第3話〜鍛錬開始〜
あの不思議な体験から2年、私は3年目の誕生日を迎えていた。
この頃になると自身の脚で歩く事も、本の頁を捲る事も出来るようになり、更にあの日以来私はある魔法を使えるようになっていた。
それは、自身の心の中に存在するありとあらゆる本が棚に並べられた図書館と樹齢1000年はあろうかという中庭へと続く扉が存在する図書館であの日渡された本を読むという魔法。
一見戦闘にも日常生活にも利用価値が無いように見えるが、この空間は任意で解かない限り外の世界との繋がりが薄い様で自身の体内に流れる時間を緩やかにしている。
つまり、他者の2倍以上の時間を用いて様々な事を学ぶ事が出来るという事だ。
そして、この図書館内にある本を使い色々と学び解った事が幾つかある。
一つ、この世界は異世界・ウィルビウス…ギリシャ神話に於ける二度生きた男、という名が元になっておりアジア、欧米、果てはロシアといった世界の特徴を汲んだ世界らしいという事。
二つ、この世界には主だった国家が3カ国存在し、その中に小国が幾つも存在している。
今から5年以上前迄は人族と人族に加担したエルフや人魚族達と魔族、そして竜族が三つ巴で激しく争った『人魔竜大戦』が行われていたようである……恐らくは、あの時の野盗の大半はその戦争で住む場所や国を追われた者達だろう。
そして、三つ…この世界に住まう人口…尤も人族以外にも魔族や竜族、ドワーフやホビット、エルフ族、人魚族に天族といった全ての種族を併せたものだが、約80%の人口が魔法を使えるらしい。
つまり、あの日野盗に対して魔法ではなく果敢にも農具や投石で抵抗しようとした私が産まれた村の村人達は、残りの20%に含まれる社会的弱者、という事を私は知った。
…悔しかったし、何よりこの不条理が許せなかった。
力が無ければ奪われる事を是として良いのか?
弱ければ、ただ多くを望まず平穏に…穏やかに朽ちて死ぬというささやかな願いの元生きる事すら許されないのか?
強くなければ、他者に踏み躙られても仕方ないとでも言うつもりか?
…無論、前世の世界にもこういった不条理が転がっているのは知っている、それこそ石を投げれば当たる程度に、世界は不条理に満ちている。
「……誰かが動かなくて良い理由には、ならないんだよな…」
2年前からの日課である読書の合間に無詠唱で魔法を発動させる鍛錬をしながら独り呟く。
そんな不条理は認めてならないからだ。
そんな道理は、誰かが変えるのを待つ前にそれに気付いている自分自身が、変える為に。
幸いこの図書館には歴史や魔法の書以外にも魔導具についての本やそれの製造方法、果ては魔物の死骸から採取出来る彼等の核と言っても過言ではない魔石についての本も存在していた。なので、今はそれ等を扱う魔力を効率的に高める訓練を我流ではあるが実施している。
(2年間鍛えてLv2止まりか…)
魔法は使えば使う程練度が高まる、基本的な種族の差は無論存在するが元々定められた最大魔力許容量によって魔力も高まる。
(世界が不条理に満ちているならば、私は私の誓いの元にそれを少しでもマシなものへと変えよう……それが、独りのうのうと生き延びた私への罰であり)
───贖罪なのだから。
(……パラメータの確認でもするか)
体力 E
筋力 E
防御力 E
俊敏性 E
魔力 B
最大魔力許容量 測定不能
独自能力 極限突破
使用スキル (最大Lv5が上限)
鑑定眼Lv3 火魔法Lv2 水魔法Lv2 風魔法Lv2 土魔法Lv2 金魔法Lv2 氷魔法Lv2 雷魔法Lv2 光魔法Lv2 闇魔法Lv2 音魔法Lv2 創魔法Lv2 時魔法Lv2 空魔法Lv2 心魔法Lv2 無魔法Lv2 無詠唱スキルLv2 複合魔法スキルLv1
魔心流 玖ノ秘剣・猿賦(未)
(…やはり、独学じゃ限界がある…か…)
この世界の魔法は全部で16種類に分類される。
火 単体 に纏わるものならば火魔法
風 単体 に纏わるものならば風魔法といった具合にだ。
然し、自他共に一流を名乗る魔法使いは程度によるが2種類の魔法を同時に発動させる複合魔法を用いる者が大半を占めている。
水魔法プラス風魔法で小規模の暴風雨を発生させたり、歴史を遡ると時間に分類されるものである時魔法と、空間に分類されるものである空魔法、そして闇に分類される闇魔法で昼夜を文字通り逆転させた、等という元現代人である私にとっては俄には信じられない次元の魔法も存在するようだ。
