第2話〜接触〜
転生して間もなく、新しい家族と呼べる父母と姉、レナと親を失い、レオニダス夫妻に拾われ数日が経った。
「………」
抱き上げられた際に確認は出来たのだが、この館…というよりこの部屋しか確認出来ていない為断定は出来ないが部屋全体の整理整頓はなされてはいるようだ。それでも本棚に収まりきらない分の本は赤ん坊の私が誤ってぶつかってもいけないとばかりに別室に纏めて収納されたようではあるが。
(この世界の事を知るのはもう少し先、か…くそっ)
歯痒いと感じたのは前世で母が日に日に体調を崩していく時以来か…。
思えば私は親不孝者だったと思う、介護と仕事、家事はこなしてはいたが30代にもなって孫の顔を見せる事がついぞ叶わなかった。……私にもう少し、意気地があれば結果は違っていたのだろうか…。
(……過ぎた事を悔やみ過ぎても仕方がない、…先ずは今、出来る事をしよう)
今出来る事、それは即ち言葉や文字の習得と、この世界の歴史、大まかな国の情勢である。
先日の襲撃からして科学は差程発展はしていないのだろう、車やバイクといったものではなく奴等が馬に似た魔物に跨っていたのが良い例だ。
何より、つい最近迄現代日本で暮らし生活を営んでいた私からしてみればこの世界は所謂ファンタジーの世界、寧ろ科学技術を発展させる必要が無かったと考えるべきか…、そう仮定した場合ある程度の認識のズレに関しては覚悟をしておくべきだろうか…。
そんな思考の迷路の中、首も未だ据わってすらおらず、現代人であれば紙おむつが主流である、という認識である私は現在布製のおむつで下肢を覆われている…少し汚い話になるがそこもまた、現代とこの世界が異なる発展の仕方をしている証左であろう。
ふと、私の傍に近付いてくる小柄な影が見えた。
「………………」
その影は私の事を柵越しからじっと見つめていたかと思うと脇に抱えていた絵本をぱらぱらと捲り始める
「むかしむかしあるところに、しろいかみさまとくろいかみさま、そしてやまぶきいろのかみさまがいました」
…童話、だろうか?…白に黒、そして山吹色…か。
光の三原色である赤、青、緑ではない特徴的な色合いの神々に何となく関心を引かれながらも私は赤髪を1つ結びにしたポニーテールの少女の話に耳を傾ける。
童話とは昔話と一括りにされがちではあるが、そこには時代背景等が隠されており何も出来ない身としてはこの上無い学びの機会だ、正に渡りに船……私にはこの少女が天使のように見える…ちょっと口数は少なそうな印象はあるが。
「…さんにんのかみさまはかみさまのなかでもいちばんさいしょにいたかみさまからうまれたきょうだいでした、さんにんのかみさまはそれぞれ《そら》《ちじょう》《じごく》をなかよくおさめました」
空と地上、そして地獄…か、童話にしては少し物騒なワードが出てきたが……ダメだ…だんだんねむく……
「しかし、あるひをさかいにさんにんのかみさまはたがいにたがいをにくみあい、さらには…」
(ちょっとだけ…ちょっとだけ目を瞑ろう…)
少女の声は鈴の音のように心地好く自分自身が船を漕いでいるのを私自身自覚はしていた、それ程心地好かったのだ。…無論、この身体が成長の為に睡眠を欲しているというのも多分にあるが。
「……ねちゃった」
静かに寝息を立てる私を見て少女が絵本をベビーベッドの内側に置いて部屋を出ていくのを気配で感じつつ、私の意識は完全に闇の中へと消えていった。
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それから毎日、歳月にして1年ほど、赤髪のポニーテール少女、エリスは私の元にやってきては数多くの童話を読んでくれた。
原初の神々の物語やその神々の子孫にあたる神々の物語。
一番関心を引かれたのは今から何年も前に集結したばかりの人と人に力を貸したエルフやドワーフ、ホビットや人魚といった種族と魔族、魔竜軍と呼ばれた竜族の三つ巴の大戦。…何故かその話になるとエリスは表情が暗くなるが。
エリスはレオニダス夫妻が勇者一行として旅をしていた時の拳王の妹君にして私に哺乳瓶越しではあるが母乳を与えてくれたリリスさんの娘だ。
尤も今では離乳食に切り替わりつつはあるが。
「…今日は、何しよっか…?」
数多くの童話を1年掛けて話せば流石にネタも尽きるのだろう、この頃になれば私も子供向けに書かれた簡単な童話の文字であれば読む事は出来る。恐らく筆と紙さえあればじきに書く事も可能にはなってくるであろう。
(…そろそろ、本格的に歴史や文字が知りたい所ではあるが…)
ふと、外を見るとリリスさんとレオニダスさんが今日も互いに拳と木剣を交えていた。
「はッ!」
「ッと〜、レオさん少しは手加減してよ〜」
直撃すれば怪我では済まないだろう柔らかくも鋭い太刀筋を繰り出すレオニダスさんと、恐ろしい迄の鋭い踏み込みと体捌きを以てそれを躱しつつ上段の蹴りで頭部を狙うリリスさんの模擬戦に思わず魅入る。
(…前世での私なんかと比べると次元が違うな)
一応、陸自に居た頃に軍隊格闘術やその他にも空手や柔道といった体技はそれなりに修めているし、それ以外にも虐められた経験からか父親には幼い頃から様々な習い事はさせて貰っていた。
だからこそ、外で互いに息一つ乱す事無くぶつかり合う両者の力量が文字通り次元が違うものである事を動きを見て悟る。
レオニダスさんの剣は一貫して攻めの構え、それでいて卓越した剣技で一見隙にすら見える動きすら次の一撃の布石であるようだ。
対するリリスさんは超高速体術とでも言うべきか、間合いを熟知しておりレオニダスさんの剣の平を壁の代わりに利用し蹴り間合いを抜けたかと思えば月面宙返り(ムーンサルト)を以てレオニダスさんの頭部に自重を最大限に利用し蹴飛ばそうと試みる、しかもその一連の流れは体感ではあるが5秒も掛かっていないという……うん、はっきり言ってある種の変態だ。
(普通、怖くて出来ないだろ…)
西洋の十字木剣とはいえ、恐らくあの二人は実戦を想定しているであろう。1年間定期的に行われる模擬戦を窓越しから見続けてきたが、たまに聞こえる掛け声以外会話の内容は聞こえはしないが彼等が纏う空気は平時の穏やかなものとは異なり、ピリピリと張り詰めており決して模擬戦等とは思えないものだったからである。
(……ああなりたいな、私も…)
力強くも流れるような華麗な武闘。
剣が舞い、拳が唸る闘いに私は見蕩れていた。
《玖ノ秘剣・猿賦(未)を習得しました》
(……はい?)
