第1話〜転生〜
扉を潜り抜けると私の意識は眩いばかりの光に包まれるのを知覚した後、完全に金剛 悠希という男の身体が消滅したのを感覚で理解する。
(これが、転生というものか…)
消滅した身体に不思議と恐怖はなかった、あるのはあの空間でも無意識に感じていた“開放感”
(…さて、恐らく今は魂だけの存在なのだろうが…この後はどうなる?)
前世の世界で流行っていた異世界転生という非現実的な現実に興味が無い訳では無いが、それでも些か不安もある。
然し、私の不安も他所に何かに吸い込まれるかのように私の意識は闇に包まれていった。
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「やれやれ…私は既に退役した身なのだがな。」
両刃の片手剣を振るい血を振るい落し今し方戦闘不能にまで追い込んだ、全長6mはあろう大型の鳥と獅子を合成したような魔物を見下ろす重厚な鎧に身を包んだ壮年の男、彼の傍らには明るめの水色の髪を肩迄伸ばし眼鏡を掛けた女性が腕を組み何やら考え事をしている。
「……変ね」
「…グリフォンの群れがこの時期こんな平原近くの村を襲う訳がない、か?」
女性の呟きに自身も引っ掛かるものがあったのか男性は剣を鞘に収める男性、女性はそれもあるけど、と切り出す。
「グリフォンの性質上“宝を護る為”に危害を加えたり、交配目的で牝馬を攫う事はあるけど……何より、今日は…」
「……宣託の日、か。」
小さく頷く女性に対し男性はとある方向へと視線を向ける。
「…───ソフィア、今すぐ村全体に障壁を張れ…少し暴れねばならんようだ」
「……そのようね、流石に邪竜軍の一個師団に比べたら見劣りするけど此方に向かっているという事はあまり悠長には構えられないわ」
解っている、と鞘に納めた剣を再び引き抜き構えると ドンッッ!!と、音の壁を突き破る音を立て先程戦闘不能に追い込んだ魔物と同種の魔物100匹単位に風穴を開ける
gurururu〜ッ!!
天と地を覆い隠す程の魔物の群れを見た村人達はこの世の終わりを本能的に悟る。
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村が…木々が燃え、家畜の皮膚が焼け爛れ、そして、母の遺体を焼いた時にも嗅いだ人が燃える嫌な匂いが私がユウキとしてこの世界で初めて嗅いだ匂いだった。
「金目のものは全て詰め込めよ?男と老人は皆殺しにして女は丁重に扱え、ククク…。」
抵抗する者も勿論居たのだろう、外で鉄と鉄がぶつかる音と怒声が家屋を焼く音に混ざり聞こえてくる。
(くそ…ッ、動け…動けよ…っ!)
然し、動かない。
「こいつはテメェの旦那かぁ?忌々しい、両手両足を切り落として目の前でテメェを犯してやるよッ!」
(動けっ!動けぇぇぇぇッ!!)
如何に意思や魂が成人した男のものとはいえ。
「レナッ、その子を連れて逃げろッ!」
「ち、まだ意識があったか、離せゴラァァッ!」
───この身は、ただの赤子でしかないのだから。
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この日、村の守人一族の血筋である夫婦の間に二人目の玉のような赤ん坊が産まれた。村の者も皆我が事のように喜んだが隣の村を荒らすグリフォンの群れに他の守人達が出払っている間、まるでその隙を事前に知っていたかのように人間や魔族、ドラゴニュートといった種族にばらつきはあれど、山賊に身を窶した者達が村を襲ったのである。
無論村人の男衆も抵抗はした、ある物は農業用の鍬や雑草を狩り落とす鎌で。
武器がない物は足元に落ちていた石を投げ付け素手でも抵抗した、村長の昔の伝手で先代の勇者パーティで、最後まで大魔王以上の巨悪と前線で戦い抜いた剣王・レオニダス。
類まれなる叡智とパーティ、ひいては世界に数多くの恩恵を齎した賢王・ソフィア。
異変を察知し彼等の到着まで何とか持ち堪えれば、その様な淡い期待を持ち果敢にも招かれざる客に挑んだのである。
──然し、そんな抵抗も虚しく男衆はその身を凶刃で穿たれ、女はある者は陵辱、ある者は抵抗も虚しく捕らえられてしまった。
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「は…っ…は…っ…」
現在、私はレナと呼ばれた少女の腕に抱かれながら平原を背に逃走劇を繰り広げていた。
「だいじょぶ……ユーくんはレナがまもるから…っ」
未だ首も据わっていない私はただただ今にも泣き出してしまいそうな彼女を見上げる、その額には汗をかき、この世界では希少なのか定かではないが青紫色の瞳には半ば意識の混濁が見受けられる。
(レナちゃん…まだこんなに幼いのに…っ、私はなにを…っ…)
力の無い自分自身に心の底から頭に来る。
「レナは…おねえちゃんだもん…ユーくんの…」
何故、護ってやれないのか。
「おねえちゃん……だから、まもる、の…」
何故、彼女達が斯様な憂き目に合わなければならないのか。
「……っ!」
近くに森の入口でもあるのだろうか、私の視界はレナちゃん以外に樹齢何百年もありそうな程の巨木の周りをふらふらと歩いていた処、複数の足音と明らかに此方を捜していると思われる怒声が聞こえてくる。
(このままでは……)
2人とも見付かる、せめてレナちゃんだけでも逃がしたい……そう思っていた矢先、不意に私を包む腕が離れ私はそっと巨木の幹の間に隠すように地面に置かれる。
「…ユーくん、…」
生きて、ね?
