第8話〜バースデー〜
川の神を看取って暫くが経ったある日の夕方、私はリリスさんと母上、エリスの4人で料理を作っていた。
というのも、父上とテラさんの誕生日に何かをしたいという私の提案を発端とし、ならば一緒にケーキや二人の共通の好物であるハンバーグを作ろうという事で、二人には3時間程狩りに出てもらう事とし(無論、何時も父上について罠や弓で猪を狩る私が行かない事に関して父上には訝しがられたが)四人で協力して料理を作る事となったのだが…。
「きゃ…っ、む、難しいわね…」
「母上、卵の扱いはコツが重要です…ほら、先ずは軽く握って、最初から片手で割るのは難しいですから両手で…」
「こ、こうかしら……?」
「おー、ユーくんってもしかして料理の天才?割り方とか教え方とか堂に入ってるよね〜」
勢い良く卵をボールの角にぶつけて殻ごと入れてしまう母上に卵の割り方を教える、無論殻はさえばしで取り除いて。
作る量が量だ、本当は両手より左右で1個ずつ割った方が早いがそれは料理に関しては独特なセンスを光らせる母上や普段料理等しないエリスの前ではしない。
「いえ、リリス姉さんが作る料理はどれも美味しいし何より手際が良いですから、それを見て覚えました…」
私は嘘を吐いた、確かにリリス姉さんが我が家の食卓を担っているし実際どの料理も美味しいのだが、私は前世で一時期料理を提供する店にアルバイトとして居た事があり、ある程度簡単な料理ならレシピを見なくても覚えているのだ。
卵を割ったり玉葱を微塵切りにしたりする位は容易い。
「えへへ、ありがと〜?んー、でも本当に天才かもね?今度から下拵えが必要な料理とか手伝って貰っても良い?」
「構いませんよ?僕もお料理楽しいですから」
「ほんと?そっかぁ、助かるなぁ〜……それに引き換えエリスは…」
そう、冒頭で語った通り本来なら“四人で”料理をしている筈だったのだがエリスは途中で飽きたのかソファーに横たわってごろごろしていた。
「……エリス、味見役が良い…」
……うん、多分作った傍から全部食べちゃうだろうからダメ♡
「働かざる者食うべからずだよ〜、はい、卵を割る!」
「……ぶー…」
エリスは無理矢理手に持たされた卵をこんこんと、見よう見まねで割ろうとするが力加減が悪いのか割れない。
「エリス姉さん、こうやって持って…そう、少しだけ勢い良く…」
「ん……えい」
ゴウッ!ゴスッ
……今度は強過ぎて指からすっぽ抜けた卵は私の額を直撃した、…地味に痛いだけではなく顔も黄身や白身で汚れる。
「あわわっ、ちょっ、何してんのエリス〜っ」
「大丈夫かしら……怪我はしてないみたいね、良かった…」
母上が慌てて顔を拭いてくれる、まぁ卵では当たり所が異常に悪くない限りは怪我はしないだろう。
(…ん…?…待てよ…?)
ふと、行き詰まっていた魔法の構築に着想を得ると私は脳内で魔法の構築を作り直す。
(そう、ここは改善しないと自滅に近くなる、ならば…を作れば…あぁ、でもそうなると…いや、接触した時点で……………行けるかもしれない…!)
「…ユーくん?だいじょぶ…?」
突然独り言をぶつぶつと呟き始めたのを見たエリスは心配そうに小首を傾げるが夢への足掛かりをひょんな場面で手に入れた私は大丈夫大丈夫と生返事。
「…大丈夫かなぁ…」
「私も似た様な経験はしょっちゅうしてるわ、料理で魔法に繋げた事は無いけど…取り敢えず、この後は?」
突如舞い降りたひらめきを形にすべく理論を構築、それを実行する為には幾つか熟すべき課題はあるが…寧ろそれが燃えるというものだ。
「…えい」
ぐはっ!?