因みに、ではあるが、この世界の化学レベルは魔法を封じ込めた魔石に魔力を流し込む事で石炭やアルコール燃料を使うことなく火を起こし料理を作れるし、王侯貴族等の所謂一握りの勝ち組ではあるが馬車の代わりに特殊な加工がなされた御料車で長距離の移動をしているらしい。
あくまで本の知識では、であるが。
なんともファンタジーな世界には不釣り合いな話である。
閑話休題。
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昼時、リリスさんが石窯で焼いたパンとコーンスープ、トマトやパプリカ等が入ったサラダ、歴史やレオニダスさんが近くの山で狩ってきた猪を調理したジビエ料理を口にしていたところ、レオニダスさんが私をまじまじと見つめている事に気付く。
なんだろう、何かしたか?基本的に私は手を焼かせない様に過ごしてはいるのだが…居心地の悪さを感じながらも小首を傾げていると
「…そろそろお前にも魔心流を教え始めても良いかもしれないな、その魔力なら充分に資質がある」
リリスさんもうんうん、と私が彼女から哺乳瓶越しではあるが母乳を与えられていた時と変わらぬ優しい微笑みを浮かべている
(まじか……)
正直に言うと…嬉しかった。
リリスさんもソフィアさんも、レオニダスさんも、勿論エリスも。優しい人であるし、私が物言わぬ赤子として振舞っている時も本当の家族の様に接してきてくれた。
…自分だけが浮いた存在であると思っていただけに、孤児として拾われた存在だと思ってきただけに…自然と涙が溢れてきた。
「ユーくん泣いてる…?」
「レオさんが怖い顔してるから〜」
「む……嫌だったか…?」
隣に座っていたエリスが心配するように頭を撫でてくる、リリスさんは口調こそ柔らかいものもレオニダスさんを咎めレオニダスさんは泣き出した私を案ずる様に声を掛ける
そんな光景に、私は目尻を拭いながら心からの笑顔を浮かべる……何時か、この人達に報える位強くなると心に秘めながら。
「嫌じゃないです、…嬉しくて……がんばります!」
こうして、その日の午後から魔心流の鍛錬が始まる事になるのだが…
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はっきり言おう、私ことレオニダスは数十年…否、百年に一人の逸材を見付けたかもしれん。
と、言うのも才能と呼ぶにはあまりに陳腐になるか…あの存在からこの子を託された際に覚悟はしていたが
結論から言うと、この子(ユウキ)は既に、魔心流に伝わる拾弐の業の一つ、玖ノ秘剣・猿賦を未完成ながらもものにしている。
猿賦の真髄は即ち、他の流派の業の模倣…昇華し自身のものとして繰り出すという体術を初めとする武の合理を体現するものである。
(…だが、流石に身体が付いてこない、か)
未完成である所以は、齢3年という余りにも幼過ぎる歳月しか生きていない為、逆に言えば身体さえ確りとしてくれば こと、単純な武術に於いては 剣王と呼ばれた私すら凌ぐだろう。
(…全く、良い逸材を託してくれたものだ)
思わず口許がにやけてしまうのを感じ頭を振る。
早くも木製の人型打ち込み台にて魔心流の基礎、天眼を10回中7回は成功させているユウキに適した鍛錬を課す為に木製の剣を構え3mはある大岩の前に立つ。
「一度打ち込みを止めて見ていると良い…───ッ!!」
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当初、言い付け通り筋力強化(ブースト)魔法を用い、与えられた両刃の木剣を用いて打ち込み台に振るった剣を当てていたが何故か10体存在していた木人形は3体迄減り、切断面を中心に破砕していた。
前世では、剣道は上官に手習い程度に教わり、握り方や振り方、脚捌き程度なら何とかこなせる程度であり寧ろ銃剣を用いた軍隊格闘や鞘を併用したナイフ術の方が得意だったのだが…これもほぼ毎日レオニダスさ…父上やリリスさんのような異次元レベルの強者達の稽古を見て育った影響だろうか……何となくだが自分自身がどの部分に一撃を繰り出せば良いのかが手に取るように解る。
残り3体となった処で、父上の待ったが入りそちらへと視線をやると先程迄父上が背を預けていた10メートルは超える岩石へと徐々に距離を取ると
魔心流 参ノ秘剣・天虎…!
