第9話〜予兆〜

 二人の父の誕生日を祝ってから暫くが経ったある夏の日、父上が所用で出掛ける為王国の城下町にあるエリスのお父上、テラさんの工房に顔を出す事となる。


「お?なんだユウ坊?珍しいじゃねーか?」


「こんにちは、テラおじさん。父上に連れてきて貰ったんです、エリス姉さんも居ますよ?」


「まじか!エリス〜っ、パパだよ〜っ!」


「……パパ、汗臭い…ぎゅー…や…」


「!?!?」



 けんもほろろとはこの事か、愛妻家であり子煩悩なテラおじさんが哀れではあるが工房は亡きお師匠の形見という事と、テラさん自身も世界的に有名な鍛冶師という事もあり中々屋敷には帰って来れないようだ。


(…そういえば、なんで離れて暮らしてるんだろう…?)


 離れて暮らす家族が居る事自体は、前世の世界でも一定数存在する為そこまで気にも止めていなかったがこれだけ子煩悩で愛妻家、然も食うに困る様子でも無いのならば、寧ろ離れて暮らしてる方が不自然だと今更ながらに気付く。


「……ん、少し見ない間に強くなったなぁ……そだ、良いもんやるよ」


 ふと、物思いに耽ている間にテラさんが私を見て工房の奥に向かったかと思うと果物ナイフ程度の小刀を私に差し出してきた。


「もうちょいで誕生日だしな、少し早いが誕生日プレゼントだ。教皇領の端っこの方にあるジパングって国に伝わる製法を真似て作ったが、産まれてきた赤ん坊の為に守り刀を作って渡す風習があるんだとよ、流石に7歳じゃ生まれたばかり、って言うには少し遅いが」


 飾り気の無い黒塗りの鞘にパンジーの花らしき彫り物…、確か花言葉は心の平和、だったか…?


「ありがとうございます、テラおじさん」


 差し出された小刀を両手でしっかりと受け取る。

(こうして武器を受け取るのはあの森で刀を受け取った時以来か……それ以前は前世で自衛隊に入って間もない頃…銃授与式以来だな)


 厳密にはあの白い刀がこの世界で初めて手にした武器ではあるが、あれは受け取ったというよりは受け取ろうとしたら私の心の奥深くに入り込んだ、というのが正しい。

 あれ以来何の反応も示さない刀を一時期不思議には思ったが気にしない方が良いのだろう、一々驚いていては疲れるというのを父上とリリスさんの4年にも亘る鍛錬の中で悟ってしまった。