覇気のない掛け声から繰り出される一撃は本人からしたら手加減した一撃なのだろうが生まれ持った膂力が桁違いなのか背中を叩くだけでも意識を引き戻す程度には痛みを与える。
「けほ……けほ…っ、な、何するのさエリス姉さん…」
「ユーくん…エリス無視しちゃ…や…」
う…っ
心配そうに見つめる視線にいたたまれなくなって思わず目を伏せる、そんなやり取りを微笑ましいとばかりに母上とリリス姉さんの視線を感じ羞恥心を覚えながら作業へと戻るのだった。
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ハンバーグのタネを作り終わり各々役割分担を振り分けられる。
先ず、四人の中で一番料理の腕に長けているリリス姉さんは味付けとハンバーグとケーキを焼く担当
暫定的に二番目に長けている私はその補佐、並びに盛り付け、ケーキにクリームを塗りフルーツで彩る。
料理に於いて独特なセンスを光らせる母上は部屋の飾り付け、エリスもその手伝いという……うん、無難だとは思う。
……大丈夫…だよな?気付いたら部屋がしっちゃかめっちゃかに…なんてならないよな?
「手際良いねぇ、ユーくん。あ、それ取ってー」
「そ、そうでしょうか…あ、どうぞ」
部屋を気にしていた私に声を掛けるリリス姉さんに大皿を一枚取り渡す、喋りながらでも一度身に付けた技術は覚えてるものだな。
「ありがと♡ほんと、将来良いお婿さんになれるよ〜」
うん、それは前世で母に言われた事がある。世間一般の男性がどの程度料理や掃除、洗濯に風呂洗い、ゴミの分別とゴミ捨てが出来るのかは比べる対象が存在しない為についぞ理解は出来なかったが、魔法という扱い方さえ間違えなければ便利な力を扱える様になった今なら更に出来る事も増えるだろう。
家事スキル・中級を習得しました。
……こんなものもスキルの対象になるのか…。
然もどうやら初級をすっ飛ばして中級を習得したようだ。
家事スキル・中級
料理であれば専門職が作りそうな料理も過去にレシピを読んだならば味は兎も角理解して作れる程度の力量。掃除、洗濯も然り。
(専門職…ねぇ…?昔何を作ったかな…)
前世の記憶を順繰り思い出すとした、先ずはおやつや和菓子だけならお団子、饅頭、八ツ橋(こし餡〜芋で作った餡)葛まんじゅう、バニラアイス、プリン、コーヒーゼリー、クレープ(生クリーム〜アイス入り)ドーナツ、サーターアンダギー、ショートケーキ、チーズケーキ、ビスケット、クッキー、etc…。
メインは和洋中問わず丼物を含めるならカツ丼、牛丼、親子丼、カレー(市販のルーではなくスパイスから)肉じゃが、シチュー、すき焼き、唐揚げ(鳥以外にもタコやイカなど)肉豆腐、ピーマンの肉ずめ、たこ焼き、お好み焼き、蕎麦(醤油やみりんなどを使って作った麺つゆ付き)餃子、麻婆豆腐、天津飯、中華丼、油淋鶏、豚キムチ、ラーメン、オムライス、ピラフ、チキンステーキ、ete…、思い出せる範囲だがおやつ以上の品を作ったか…変り種でバターを作って自分で焼いたパンに塗って食べたりもしたから調味料系統も含めれば、味噌や醤油、酢なんかも興味の赴く儘に作ったものだ。
尤も、調味料系統は例えば酢は作る過程で純米酒を使っていたからこの世界で作れるかどうか、となると難しいものだ、幾らリリス姉さんが普段肩の力を抜いていても元は真面目な人だ、流石に子供に酒は与えないだろう。
(…思えば、この世界の食文化や生活水準も独特な進化を辿っているな)
焼いたスポンジを取り出し生クリームでデコレーションをしながらふと、常々疑問だった事について思考を巡らす。
例えばケーキ一つとっても私が知っている素人知識ではあるが、今の形に至るまで多くの原型と思われるものが存在する。古代ローマの甘いパン然り、中世ヨーロッパのイタリア諸都市の砂糖を使ったお菓子然り。
きっと料理という点では後100年もしない内に前世の世界以上に発展するだろう、年号では1000年程の歴史しかないこの世界が、だ。
(…意図的に各国の歴史から建国以前の歴史が抹消されている気もするが…如何せん、あの図書館を本腰上げて全て探索するなら数十年単位でも利かないだろう…)
生クリームでデコレーションを終え、苺を均等に並べるとエリスが指を咥えながら此方…というよりケーキをガン見しながらにじり寄ってきた。
「え、エリス姉さん…?なんで近付いてくるのかな…?」
「…ユーくんこそ…どーして後退り…?…」
ジュルリ……と、涎を垂らすエリスに様々な意味で危機感を覚える、今のエリスは気配だけは父上やテラさんと言った強者を彷彿とさせる迫力…否、最早“喰う”という殺気にも似た何かを感じさせてくる。
く、喰われるっ!?
