クトゥルフ神話……みたいなの

『ダン・ウィッチ卿のおぞましき手紙より』~深淵の空から這い出てくるモノ~①

 1999年、アメリカ、ニュージャージー州──怪奇小説を数冊ほど出版経験があった。

 わたし、ミスカ・トニックに近地域の町警察から見てもらいたいモノがあると、連絡を受けたのは鴇鼠色ときねずいろの雲が広がる夕暮れだった。 


 電話で刑事が。

「ダン・ウィッチという名前に聞き覚えはありますか?」

 と、聞かれた時は。

「大学時代の知人です、過去に数回ほど手紙でやり取りをした程度で……ここ数年は会っていません」

 そう答えるしかなかった──実際。


 大学時代──『禁書』『異本』『断章』といった類いの書に記された、古代の忘れ去られた禍々しい神々の物語や、太古に地球を支配していた旧支配者の存在と召喚方法が書かれた書物を大学の図書館で探し求めて読み漁っていた、男子学生のダン・ウィッチとわたしは出会った。


 当時から奇怪な現象に創作的な興味を持っていた、わたしと古代の忘れ去られた禍々しい存在に興味を持っていた。

 ダン・ウィッチとは互いに通じる部分もあり、一夜を通して語り明かしたコトもあった。

 やがて、ダン・ウィッチは同じ学部にいた女子学生と結ばれ、大学を中退してから女児を一子授かり父親になったと……風の噂で知ったのは数十年も前の話だ──確か、娘が生まれたら『ルイエ』と名付けると、大学時代のダン・ウィッチは言っていたので。

 彼が本当に生まれた娘に『ルイエ』と名付けたなら……無事に生きていれば二十歳前後の娘に成長しているはずだった。


 学生時代のわたしは、奇怪な現象や事例には創作意欲を駆り立てる意味合いしか無かったが。

 ダン・ウィッチは違っていた。

 実際に存在するかわからないモノと接触して禁断の叡智を得るコトに彼は固執していた──彼の狂気にも近い禍々しいモノへの固執に、わたしは恐れを感じて卒業してから、ダン・ウィッチ卿とは次第に疎遠になっている。


 電話の向こう側で刑事が言った。

「わたしたちの専門外の出来事なので、ぜひ見解をお聞きたい……詳しい話しは警察に来ていただいてから」

 熱心な頼みに、わたしは電車に乗って二駅先の町警察にやって来た。


 署内の個室で、わたしを出迎えてくれたのは電話の声と同じく。

 年配の刑事だった。

 刑事が言った。

「お呼びして申しわけありません……ミスカ・トニック先生が書いたゴシックホラーの怪奇小説は読ませていただきました」

「先生だなんて、数冊本を出しただけです」

 年配の刑事は、わたしに椅子に座るコトを勧め。わたしが刑事と机を挟んで座ると一枚の写真を取り出して机の上に置いた。

「最初に、この写真を見てください……数ヶ月前にダン・ウィッチと娘のルイエがよく訪れる、雑貨屋の店主にダン・ウィッチが頼んで写してもらった写真です」


 その写真には、聡明そうだがどこか沈んだ表情の二十歳前後の若い娘と、娘と並んで立つやつれた顔の初老男性が写っていた。

 容貌は加齢と共に少し変わっていたが、ダン・ウィッチに間違いなかった。

 娘のルイエには、ダン・ウィッチと学生結婚をした女子学生の面影があった。

 刑事が言った。

「母親は数年前に精神疾患を患い、病院で亡くなっています」

 娘の母親……ダン・ウィッチの妻が他界していたのは知らなかった。


 刑事の話しは続く。

「写真を写した雑貨店の店主は、普段は無言で買い物を済ませて屋敷に帰るダン・ウィッチが、この日に限って『わたしたちの写真を写して残してくれ』と頼んできたと言っていました」

 写真を眺めている、わたしに刑事が言った。

「その写真は、先生にダン・ウィッチ卿が渡すように店主に写させたとしか思えない写真です……写真の裏側を見てください」

 言われた通りに、写真の裏側に書かれていた。

ダン・ウィッチの走り書きを読んだ瞬間、わたしの心臓は得体が知れないモノの、冷たい手で握られたように戦慄が走った。


 写真の裏には、こう書かれていた。

『親愛なる我が知人、ミスカ・トニックへ、無くしたと思っていた電車のキップは背広の内ポケットに5セント硬貨と一緒に入っている』

 そう書かれ、さらに今日の日付とわたしが写真を手にした、時刻までも正確に書かれていた。


 驚いたわたしは、背広の内ポケットを探ってみた。駅で購入して降りる時に見当たらず、二回目の運賃を払ってしまった。

 無くしたと思っていた乗車キップと、5セント硬貨が確かに内ポケットの中にあった。

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