涙を目尻に溜めて微笑むレナちゃんに、私はただ見つめる事しか出来ず、声がした方向とは逆方向に走り出した彼女を見送る事しか出来なかった。
「レナはここだよ!つかまえられるならつかまえてみなよ!」
怖かっただろうに、気丈に振る舞う姉を見送る事しか出来なかった…。
(何をやっているんだッ!私はッッ!!)
悔しさで人が殺せるなら、私は私自身を呪い殺していただろう。
怒りで身体が動くなら…私は今すぐにでもレナちゃんを追っただろう。
───だが、それは叶わない願いであった…。
今の私は、ただ泣く事しか出来ない非力ですら無い無力な赤ん坊なのだから。
自分自身に対する怒りと出逢ったばかりの家族との別れ、やるせなさや無力感に苛まれながらも近付いてくる何某かの気配を感じながら私は自分自身の意識を手放すのであった。
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「…これで全部か…」
空を覆い、地を這う魔物の大群に対し妻であるソフィアに護りを任せたった一人で総勢1万もの魔物を打ち倒した男は魔物の返り血を浴びた身体を雨に濡らす。
「みたいね…───ッ!?」
ソフィアも魔法を用い、事切れた魔物から何かを取り出しながら相槌を打つが、天と地を覆う程の数を全て討伐して尚それが第一陣でしか無い事に遠くから聞こえる魔物達の雄叫びを前にして各々得物を構え直す。
「やれやれ…今日は厄日だな…行けるか?ソフィア」
「…貴方と一緒なら…!」
人間ならば1万越えは一個師団に該当するが今し方迄相手をしていたのは魔物堕ちした野生動物等とは比べ物に成らない程の実力と神話の時代に名を連ねた個体と同種の魔物達、一体一体が並の兵士では比べ物にならないそれ等を1万体片付けただけでも神や悪魔の所業だというのにそれをもう一度…となるとレオニダスの前に彼が全力で戦う度にその余波や討ち取り損ねた魔物達の猛攻から障壁でガードしているソフィアの方がスタミナが切れてもおかしくはない。
「……往ね」
「「ッ!」」
───だが、一際異質な魔力を感じた途端目前迄迫って来ていた魔物達は両者に返り血すら浴びせる事も叶わず“一瞬で消滅した”…声が聞こえた方向へと両者は視線を遣るとそこには産着を着せた赤子を抱えた光と闇が渦巻く人の形をした何某かが宙を浮いている。
「……貴方は何者か?」
ソフィアを庇う様に、剣王と謳われたレオニダスは視線を向けたまま問うが額には嫌な汗をびっしょりとかいている。
それは、目の前の存在が本気になれば自身は疎か背後に庇っているソフィアすら縊り殺す事が出来る力を持ち合わせていると言わんばかりに。
「………私は ━━━ …隣村は既に滅んだ…この生き残りである赤子を育てて欲しい…名はユウキ…何れ、貴方々の希望となる事は確約しよう」
「っ!その名を名乗るとは…否、…良いだろう…承った」
名乗られた名は古代神言ではあるが辛うじて聞き取れた、その名を名乗る酔狂もの等現代には存在しない為レオニダスは赤ん坊をそっと抱き抱えると小さく すまない、と…呟くのであった。
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眠りから目を覚ますとそこは見知らぬ部屋であった、…首は未だ満足に動かせないがあの人の肌や肉が焼ける独特な匂いは感じない。恐らく誰かに保護されたか…或いは先の野盗に捕まり売られたか…。
(いや、売られるとしてもこんな赤子の何処に利用価値があるというのか…可能性があるとしたら恐らくは前者だろう)
散々泣いてある程度は冷静さを取り戻せたお陰か、身体が満足に動かせない分情報分析しか出来ないが視線を彷徨わせ現在置かれている立場を見定める。
先ず、此処はあの森でもましてや焼かれた村では無いようだ。部屋の作り、僅かに見える窓の景色からして恐らく二階建ての家屋…か?もう少し自由に動けるようになれば広さや部屋の数、家の周囲には何があるかを調べられそうだが。
第二に、この家の主、若しくは家の近親者は過去に子供を最低一人は育てているであろうという事。
これは私が今現在赤ん坊が落ちないようにベッドに柵が取り付けられたベビーベッドに寝かしつけられているというのが理由として挙げられる。
無論、既に自立したから古いベッドを引っ張り出してきた、という推測も立てられるがそれにしてはベッドは少し真新しい、この家の住人の内面が垣間見る事が出来る。
最後に、私の服装が理由として挙げる事が出来る。
あの村を出て森の入口に隠される迄私はお包みに包まれていたが今は可愛らしいベビー服に包まれている。…何故かピンク色だが。
以下の3点から、少なくとも賊に捕まり売られたという説は稀有なものとなり代わりに誰かに保護されたという説が高いが…問題は誰が保護したか、だ。
(…自由に動けないのはもどかしいな……ん…?)
考察に夢中で途中になって気付いたが、この部屋に近付く足音が聞こえてきた…ガチャっと、ドアノブを回し部屋に踏み込む足音の数は…3人?
「……起きていたか」
渋めの声を発する男性は私をベッドの外から私を見下ろすと指先を頬に伸ばすが
「レオさん待った、赤ちゃんはデリケートなんだからもっと優しく扱って〜?」
間の延びた話し方をする色鮮やかな緋色の髪をした女性がそれを制す、直感ではあるがこのベッドの本来の持ち主は彼女だと思う
「貴女こそもう少し声のトーンを下げなさいな……初めまして、ユウキ…今日から私達が貴方のパパとママ…おばさ「お姉ちゃんだよ〜」…です、ようこそ…我が家へ」
転生初日にして両親と姉を失い、代わりに得たのがこの世界でも10本の指に入る実力者だと知るのは未だほんの先である事に現在の私は気付かないのであった。
今はただ、私を抱き上げる温もりが決して邪なものではないという事が…只々嬉しかった。
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