第10話〜オルトロス姉妹との出逢い〜

 城下町での出来事から2日後、私はリリスさんに同行する形で一緒に屋敷に隣接した湖の手前に入口がある森へと脚を踏み入れていた。

 あの後容態が悪くなったらしく癒しの力を持つユニコーンの角を探す為にだ。


「……ごめんなさい、エリスが倒れたのは私の…」


「何言ってんの?ユーくんは溺れそうになってたあの子を助けてくれたんでしょ?寧ろ感謝しなきゃ〜」


 リリスさんは私に気を遣わせまいと何時も通りの笑みを浮かべるが矢張り気が気では無いのだろう、足取りは速く視線の先は忙しく辺りを見渡す。


「確かこの辺りの小さな泉で見掛けるんだけどなぁ…」


(…ユニコーンか、前世の世界ではその逸話から過去にイッカクが乱獲されていたらしいな)


 イッカクからしたらたまったものではない、一度折れた角…基(もとい)神経の通った牙は二度と生えてこないらしい、…食べる為に狩るならば野生動物もしているし、その野生動物の中でも獲物を嬲ったり虐めたりという行動に及ぶ個体は存在するが何時の時代も欲に取り憑かれた人間程恐ろしく、そして罪深い生き物も居ないだろう。



「うぅん……困ったなぁ…レオさんとソフィア姐さんは魔法士協会に行ってて直ぐには帰って来ないし、私は二人程回復魔法は得意じゃないし…」


 焦りからか口調こそ何時もの間延びした様子だが内で逆巻く魔力は畝りを上げている。


(しかし、妙だな…)


 静か過ぎるのだ、何時もは聞こえる鳥の囀りすら聞こえないのは異様だ…私に父上程の熟練した気や魔力を感知する技量があれば…。


 ……ィ…ーン…



(ん…?)


 キュイィン…ッ…


「見つけた〜」


 間延びした声だが単純な走力のみで足場が不安定な森を一陣の風の如く駆けるリリス姉さんだが、私は何故か違和感を覚える


「っ!?リリス姉さん待って!」


「わ…っ!」


 背中を駆け抜ける悪寒に私は空歩を以てリリス姉さんの背中に飛び掛ると地面に倒れ込む事で突如裂けた空間の中から明らかな攻撃の意思を持った黒色の炎を辛うじて躱す。


「……躱したか…」

「ちゃんと狙わんからそうなるのだ、妹よ…我が手本を見せてくれよう!」


 双つに分かたれた犬の頭に巨大な体躯、鋭い眼光を私達に向ける犬型の魔物が何かを呟くと今度は複数の黒炎と黒雷を打ち出すが


「「邪魔ッ!」」


「「ぎゃんっ!」」


 炎や雷よりも速く動くリリス姉さんの踵落としにより右の頭は地面に減り込み、私は黒雷を最小限の動きで躱し肉薄すると左の頭の右顎下を狙い鞘に収めた刀を打ち据える。

 ひとたまりもなかったらしく頭部を中心に胴体は錐揉み回転を起こし頭部が減り込んだ地面は更に抉れその様は泥遊びをしている犬のようだ。……まぁ、犬だけど。


「「に、人間如きにこの我等が…このオルトロスが…!」」


「母は強しだよ〜」


「暫く休んでいた方が良いですよ、右側の頭は兎も角、左は脳震盪を狙いましたから」


 ふらふらと覚束無い足取りながら立ち上がる犬…オルトロスは二つの頭からなる四つの眼をカッと見開くとユニコーンを庇う様に前に出る



「黙れ人間共ッ!最後の生き残りである彼の者を害するというのであれば我の屍を踏み越えて行くが良いッ!!」

「どうせ貴様達もユニコーンの角目的であろう!この恥知らずめがっ!」



 矢張りそうか…


「ごめんね〜…私も可愛い娘が待っているの、邪魔をするなら…、────殺すよ?」


「待ってください、リリス姉さん」


 焦れったい、とばかりに殺意を形にしたような闘気を纏い始めるリリス姉さんに待ったを掛けれるのは今は私だけ、振り降ろされそうになった拳を風の初級魔法である空気の壁を以て和らげるとリリス姉さんはぶーっとばかりに頬を膨らませ、やられると死期を悟ったのか目をぎゅっと瞑る二頭(?)の犬は目の前の光景に呆然とする。