 何より、武器を扱うのならば一定の怯えは必要だが、同時にそれに呑まれぬ覚悟と在り方といった強さも必要だ。

 武器の重みとは物理的なものだけではなく、心構えといった精神的なものも含まれるのだから。



「…へぇ」


 両手で受け取りまじまじと小刀を見ていた私に何か思う所があったのか、テラおじさんは普段の軽い印象を全く感じさせず何かを呟いた。


「…?どうかしましたか?テラおじさん」


「うんにゃ?ただ、ユウ坊にだったら、また何か打ってやっても良いかもなー、って考えてただけさ」


 私の何を気に入ったのか背中をバンバンと叩くテラおじさん…微妙に痛い。


「ありがとうございます…?…あれ、そういえばエリス姉さんは?」


「あー、なんかユウ坊が小刀を見つめてる間に買い物行くって工房出てったな……悪いけど探してきてくれっか?」


「はい、分かりました。多分買い物なら表通りだと思いますし探してきますね」


 表通りならそう離れてはいない、私はエリスが立ち寄りそうな店に幾つか心当たりを付け歩き出した。



----------------


「………ない…」


 母親譲りの紅い髪を腰まで伸ばし物憂げな表情を浮かべる少女、エリスは今表通りに並ぶ店をガラス越しに見ながらあるものを探していた。


「…ここにもない……」


 溜息を漏らすエリス、雑貨屋、花屋、文房具屋、ケーキ屋と、一見脈絡の無い店を見て回るもどれもイマイチ気に入らないとばかりに首を振る。


「……困った…」


 途方に暮れた様子で橋の上を歩いていると橋の下からクゥーン…と、寂しげな声で鳴く子犬の声を少女は耳にする。


「……いく…」


 誰に聞かせるでもなく、……否、もしかしたら“彼女にしか見えず、声も彼女にしか聞こえない”何某かに語り掛けるようにエリスは橋を渡り切って直ぐの階段を降りていった。


----------------


「おかしいな…」


 一体何処に行ったというのか、表通りは探し尽くしたがそれらしい少女は見掛けたが居ないという情報に思わず眉が寄ってしまう。


(誘拐…?否、あの赤髪は王国内でも珍しい…その様な事をすれば王国全体を敵に回す、下手をしたら一族郎党処刑されるだろう。……だが、万が一、という事も…)


 仮に誘拐だった場合、理由としては過去の怨恨絡みが一番に浮上する。

 テラさんもリリスさんも、嘗ては現女王にして勇者であるアレクシア女王の勇者パーティの一員として魔竜軍や魔王軍との激戦を潜り抜けてきた強者だ。

 だが、それは戦時中や勝者側ならば稀代の英雄として謳われるものだが戦って死んだ遺族や友人としては恨みの対象になり得る危ういもの。…考えれば考える程、最悪の自体を想定しながら橋の手前迄差し掛かると聞き慣れた声が聞こえる。


「……ーくーん…」


 エリス…?


「…ユーくーん…!」


 何処だ?…下……?!


「助けて…!」


 橋の上から見下ろすと足先から太腿迄を水で濡らし不安定な足場に必死で踏み止まりながら子犬を抱えているエリスが居た。


「おい!大変だぞっ、水門の開閉を担う魔石が壊れたとかでもうじき橋が…!に、逃げろみんな!!」


 慌てた様子で向かい側から走ってきた中年男性が水門のある方を見て避難誘導している、くそっ、道理で来た時よりも水嵩が急に上がっていると思ったら…!


「待っててエリス!今助ける!テイア!」


 人の目があるとか、被害が出るとかを考える余裕は然程も無かった。私は私自身を縛る最大200倍にも及ぶ重力の枷を解除し、橋から飛び降り水に呑まれる前に空気の壁を蹴る事で滑空を可能とする拾ノ秘剣・燕翔を用いエリスを抱えて翔ぶ。


 だが、それと同時に水門から一気に流れ出る激流に飲み込まれてしまうのであった。


----------------


 ここは…


 見覚えのある空間だった。


「…………」


 気付けば光と闇に包まれた存在が私をじっと見つめている。


「……君にとっての最初の試練がもうすぐ始まる」


 試練…?


「…終わりを告げし竜が目覚めし時、君は重大な選択を突き付けられるだろう…親しき者と世界を天秤に掛ける重大な選択を…」


 貴方は…何を…?


「だけど…私は君に___を…けた…」


 なに?なにを……待ってくれ…!


「……どうか…も…て…ほし……」



 光と闇に包まれた謎の存在は、私に何かを伝えようとするが声が遠退いて満足に聞き取れない…唯一読み取れたのは…






 どうか、護ってやって欲しい…その想いだけはこの空間を通して私に伝わってきた。


----------------


 …う……


 ん……っ…


 ユ…ぼう…!