父上とテラさんの誕生日ケーキを庇う様に両手を拡げるが父上の剣速を辛うじて見切れる程には成長した私の反射神経を以てしても反応出来ないレベルの速さで、素早く回り込まれる…!
「こーら、何やってんのエリス?」
「…むぅ……」
が、一連の流れを見守っていたリリス姉さんに首根っこを掴まれたエリスはまるで猫の子のように持ち上げられた。
「た、助かった……」
「あはは…ごめんね〜?でも本当に美味しそうだから仕方ないかなぁ…お店に出てるケーキみたいだもん♡」
そりゃあまぁ、それでお給金頂いてた時期もありましたから。…なんて、言える訳もなくこそばゆさを感じつつ項垂れているエリスに少し余ったクリームを小皿に乗せ右手にスプーン、左手に小皿を持ち口元に運ぶ
「後で私の分も食べて良いから、今はこれで我慢して?」
「……ありがと…ユーくんやさし…」
スプーンは使わず左手の皿をぺろりと一口で舐め取りながら抱き着くエリスをそっと抱き締め返した。
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3時間後、私の懸念も杞憂に終わり誕生日パーティに相応しい飾り付けと二段重ねのホールケーキ、ハンバーグにハンバーグの付け合せに大さじ一杯半程の蜂蜜で甘い味付けにした皮を剥いた輪切りの人参とじゃがいもを乗せた皿を食卓に並べ父上とテラさんの帰りを待つ。
「ただいまー、今帰っ……」
「どうした、さっさと入れ…?」
真っ先に入ってきたのはテラさんであった、玄関先で固まっている為父上はその身体を無理矢理中に押し込むのを見ると灯りを灯し私とエリス、2人は昨日、鍛錬を終え余った時間で摘んできた花束をそっと差し出す。
「父上、テラおじさん、お誕生日おめでとうございます」
「レオおじさん……パパ…おめでと…?」
「「っ!」」
私とエリスの2人で渡すプレゼントが嬉しかったのか、それとも例年は忙しさのあまりして来なかったサプライズイベントに感極まったのかテラさんは私達を両腕を拡げ抱き締め、父上は目頭を抑えている。
(…良かった、喜んでくれて…)
「はいはーい、今日は2人が主役なんだから早く入った入った〜」
「そうね、折角リリスとユウキが作った料理が冷めてしまうわ?」
奥からクラッカーを鳴らし姿を見せる母上とリリス姉さんに促される形で手を洗い、食卓に付く二人に倣うように私達も手を洗い食卓に付く。
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「いやぁ、まさかあのエリスが誕生日を祝ってくれるなんてなぁ…パパ嬉しいぞ!つかケーキもハンバーグもうめぇーッ!」
「…作ったのはリリスとユウキと聞いたがな。…うむ、確かに旨い。ハンバーグも旨いが特にケーキが」
「もうっ、レオさん可愛くなぁい…あ、でも本当に美味しい♡」
父上…甘党だったのか、意外だったな。あれから少し経ち食卓に並べたワイングラスからワインを一気飲みして酔っ払っているテラさんと、それとは対照的に幾ら飲んでも酔った気配が無い父上にザルとはこの事か、と感心する。
母上は大の甘党である為無心でケーキを頬張っている姿は普段の理知的な姿を知っている手前なんだか可愛らしく見える。
「ユーくん……また作って…?」
エリスが食べる事を考慮し、12人分を想定して作ったケーキだが早速のお強請りに思わず微笑む
「うん、気に入ってくれて嬉しいし時間がある時に作るね…?」
「嬉しい…」
見えない処でガッツポーズを取る父上と母上に苦笑しながらも頷いてみせれば嬉しそうに微笑むエリス。
願わくばこの穏やかな日々が、どうか何時までも続きますように…密かにそんな事を祈りながら誕生日パーティを楽しむのであった。
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