突如としての脳に直接響く声に心の中で訝しむと、ふと一冊の本がイメージとして浮かぶ。
───それは、君自身の能力を確認し、自動的に書き記す為のものだよ。
男性か女性かも定かでは無い声が響くと同時に、本の頁は独りでにパラパラと開く
名 ユウキ
独自能力 極限突破
ジョブ 乳児
武術適正 ALL
魔法適正 ALL
筋力 E
俊敏 E
防御 E
魔力 E
最大魔力許容量 測定不能
所有スキル
観察眼Lv2
魔心琉 玖ノ秘剣・猿賦(未)
…どうやら転生の間で見たものと内容はほぼほぼ同じ様だ、観察眼のLvが上がっているのと、魔心琉なる流派?の技を何時の間にか身に付けている以外は、だが。
訝しんでいる私に対して声は言葉を続ける。
自分の眼で確かめてみるんだ…今の君なら出来るよ。と。
(眼…観察眼を使え、という事か?)
本に記された魔心琉の項目を観るとどうやらレオニダスさんが修めている剣の流派らしく、独自の進化を果たした歩法に特異な眼を用いた斬術を基本とし、更に壱から拾弐の秘剣と呼ばれる技の他に三種類の極地とも呼べる奥義を有する様だ。
更に言えば、魔心流と対を成す魔身流は剣や槍の代わりに拳に途中まで魔法を宿し打撃を加える時に一瞬で魔法を放つ魔法拳とも呼べる武術の流派らしい。これは勇者パーティの中で拳王と讃えられたロンさん、リリスさんが得意とした技法、ともある。
つまり、あの模擬戦中は両者共に魔法を扱わず武術だけの鍛錬を行っていた事実に私は驚嘆してしまった。
(模擬戦中、そういった技の数々を使っている様子は無かったが…あれで手加減していた、というのか…!?)
思わず目眩を覚える、あれだけの激しい動きを模擬戦の中で繰り広げながらも、寧ろあれが当たり前の様に平然と剣と拳を交え、更にそれ以上の実力を秘めている…それだけの強さがあれば…私は全てを護れるのだろうか。
……強くなりたいかい?
(…なりたい…!)
声の問いに対し私はすかさず答える。
……あれだけの強さがあの時あったなら、私はレナちゃんを護れたし、村の人達だって全てとは行かなくても護れた筈だから…!
…その為に、君は君自身に対するどんな苦痛や代償も払えるかい?
(……他者に苦痛が及ばず、私自身が払えるものならこの人生が、どんなに苦痛に満ちていようと…)
もう二度と、あんな無力感も喪失感も…絶望も味わいたくないし、何より誰かの涙を拭えるなら…私は、羅刹にも成ろう…!
……………………
声は私の内から湧き上がる心に暫し沈黙すると純白の鞘に納められた太刀と分厚い本、そして
過去の英霊達眠る所に火の意志あり
神の声を聴くヒトが住まう土地、木漏れ日照らす祠に木の意志あり
水に住まうヒトが住まう湖、その守り人祀られし土地に水の意志あり
強靭な体躯を持つ鱗に覆われしヒトが住まう土地、雷鳴轟く険しき山に金の意志あり
紫眼持つ乙女生まれし平原に風の意志あり
失われし刻の城にて五つの意志携えし者、正しき順に祈り捧げし時、万物を永劫に護る守人とならん。
と、何処か、五つの土地を指す言葉とそれ等の土地を巡り何処かに向かうのであろう、という事は理解出来る旨の言葉を紡いだ。
…後は、君次第だよ。
と、声の主の存在が薄れていくのを感じ私は私を呼ぶ声に意識を現実世界に迄引き戻される。
「……大丈夫?」
あれからどれ程の時間が経過したのだろうか、心配そうに私を見下ろすエリスに無邪気、とは行かなくとも微笑みながら私は微睡みに抱かれるのであった。
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