という、声が聞こえたかと思えばドンッ!と、明らかに音の壁を破った音と爆風が辺りを支配し岩石は木剣、それもたった一突きで文字通り消し飛んでいた。
「ッ〜!?」
余りの威力に思わず目を見開く
あくまでも現代人の知識ではあるが通常人間の身体は生身では音速の壁は越えられない、宇宙服のような与圧服を着用していればダメージは抑えられるだろうが基本的には気圧や衝撃波による影響で五体満足とは行かないだろう。
近くに居た私でさえ強化魔法と瞬間的に無属性の障壁魔法を使って漸く尻餅を付いたレベルなのだから。
即ち、私は目の前で 生身の人間が 音速の壁をあっさりと超えたのを目にした事になる。
「…今のは魔心流に伝わる拾弐の業の一つ。お前が今、恐らく無意識にしている天眼と、明日から本格的に教える歩法、空歩を以て形と成す業だ。名を参の秘剣・天虎、万物全てに等しく存在する核を破壊する高等技術…どれ程の時間が掛かるかは解らないが何れは習得出来るだろう。
──その前に、お前には魔心流に伝わる秘術・ヒュペリオン(高みを目指す者)を掛けるが」
聞き慣れぬ言葉を聞いたと思うと私の自重が一気に数倍に跳ね上がったような感覚を覚え木剣を杖代わりに身体を支える。
「ち、父上……これは…っ…」
「…魔力を最大限迄高めろ、身体が出来上がっていないお前には少しきついかもしれんが、その状態に慣れればお前の成長と共に負荷も上がる」
困惑している私に対し、父上は自らもそうしているとばかりに膝裏まで地面に呑まれ掛かっている私を支えてくれる。
魔力を最大限迄高めると徐々にではあるが身体が支えられるようになる、無論慣れる迄は大の字で眠る事も叶わないだろうが
(だが、これはこれで得られるものも多そうだ…!)
最大限迄魔力を高め、それを維持する。口にするのは簡単だがあの図書館で独りで魔法の訓練をするよりも魔力の扱いは鍛えられるだろう。
何より、恐らくではあるが術の性質上重力による負荷も付与されていると思う。
その証拠に、幾ら3歳児が踏み込める力は微々たるものとはいえ、筋力強化で成人男性が踏み込んだ一撃と対して変わらない膂力でもびくともしなかった地面に脚が膝までめり込んでしまったのが良い例だ。
「明日からは基本的に午前中は私からソフィアに頼んで魔法を主とした座学、午後は魔心流の鍛錬を叩き込んでやろう。……今まで独りで頑張っていたのは知っている。これからは私達が家族として支えていこう」
「ッ!…知っていたのですか…?」
てっきり気付かれていないと思っていた、少なくともエリスやリリスさんには気付かれていなかった筈だ。
面を食らった私に対し、父上は不敵に笑う
「…親というのはな、子供を見ていないようで見ているものだ。お前が何を思って力を欲するかは解らない……だが、その剣筋を見ればそれが善なるものか、悪しきものなのか位は解る。…真っ直ぐな、良い太刀筋だ」
大体、そうでなければ最初から強化魔法を使え、等とは言わんだろう?
改めて、この偉大な剣王(父上)には敵わないと痛感した。
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