1話・4
おれたちが黙ったのを合図に、おじさんは慎重に人差し指を立てる。
「千里眼っていうのはね、今ここからは見えないことやものを視て、言い当てる能力のことだ。そうだな……じゃあ、君たちがここを通る30分前。過去の姿を当ててみようか」
そう言うと、おじさんは鳩を頭に乗せたままおれたちの前に平手をかざした。
目を軽くつむると、「んーーー、んんんーーー………」としばらく唸った。まぶたがピクピクと痙攣し、何かを感じ取っているのか、どんどん眉が中央に寄っていく。
そして突然「ハッ!」と叫んで目をかっ開いたかと思うと、次の瞬間にはもう七福神の恵比寿天のような尊い笑みを浮かべていた。
「……視えました。二人とも、バッティングセンターにいましたね?」
……そんなばかな。
驚いてキョージンと顔を見合わせる。
「おい、これもどこかに密告者が?」
キョージンが眉をひそめて、小声で聞いてくる。
いや……。
今の今、偶然会った人にそのトリックを使うのは不可能だ……。
でも、そもそもこの出会いが作られたものだったら?
いや待て。そうしたところで、誰も何のメリットもない。
じゃあ、第三者が絡んでいないとすれば……。
「お二人がどれくらい打ってきたかもわかりますよ。……これが視えました」
おじさんはさらにそう言うと、迷うことなく胸の前で指を2本立てた。
「は……?」
「ええ〜〜! 確かにさっきまでおれらバッティングセンターにいて、200本ずつ打ってきたわ〜〜!」
キョージンが目をまんまるにして叫ぶと、おじさんは満足そうに大きく頷いた。
「ははは、どうかな、おもしろかったかい? 僕は
そう言って空中で手刀を切るような動作をすると、まるで魔法のように、なにもないところからフライヤーが出てきた。
それを俺たちに1枚ずつ押し付けながら、桑田さんはイベント場所までの道のりを丁寧に説明してくれる。
「君たち、本当に今日はありがとう。じゃあまた!」
「あ、ちょっと待ってください」
おれは、やり切ったとばかりに清々しい表情で帰ろうとする桑田さんを慌てて呼び止めた。
もちろん桑田さんは笑顔のままで振り返る。
純粋な高校生から、賛辞や好意を向けられると思ったのかもしれない。
「あの……、これって全部トリックじゃないですか?」
でも現実に向けられたのは、高校生の曲がった性根である。
そのとき一瞬だけ桑田さんの笑顔が凍りついたようにも見えたが、すぐに余裕の笑みへと戻った。
そしてこの一連の表情の変化は、やはりトリックがあるとおれが確信するためには十分だった。
「トリック?」
桑田さんが「なにを馬鹿な」というような顔で、その言葉を復唱した。
「はい。えっと違ったらすみません。桑田さんは千里眼じゃなくて、ただ観察眼が鋭いだけかなと……」
「へえ。どういうことかな?」
その顔は笑っているけど目は笑っていない。
本人の前でネタを暴くのはやっぱり悪趣味だし、少し気がひける。
けど……。
せっかくこうして足を止めてくれているんだ。
子どもの特権を生かして、甘えさせてもらうか。
「まず、おれたちがバッティングセンターに行ってたというのは、おれたちの様子を見るとだいたい検討がつきます。ちょっと制服がよれてるし、シャツの腕まくりもしてる。キョージンは首にタオルを巻いてるから、軽く運動していたのは想像つきますよね。それからこの商店街の先、徒歩で行ける遊び場はバッティングセンターか卓球場だ」
「それだと1/2だね?」
「それで握手をしたんです。二人とも、手に豆ができていたんでしょう?」
だから、さっき桑田さんはおれだけじゃなくて、キョージンとも握手をしていたんだ。
「じゃあ、本数を当てたのは?」
「当ててないですよ。桑田さんは『どれくらい打ってきたのかわかる』と言って、ピースしただけです」
「ふむふむ……」
「それを勝手に解釈したのはおれたちですから。200本なのか、2セットなのか。カード2枚消費なのか、2時間なのか、『イエーイいい感じ!』なのか……何にでも当てはめることができますよね?」
「おっと。まいったな……」
そう言うと、桑田さんは顔を引きつらせて頭をかいた。
「いやあ、ご明察。君もかなり観察眼があるようだね」
「いえ、どうも……」
「でもどうして千里眼じゃないってすぐにわかったのかな?」
「それは……」
「だって、そもそも当たってなかったからな!」
と、おれではなくキョージンが胸を張って答えたことに、桑田さんは意外そうな表情を浮かべて固まった。
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