1話・5

「え……? でもバッティングセンターには行ってたんでしょ?」



 桑田さんの問いかけに、キョージンは腕組みしてえらそうにうなずく。



「まあね。でもおじさんが言ったのは『30分前になにをしていたか当てる』だったよな? 俺たちバッティングセンターのあと、マック行ってたんだよね。だから、『30分前はハンバーガー食べてた』が正解!」

「……ああそうかぁ。高校生はまだまだ成長期だもんなー」



 桑田さんは首に手を当てると、目を細めて悔しそうに笑った。



「キョージンがお礼に食べ物を要求したから、運動して腹減ってると思ったんすか」

「そう。まさか何か食べていたなんてね。僕も昔はそうだったはずなのに、すっかり忘れていたよ」

「……なんかすいません、水さして」



 好奇心でトリックを暴いたことで、桑田さんに恥をかかせてしまったかもしれない。

 おれは素直に頭を下げた。



「いやいいんだ。実は僕もまだマジシャンのヒヨッ子でね、おかげで勉強になったよ。でもね僕、本当は催眠術のほうが得意でさ」



 しかし、桑田さんがここでまさかの違う角度からアピールをしてきた件。

 これは負け惜しみなのか……?



「ああっ、それは透視しなくてもわかる、疑ってる目だね!? いやこれは本当だよ? ……よおし、決めた。お礼が失敗したからね。君に僕の催眠術を伝授してあげるよ。わはははは!!」



 と、なぜか機嫌を良くした桑田さんに肩をバンバンと叩かれた。

 勝手に決められても困る。

 だいたい、おれはそういうの苦手だし。



「いや……」

「大丈夫大丈夫。僕は普段は催眠術の講師もしていてね。いつもなら講習料で50万円いただいているんだよ? だからそこは、信頼してほしいなあ」

「っ!?」



 それを聞いて、思わずおれは桑田さんの手を振り払った。


 もう条件反射だった。

 ぽかんと目を丸くする桑田さんを、おれは無表情で見据えた。

「落ち着け」と心で唱えるも、5秒ももたなかった。

 抑えきれなかった思いが、自分の口からどろりと溢れ出す。



「そうやって、非科学的なことをまことしやかに仕立てて……、何も知らない人から金銭を巻き上げるなんて。汚い大人ですね……」



 冷え切った声だと自分でも感じた。

 普段、おれがここまで感情的になることはめったにない。

 いつだってひとりでいて、誰にも無関心で、無干渉だった。

 そんなおれが、大人にたてついているのだ。

 隣でキョージンは黙っているけど、豹変したおれの様子に戸惑っているのかもしれない。


 しかし目の前のマジシャンは、この状況で場違いにカラカラと笑った。



「おや? 君、もしかして催眠術がオカルトだと思ってるの?」



 そんな空気の読めなさに眉をひそめるおれを、桑田さんはさらにからかうように続けた。



「日本では馴染みがないけど、イギリスのキャサリン妃も自身の出産に催眠を取り入れているというのは近年の話。ロイヤルファミリーだって使っている催眠は、科学的に説明できるものなんだよ?」



 そう言うと得意げに、斜め45度の角度でどや顔を見せつけてきた。

 とてもうざい。

 でも、それよりも気になる言葉におれは食いついた。



「科学的、に?」

「あっらー、賢い子かと思ったけど知らないのぉー? やっぱり中身は子どもだね! まあ来なよ、教えてあげるから」

「は、でも、催眠術なんて……!」



 ずいと迫ってくる桑田さんの圧力に困り、キョージンに目で助けを求める。



「そいえばー、さっきのバッティングセンターの罰ゲーム決めてなかったよなー。神ちゃん、催眠術を教えてもらって来たら? そんで明日、学校でたっぷり話聞かせてくれよ!」



 所詮は3週間に一度くらいしか関わることはない、希薄な関係だ。

 キョージンはにんまりと笑うと、ひらひらと手を振っておれを送り出す。

 この人でなしめ……。



「よーし、じゃあレッツゴー!」

「う、嘘だろぉ……」



 思わず情けない声が漏れる。

 おれは頭に鳩を乗せた怪しいおじさんに手を引かれ、怪しい雑居ビルの一室へとドナドナされて行ったのだった……。

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