 だ、れ…


「ユウ坊!しっかりしろユウ坊!」


 意識を取り戻すと私は見知らぬベッドの上で仰向けになりテラ叔父さんに介抱されていた。


「ばかやろう…心配掛けさせやがって…」


「…っ!エリスは!?ぁぐ…っ…」


 謝罪よりも先に口から出たのは私が助けようとした少女の事だが…背中に激痛が走り情けなくも呻き声を漏らす。


「安心しろ…エリスは大丈夫だ、ユウ坊が身体張って護ってくれたお陰でな?今は別の部屋で治療を受けてる…一応、ユウ坊の怪我も近くの木が激流に呑まれた時にぶつけたもんだから今日は安静にしとけ…すぐにレオ兄やソフィア姐さんが来るからよ」


 そうか…護れたなら良かった…目を瞑り安堵と傷の痛みを和らげる為に投与した薬か何かで私は再び微睡みの中に誘われるのであった。


----------------


 俺は今し方吐いた嘘に罪悪感を覚えている。


「……悪いな…ユウ坊…」


 けど、どう言えってんだよ…


 お前の怪我は、実は俺の娘が付けたもんなんだ、って……身体を張って手前の娘を護ってくれた漢に言える奴が居たら見てみたいくれェだ。



 あん時俺は、幾ら待っても帰って来ない二人が心配になり工房を出てさっきまで晴れていたにも関わらず降り始めた雨に嫌な……予感みたいな気配を感じていた。



『おい!大変だぞっ、水門の開閉を担う魔石が壊れたとかでもうじき橋が…!に、逃げろみんな!!』



『なんだって!?くそっ、外れてくれよ…俺の予感!』


 斜向かいの酒場を営んでいるライクが慌てながらも街の奴等に避難を促している様子に俺の中の嫌な予感は、確信に代わり傘も刺さずに橋まで走るが


『……退け、小僧』


 そこで俺がこの耳とこの目にしたのは、愛娘の魂に宿ったあの野郎…アジ・ダハーカの声と、影に質量を持たせ巨大な手を作ると流木からエリスを庇ってくれただろうユウ坊の背中を殴り付けていた信じたくねェ光景だった。


『〜ッ!俺の娘と息子に何してやがんだテメェーーッ!!』


 頭に血が上っていて口を出たのはそんな言葉だった、……何時の間にか、リリス(ハニー)と同じ様に俺にとってもユウ坊は家族だった事に驚かされたが、俺が駈け寄ると影の中から魂が半分に砕けて抜けたように黒と白のマナの塊が浮かんでいた。


『…鍛冶師・テラか……そこな娘を救いたくば癒しの力を持つユニコーンの角を手にし我を殺しに来るが良い…』


『待ちやがれッ!』


 俺は自衛用の剣を腰から抜き放ち巨大な斬撃を放つがあの野郎(アジ・ダハーカ)はひらひらと馬鹿にする様に躱しやがった。



『急くな…何れ相見えるべき相手と我は相見える。精々その娘の生命を長らえさせる事だな…猶予は無い……貴様が我の言葉を誰に伝えるかは貴様次第だがな』



 静かな笑い声が響く中、俺はただ奴が去っていくのを子供等を抱えて見る事しか出来なかった。



----------------


 俺は事の顛末を急いで駆け付けてくれた兄さん等に説明する事にした。


「……そうか、ならば私は奴の居そうな場所を探そう……だが、ユウキには言うな。我が息子ながら奴は危険だと解っても渦中に飛び込むだろう…犬死はさせん」


「…そう、ね…なら私は情報を集めるとするわ、もしかしたら半分に分たれた魂でも寿命を伸ばせるかもしれない…」


「それじゃあ、私はユニコーンの角を取りに行こうかなぁ。……本当はエリスの傍にダーリンとついてたいけど、冷静になれそうにないし、…何よりもユーくんとエリスを逢わせないようにする役も必要だと思うから」


「すまねェ……俺がついておきながら……!」


 各々が自分に出来る事をしようとしてくれている、それに引き換え俺は…!


「…自分を責めるな、とは言わん。だがお前が出来る事を見失うな…私達はこの日の為に平穏な日々を過ごしてきたのだから」


「…ダーリン、取り戻そ?私達の日常を」


 敢えて慰めよりも前を向く事を促す兄貴と今まで過ごしてきた日常を取り戻そうと微笑む嫁に支えられながら、俺は娘の為に、何よりも自分達の為に戦う事を誓った。


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