「むー、どしたの?何か気になる事でもあったぁ?」


「はい、どうやらこの犬…「犬ではない!オルトロスだ!」…失礼、オルトロスさん達の言い分も訊かねばならない事情があるようです…教えて下さい、一体この森で何があったのですか?此処は我が父レオニダスが所有し母ソフィアが管理する土地です、貴女方の口振りだと何体かのユニコーンが存在したが今は何らかの原因で居ない、と捉える事が可能なのですが」


 本来であれば魔物や聖獣にとっては土地の所有権等人間やその他の種族が勝手に主張したものではあるが、父上と母上の財産の一つであるこの森に無断で何某かの存在が介入したのであるならばそれは立派な犯罪である。

 犬呼ばわりは嫌いなのか右側の頭が即座に訂正した事に内心苦笑しながらも私が言い分を汲み取る姿勢が通じているのか左側の頭は暫く沈黙した後に語り出す。


「……ご明察の通り、この場所には両親とこの子、そしてこの子の姉がひっそりと暮らしておりました。…然し、ある日やってきた外套で全身を覆った妖しげな魔法士がこの子以外を残しその家族は攫われてしまった」


「…姉者と我は元は魔族領のとある軍施設で訓練を受けておりましたが争いを厭い脱走し…気が付けばこの地にまで逃げ込んでいた次第、喰うに困り水も飲まず、放浪の末に辿り着いたこの場所で死を待つのみだった我等姉妹を救ってくれたのがこの子を含めた家族だというのに…!」


 悔しげに歯噛みし、涙を流すオルトロスさん達を見てリリス姉さんも逸る気持ちを鎮めたのか殺気を収める


「…ふぅん、人様の敷地に入ったのは君達だけじゃないんだね?だったら、私としても放ってはおけないかなぁ〜…不審者は取り締まるのが私の前職の一部業務内容でもあるし、今はダーリンがエリスを見てくれてるしぱっと行ってぱっと帰れば良いしね、運が良ければユニコーンの角が手に入るかもだし〜何だ、一石三鳥じゃん♡」



「……ですね、何よりその方が態々この地で密猟をしていたのも気になる。余程強さに自身があったとしても父上や母上の名を知らぬ訳では無いとは思いますし、となると真意が気になるというもの」


 本当は構わず目の前で寂しげに嘶いているユニコーンから角を奪うのが効率的且つ迅速、何より確実ではある。

 然し、そんな事をしてエリスが喜ぶとは私には思えないし、何よりエリスの母親であるリリス姉さんが一番エリスの事を理解している…勿論、一石三鳥というのは本心だろうがそれ以上に家族を奪われる痛みというのは私の家族の中ではリリス姉さんが一番良く理解している。


 何故なら、リリス姉さんのお兄さんである拳王・ロンさんは過去の大戦時に国一つ地図から消す程の大爆発から自分以外の仲間を護る為に…。



「「っ…御助力願えるというのか…なれば我等が賊の匂いは覚えておりまする故、早速…!」」


「ちょいまち、わんこちゃんたち」


 私が過去の偉人に思いを馳せている間に背中を向け早く乗れとばかりに蛇の尾と蛇の髭を揺らすオルトロスさん達にリリス姉さんがストップを掛ける、私も直ぐに出立した方が良いとは思ったがリリス姉さんが何を言いたいのかを察すると近くに落ちていた木の葉や枝を何色かの花を掻き集め始める。


