2話・2

「あっははは! まぁそうだよなー」



 催眠術にかからなかったことを気にするでもなく、キョージンは爆笑する。

 頭がかくんと落ちたとき、「もしかしたらいけたか」と思ってしまった気恥ずかしさがじわじわ沸いてくるのを苦笑いでごまかしながら、椅子に背中を預けた。



「でも神ちゃん、ちょっとそれっぽかったよ?」

「言うな。黒歴史だ……」



 だいたい一日で催眠術が習得できるなんて、虫のいい話があるわけがなかった。

 桑田さんは「もう一日欲しいな。うん、また来てよ〜」とか言ってたけど、二日でも無理だろ。マジックと同じだ。どうせハッタリのテクニックに時間をかけるだけだろう……。



「ねえねえ! 何してるの!? 夢斗のマネ?」



 くだを巻いていたおれたちの席に、鈴を転がすような声が降ってきた。


 声の主を見上げると、短い前髪の下で大きな瞳をぱっちりと開いて阿南が微笑んでいた。

 細い首をかしげて、長いツインテールが揺れる。


 阿南日葉あなん にちは

 彼女もキョージンと同じく小学生からの知り合いだ。


 クラスの学級委員で、誰とでも喋れるトップ・オブ・ザ・陽キャの称号を持つ彼女。健康的な長い手足を惜しげもなく見せる制服の着こなしは、まごうことなき陽キャの証拠だ。

 小学生のころは一緒に遊んでいたこともあったけど、今は話しかけるのも躊躇ためらわれるカースト上位の雲の上のお方になってしまった。

 ……というか陽の瘴気が強くて近づくと死ぬんで、話しかけようとも思わないんだけど。



「ちがいまーすー。神ちゃんが催眠術を習得したから、かけてもらってたんだよ」

「えっ、なにそれ!? 神多くんそうなの!?」



 キョージン、余計なことを……。

 阿南とは10年以上の付き合いでも、苗字呼びという距離感からお察し。のはずが、気のせいか話に食いついているように見えるんだけど?



「いや……習得したわけでは……」

「すごいすっごーい!! あたしにもかかりたーい!!」



 気のせいじゃない……!?

 阿南は新しいおもちゃを見つけた子どものように、人の話も聞かずに容赦なく身体を寄せて来る。

 ちょっと待て待て、当たってんだけど! 距離が近い!!



「にっちゃん、神ちゃんそういうの苦手だからお手柔らかによ」

「え? あ、ごめーん!!」



 キョージンがニヤニヤしながら助け舟を出してくれたおかげで、阿南は慌てて身体を離した。



「いやー、神多くんっていつも落ち着いてるから。あはは、ごめんねー!」



 ……かわいく謝られて、悪い気はしなかった。

 悪いのはむしろ男兄弟で育ったためか、女子に触られるとテンパってしまう自分だ。

 普段が無表情な分、わかりやすく取り乱すのが情けない。



「えー、じゃあ、かけてもらうの無理かなぁ」



 がっくりと肩を落とす阿南。

 そのあまりにも悲しげな姿を見ると、せっかく声をかけてもらったのにむざむざと追い返す自分がかなりの極悪人のように感じてくる。



「あ、いや……。まだ始めたばかりで、かけられるか保証はできないけど。それでもよければ……」



 言い訳するように口の中でもごもごやると、阿南の顔がパッと明るくなった。



「うんうん! ポケットティッシュ試供品だよ的な話だよね、好きだよ! いいよー、やったー! さすが持つべきものは幼なじみだねっ」



 すぐに隣の席を引いて腰を下ろした。

 主人を待つ犬のように、うれしそうににこにこと見えない尻尾を振って待っている。

 幼なじみか。やれやれ……。



「じゃあ……。まずは体の力を抜いて……」



 慎重に、あまり触らないように。阿南にも予備催眠を試してみる。

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