生きているだけでも素晴らしい
子どものころから考えていることがある。「みんなあれもこれも求め過ぎだ」ということだ。私は常にそう感じている。
それは生まれたときから始まり、話せるようにならなければ、「早く話せるようになって欲しい」と望み、歩けるようにならなければ、「早く歩けるようになってほしい」と望む。
無事話せたり自分の足で歩けるようになったりしたとしても、今度は頭の良さ、運動神経の良さ、人格、仕事の出来不出来、コミュニケーション能力といった順で、求めるもののハードルが年齢ごとに高くなってゆく。
年々高くなってゆく「期待」という名のハードルを越えられなくて、自信を無くしてしまった人も多いだろう。私もその一人だ。
私のスペックについてだが、勉強は人並み。いや、中の下ぐらいだろうか。運動神経はかなり劣悪。芸人だったなら、テレビ朝日で放送している深夜のトーク番組の人気企画「運動神経悪い芸人」で笑いを取れるレベルだ。おまけに身長も低くて、男性なのに女性の平均身長ぐらいしかない。
運動神経の良さや身長のことに関しては、生まれ持った資質なので、早いうちに諦めがついている。
なら問題がないではないか? と読者の方は言うかもしれない。
だが、私が苦痛に思っていたことは、別にあった。
それは、「将来の夢はなんですか?」という質問だ。
私は子どものころから「なりたいもの」がなかった。運動神経が悪いのでスポーツ選手にはなれない。手先はかなり不器用なので、職人系も難しい。だがそれ以前に、大人になったとき、子どものころになりたかったものになれるかと言えば、そのほとんどはなれない。なれるのは、幼少のころから努力をし続けてかつ、運や人脈に恵まれた人間のみだ。
自分の無能さと残酷すぎる真実を、私は子供のころに知ってしまった。
そのため、学校の先生から、
「将来なりたい職業はありますか?」
と聞かれたときは、
「ありません」
「まだ考え中です」
と間を置いて答えていた。
私は良くも悪くも正直者なので、質問を振られたとき、嘘でもいいからとっさに何かを答えるという高度な芸当ができなかった。
夢が無いとか、子どもらしくない子どもだなと思った先生は、勝手に考えたものを押し付けたり、考え直して来い、と言ったりしてきた。そのため、母親や友達の協力のもと、嫌々原稿用紙に偽りの夢を書いて、それを先生に提出していたものだ。
職員室で私の作文を読んでいた先生は、きっと頭の中で、
(嘘なのバレバレじゃんか)
と嘲笑いながら読んでいたことだろう。
そんなことが、中学生のときまで続いた。
高校に入ってからは、学校側が「進路を早く決めろ」、「将来どうするんだ?」と入学したてのときから聞いてきていたので、精神的にも追い詰められ、ノイローゼのようになっていた。
精神的にも追い詰められて、数か月が経った。
私はこのことについて一人考えていると、ある一つの答えに行き着いた。
「生きていればそれでいい」
家族や友達と言葉を交わしたり、その交流の中で一喜一憂したり、笑ったり怒ったりできるのは、生きているからだ。死んでしまえば、大切な人と言葉や感情のやり取りをすることは二度とできない。「生きていること」は、とても素晴らしいことではないか。
なのに周りは、そのことに気づかず、あくせくとこれからのことについて考える。例え自分のどこかがすでに壊れていたのだとしても。
私は言いたい。
「生きていること」は、とても素晴らしいことだ。「将来の夢をもつこと」や「自分の能力を伸ばすこと」と同じくらいに。
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