「出発する前に幾つか質問があるんだけど、多分わんこちゃん達の姿は向こうには気付かれてるからぁ…人化の術って出来る〜?」


「な、なるほど…人化の術ならば我等最近習得したばかり故匂い迄は誤魔化せるか自信はありませぬが…」


「あ、それは大丈夫〜、お姉さん匂い消し用の薬草持ってるからぁ、わんこちゃん達は密猟者の気配が強くなったら人化だけして?準備良い、ユーちゃん?」


 私は木の枝で簡易ではあるが複数の術式を書き終えその術式の中心に掻き集めた枝や葉、何色かの花を置くとイメージする、創魔法というのは他の魔法以上に想像する力とそれを術を発動させる迄、明確な形として留める事が重要視されているからだ。


「「おぉ…これは…」」


「わっ、可愛い〜♡私も今度ユーちゃんに服作って貰お〜♡」


 作り上げたのはこの世界でも城下町等で見掛ける首から下を覆い隠せる程丈の長いワンピース、色合いは落ち着いたミントグリーンを基調としている。そして恐らく人化したとしても目立つだろう頭を覆い隠す為に木製の帽子を用意した、イメージは麦わら帽子をイメージしたが素材が藁ではなくその辺に転がっていた枝なので完全には再現は出来ていないが、これはこれで趣がある。


 最後に靴は薄紅色の木靴、ワンポイントに材料になったマラコイデスの花をあしらったものを彫り込む。


「一応裾を伸ばす事も出来るので取り敢えず人化を…っ!?」


 服をイメージする事で集中していた為に今更ながら気付いたが、彼女等は今は巨大な犬型の魔物だが人化した場合どうなるのだろうか。

 シャム双生児の様に頭部は個別に存在する個体?それとも人化すれば別々の存在するのだろうか?


 否、それ以前に重要な事を私は見落としていた。


「忝ない、これでは戦闘になった時不便なのだが…」


「乳房の方が少し窮屈なのだが…調整は可能だろうか?魔法士殿」


 彼女達、オルトロスは基本的にせっかちな魔物だ、その走力はフォーミュラカーすら超えると言う程の速度で地を駆ける。先程殺し合いをしたくないから脱走した、という点でいえば同じ種族の中でも比較的温厚で気持ちの優しい個体なのだろう。


 ……裸体で私の頭に豊満過ぎる乳房を押し付け頬も赤らめない程に羞恥心の欠片も存在しない、という点を除けば、人間以上の人格者の類だとは思う。


「わぁお♡エリスに後で教えてあーげよっと」



 いや、マジで勘弁してください……リリス姉さん…。


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 結局、バスト、ウエスト、ヒップのスリーサイズを測り直して少し調整したがその際のにやにやと笑うリリス姉さんの顔に気を散らされて集中出来なかった。……多分定期的に弄られるだろう、本人の顔をじっと見つめていたら「きゃ♡お姉ちゃんのお胸も狙ってるの〜?」等と茶化してくる始末だ。


「それにしても、馬や馬車には乗った事はありますが随分と速いんですね、貴女方オルトロスという種の走力は」


「ははは、驚かれましたかな?我等は一日で三千里は優に超えて走りますのでスピードにもある程度の自信はありまする」


「無論途中で休む事は前提ではありますが、それでも一個師団に最低5体は配属されるのは三大国家の中でも帝国位でありましょうなぁ…」


 確かに、この巨躯でそれだけの距離を走るなら行軍には欠かせないだろう、ひょっとしたら鉄の塊でも加工して兜や鎧として装着させればそれだけで驚異的な戦果を打ち立てるかもしれない。


(いや、そうしたらそれはそれで戦い難いのか?)


 知識ばかりで未だ経験が不足している私や嗅覚を頼りに小一時間程走り抜けているオルトロスさん…基(もとい)ルトさんとルカさん(即席で私が付けたら何故か頬を赤らめていた、何か理不尽だ)を他所につい先程迄私を弄っていたリリス姉さんの表情は徐々に強張ていくのを見て取れた。



「……ここ、お兄が死んだ場所だ…」



 過去の歯車の一つが、今動き始めるのを感じた。

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