1話・3

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 久々の登校だから授業もゆるいだろう……と考えていた朝の自分の甘さをドチャクソ呪いたい。


 休み前と変わらず容赦なく授業の範囲は進み、急に知識を詰め込んだ頭がオーバーヒートし、LHRになることには頭痛として現れていた。

 それは大半の生徒が同じだったようで、まるでクラスは通夜の空気になっていた。ただし、死人の方が多めのな。


 LHRが終わったあとも動けずに机に伏せていると、久々に話した延長なのか、珍しくキョージンに放課後の遊びに誘われた。

 キョージンも久々の学校に辟易していたらしい。

 ストレス発散のために町へ出かけようぜと言われ、おれも別に暇だったからまあいいかとその案に頷いた。


 ここは関東の小さな町だが、商店街にはゲーセンやカラオケ、卓球場などいろいろな娯楽がある。

 その中でも今日はバッティングセンターに行き、200本ずつ打って暴れてきた。



「あ〜神ちゃん疲れたよ〜」


「最後、全部バントしてたろ……」


「まずは塁に出すことを優先してみたわ。でも肩バキッバキよ?」



 いやキョージン。バッティングセンターで塁に出すって、何の話してんだ。


 男子高校生が好むとりとめのない話をしながら、おれたちは駅に向かうために商店街を歩いていた。

 それは、出口まであと少しというときだった。

 おれたちの目の前すれすれをものすごいスピードで影が横切り、会話が止まった。

 驚いて、通り過ぎたモノを横目で追うと、一瞬、それと目が合った気がした。

 そしてあろうことか、そいつはUターンすると、今度は確実におれたちに照準を合わせて襲いかかって来たのだ。

 キョージンが悲鳴を上げるのも構わず、バサバサと翼の羽ばたく音が耳元へと迫ってくる。

 ……そしてしれっと、おれの肩に着地した。



「ポロッポー」

「へえ、珍しい。白い鳩か」

「いや、もちょっと動じろよ!?」



 腕で顔を守り、腰がくの字に引けていたキョージンが泣き叫ぶ。

 なんで。別に危害を与えられているわけでもないし、かわいいし?


 肩へ手を持っていくと、うまく指の上に飛び移ってきた。

 よく人に慣れてるけれど、誰かのペットだろうか。



「ああああ〜〜お銀んん〜〜〜〜〜!!!」

「げ……」



 その叫び声は、商店街の入り口から聞こえてきた。


 情けなく発する声の元を見れば、ギラギラに光るブルーの上下スーツを着た派手なおじさんが全速力で走ってきていた。

 斜めに落ちた白ぶちのメガネからのぞく目は全開で、血走っていて。

 ちょっと引く。

 こんな変わった人、この小さな町にもいたんだなぁ……。



「っはあ、はあ。ありがとう、君! いやあ、窓を開けたら飛んでっちゃってさあ! すぐに捕まってよかったよー」



 おじさんはおれの前で立ち止まると、息を切らせたまま鳩を捕まえようと手を伸ばしてきた。

 しかし鳩は必死な形相のおじさんがよほど怖かったのか、お尻を向けてぴょんぴょんとおれの腕をのぼっていく。



「人懐っこい、いい子ですね」



 スムーズに鳩を逆の手に移し替えて、おじさんへと差し出す。

 鳩はバサッと飛んで、彼の金色に輝く頭へ飛び移った。



「はあ、はあ……え? そう? ひとまず、っはあ。本当にありがとう!」



 おじさんは息を整えながら、おれの手をひしと取った。隣にいたキョージンにも頭を下げて、同じようにしっかりと握手する。

 見た目はすごく常識はずれだけど、普通に礼儀正しい人かもしれない。



「じゃあ。おれらはこれで……」

「あ、ちょっと待って高校生たち! 何かお礼をしたいんだけど」

「え!? なにかうまいものでも買ってくれるの!?」



 提案にすぐさま食いついたのは、適度な運動のあとで腹を減らしていたキョージンだった。

 その反応に、おじさんはにやりと笑う。



「それもいいけど、おもしろいものを見せてあげるよ。僕、こう見えてマジシャンなんだ。このギンバトのお銀は相方でね」



 通りで派手な格好をしていたわけだ。

 けど、舞台映えで着るのはわかる。なぜ、普段から着ているんだろう……?



「へえー、すごいっすね。おじさんどれくらいマジックうまいの? 俺たち結構うるさいよ?」



 あおるようにゆっくりと喋りながら、キョージンが胸を張った。

 別にお前はなにもしないだろ……。

 おれは小さなため息をつく。



「じゃあ、千里眼なんてどうかな?」



 けれど。

 調子よくウインクまで見せるおじさんの言葉に、おれの頬は自然と緩んでいた。

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