな?お前こそ生きて帰ってこい」


 迫り来る魔王軍、幾ら救助してもその殿を務めきれる強者が居なければ意味が無い。

 その殿を単身務めようとするのは最愛の女性が護ろうとしたものを護る為か、はたまたその女性か。


 拳王ロンの一族に伝わる紋様術、腹の子を護る他催眠や因果の逆転といった賎しい力を払い除けるそれに魔力を込めるロンとそれを受け入れるアレクシア。






 ───それが、最後の触れ合いになる事を覚悟していたかの様に。



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 瘴気により長年草木も生える事はなく不毛な土地と化した終焉の地。

 そこには一つ一つの墓ではなく慰霊碑に犠牲者の名が纏めて掘られていた。


「やだなぁ…まさか此処に来ちゃうなんて思わなかったよ〜…」


 口調こそ何時も通りだがリリスさんは悲しげに呟く、無理も無いか…お兄さんがこの地に眠っているのかもしれないのだから。


 歴史として大きな爪痕を遺した正体不明の大爆発、辛うじてテラさんは空を黒く埋め尽くしていた半数以上の魔竜軍の亡骸に滑り込んだ上で残存していた装魔を盾に束ね九死に一生を得たらしいが…リリス姉さんのお兄さんでありエリスの叔父さんである拳王ロンは生死不明。


 当時、伝令役であり現在は大魔王として君臨しているファラ皇帝陛下の援護をしていたリリス姉さんは、元大魔王の元にファラ皇帝陛下を送り出す為に大罪と呼ばれる七人の魔王相手に時間稼ぎをしていた様だ、無論魔族領の中枢迄潜り込んだ上で。


「…よし、湿っぽいのは今はあとあと!早く不審者をとっ捕まえようか〜」


「……はい、でもエリスが元気になったら皆でお墓参りをしましょう?僕もロンさんの事が知りたいですし」


 小さくありがと、と呟く声を聞きながら微笑み浮かべると人工物は慰霊碑しか存在しない不毛な大地を見渡すと慰霊碑からそこまで遠くない場所にルトさんとルカさんが立ち止まり地面を見つめていた。


「主殿!この下に賊の匂いを感じまするっ」


「恐らく地下に続く道が続いておりまする、主殿!」


 主殿主殿と人化して豊満な乳房を揺らす銀髪美少女に懐かれるが…私は主殿と呼ばれる程立派では無い為首を振る。


「私は主殿と呼ばれる程大成はしていませんよ?」


 一瞬ぽかんと、口を開けている様子も可愛いが一瞬で肉薄してくる双子にびくっとするも肩をゆさゆさと揺さぶられる。



「「主殿!我等の事は遊びだったのですかっ!?」」



 うおぉぉい…っ!?



「ま、待って下さい!せめて誤解を招く様な事は言わないでっ?!」


 やいのやいのと騒いでいる私達にリリス姉さんはあははははと、盛大に笑いだした、一体何をしたと言うのか…!?


「いやぁ、ごめんごめん!そっかぁ…ユーくんってそう言えば動物や精霊とかと話すのは兎も角、魔物と会話するのは初めてだっけ?…ルトちゃんやルカちゃんみたいな人とコミュニケーションが取れて人語を理解出来る魔物にとっては名前を付けるという事は人間で言うと素敵な関係を築きましょ?って意味なんだよ〜、随分と思い切った事をしたなぁ、とは思ったけど知らなかったんだね?」



 マジですか…!?


 いや、私が基本的に過去に存在したありとあらゆる魔法や武術の稽古に勤しんでいたから忘れていた可能性も多分にあるが、まさかそんな意味があるとは…。

 捨てられそうな子犬の様な目で見つめてくる二人に根負けしてしまった…まぁ、知らなかったとはいえ契約を結んだのは仕方が無い。


「…解りました、ですが矢張り主殿はやめて下さい。…僕に貴女方の力を貸して下さい、上下関係ではなく対等な存在として。

僕に害なす者在らば状況を打破する手助けをしてください、…その代わり、貴女方に敵在らば僕が貴女方を護ります」


 後ろでひゅ〜…等と口笛を吹かれるも気にせずに最後まで言い切ればルトさんとルカさんは意味を介したのか豊かに実る乳房を揺らし膝を付き深々と頭を下げる。


「はっ、これより我等二名は貴方様の剣として貴方様の前に立ちはだかる敵を誅する刃として…」


「貴方様に降り掛かる火の粉を防ぐ盾として…」


「「一生涯、貴方様の狗である事をこの魂に誓います」」


 ……うん、全然理解してくれなかった。寧ろ悪化してる!

 然もリリス姉さんは更に笑い転げる始末だ…どうしてこうなった…。



「あー笑った笑った〜…ん、ユーくん、指出して?」


 双子の忠誠心に途方に暮れている間にリリス姉さんがサバイバル用のナイフを鞘から抜くと私の左手を手に取りちくっと刺した。


「いた…っ」


「男の子なら我慢我慢〜」


 垂れ流れる血液を泉の水を掬い取る為の容器で素早く採取したリリス姉さんは双子の前にそれを差し出すと双子は各々一舐めする…途端、艶っぽい声と恍惚の表情を浮かべ私に撓垂れ掛かる。


「ちょ、リリス姉さん何したんですか?!」


「んー?こっから先どんな罠があるか分からないから血の盟約でユーちゃんのスキルの一部をこの子達にも使える様にしたの〜、でも、この感じだとユーちゃんの魔力が濃すぎて酔っ払っちゃったみたいだね?」


 なるほど、敵陣地に奇襲を掛けるなら当然罠への警戒は必須、やれる事は全てした上で挑むのは戦場では基本中の基本だ。それは理には叶っている。


 でも、態々入口でする事はなくね?と、前世の私なら言っていただろう。


 結局、それから10分程休憩を挟む形で私は新しく出来た二人の家族の看病をするのであった。

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