終末の始まり、秋の訪れ。 2
主従関係を結ぶに当たって、これといった誓約書はない。
そもそも主従関係を結んだとは言え絶対服従を誓う者は少なく、所詮ほとんどは他人と他人が結ぶ口約束のようなものだ。
拘束性はほぼ皆無で、金で主従関係を契約し、お互い都合が悪くなれば忠義を翻す。それが、今の現状だった。
焼印はとくに決まりがあるわけじゃない。
ただ一般的に主従関係を結ぶにあたって焼印は必須と言っても過言ではなく、従者の体の目立つところに主人が焼印を入れることで、主従関係が成立する。
一つでも焼印があれば、即ち誰かと主従関係を結んだという証になる。
よって仮にもし主従関係が切れた場合、一度焼印のついたものは、次の主人を探すことが出来ない。出来ないというよりも、ほぼ不可能なのだ。
この荒れた世界では、金のある者が狙われる。
先など見えない今、いくら金を持っていたって所詮はただの紙切れにしか過ぎないというのに、人間はどんな状況になってもその紙切れに執着する。
だからこそ金で従者を得て身を守り、従者も金が欲しいが故に主人を探す。
しかし何らかの要因で主従関係が切れた場合、従者だった者は確実に元主を殺す。金がどれだけあり、どこを狙えば欺けるのか、側に居て嫌というほど知っているからだ。
そしてそれは主人も同様である。
主従関係を切る場合、主人が生き残るには自分が殺される前に従者を殺すしかない。 結果として主従関係を切るということは、どちらかの命を取るということになる。
焼印がついているのに主人が居ないとは、そいつが主人を殺したという証だ。そんな人間を新しく従者にしようなんていう物好きはまず居ないし、金が絡まなければ話はまた違うだろうが、そもそも金なしに主従関係を結ぶメリットがない。
そういう意味でも、焼印は一種の束縛として有効な手段となった。
自分のものだと体に証を刻ませ、お互いの命を天秤にかけながら身動きを取れなくする。
主従関係を結ぶということは、信頼を得られない限り最後は自分が死ぬか、相手が死ぬかの命がけの契約。
だからこそ、主従関係を結ぶにあたって焼印は必須だと言っても過言ではない。
それなのに。
「焼印はないわ。変わりにこれが、私達の焼印の代わりなの」
彼女が触れたのは、左耳にあるリングのピアスだった。
幅はそこまでないが、ゴールドのそれは等間隔にダイヤのような石が嵌められ、嫌でも暗闇で存在感を放つ。
元は対のピアスだったのだろう。
男の右耳にも、彼女と同じピアスが光っていた。
「主人になること自体乗り気じゃなかったのに、焼印まで入れろなんてそんなの無理でしょ?なのに全然納得してくれなくて、仕方なくピアスを変わりに証にしたんです」
「焼印と違って拘束性はまったくないけどな。なんなら今から入れるか?額ならまだあいてるぞ」
「絶っっっ対に嫌。そもそも主従関係にはっきりとした決まりなんてないんだし、額に焼印が入った男の隣なんて歩きたくないわ」
「…相変わらず頑固だな、お前」
「獅子尾にだけは言われたくないけどね」
…話だけを聞いてると、本当にこの二人の関係がわからなくなって来た。
焼印と言っても形模様は様々だが、ほとんどの場合はそこら辺にある鉄の塊を火で熱し皮膚を焼く。
無論印がつくまで激痛に耐えなくてはならないし、印がついた後もしばらく痛みは続く。ろくに薬も手に入らない今、下手をすれば感染症を招き、最悪死に至る可能性だってあるのだ。
そんなリスク、金なしで背負うものなど皆無。
寧ろ焼印なしで主従関係を結べるのは、従者からすれば得しかないのだ。それなのに平然と彼女に焼印をつけさせたがるこの男は、それをする程の価値がこの主人にあると言わんばかりの態度でピアスに対して不服を漏らす。
「…いつから主従関係を?」
そう恐る恐る問いかけた俺に、彼女は指折り数えて曖昧に「確か半年前くらいかな」と首を傾げた。
半年前…となると、例の地震から十ヶ月後か。
主従関係制度が密かに横行し出したのは、地震から半年経った頃ぐらいだと記憶している。
しかし当時から主人は金や地位を持った男が多く、女の主人など聞いたことも、見たこともなかった。ましてや今だって、この二人に出会うまでは信じられなかったのに。
なのにこの二人には、れっきとした主従関係が成立している。それも、焼印を介することなく。
「あの…凄く失礼なことを聞きますが、」
「断る」
バッサリと、問答無用で切り捨てられ怯む俺に、すぐさま彼女が「獅子尾」と男を咎めようとする。
しかし男は気にすることなく、「ごめんなさい、何ですか?」と彼女が苦笑いで問いかけるのを横目にチッと舌打ちをこぼした。
「その……なぜ、主従関係を結ぼうと思ったんですか?正直、女性を主人にするメリットがないと思うんですけど…」
「ほら見ろ、やっぱりろくな話じゃねぇ」
「獅子尾はちょっと黙ってて」
「黙れるか。失礼だと思うんならもう少し口を慎め。前置きの割に全然内容がオブラートに包まれてねぇんだよ」
「す、すみません…」
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