孤独な男子高校生の卒業式

 冷たい風が吹く、3月始めの金曜日。私が3年間通った高校で卒業式が行われた。


 周りのみんなは、登校日に作った造花のブローチを胸につけ、いつものように友達と他愛もない話をしながら、担任が来るのを待つ。友達と今日話したことが高校生活最後、いや、生涯最後になる可能性があることを知らずに。


 私は自分の席に座って、カバンの中から原稿用紙を取り出し、それを机の上に広げて小説の下書きを書いていた。


(どいつもこいつも卒業式というだけで、どうしてキャッキャキャッキャ騒いでいるのやらね)


 私は、「卒業式」というだけで、どうしてみんなここまで騒ぐのか、理解できなかった。それよりも、今日をもって鳥篭のように窮屈な環境から解放されること、ろくでもないやつらから離れられることの方が、何よりうれしかった。


 なぜ、そのように考えているのか? 3年間を振り返ると、ロクなことがなかったからだ。


 高1のころ、友達ができないこと、入ってさっそく進路の話が出たことで、1学期からノイローゼ気味になった。高2のころに、仲良くしようとしていた友達から裏切られ、発狂し、人間不信になった。


 高3の前半には、進路をめぐり、担任や家族と喧嘩をしたりして、深夜徘徊を平然と行う不良青年の仲間入りを果たしてしまう。


 後半になると、担任の圧力と同級生との紛争などによって、精神を蝕まれ、気分が優れないときは、学校をサボりがちに。同時に、高2のころに患った人間不信をさらにこじらせ、世界のほとんどが自分の敵だと思い込むようになった(今でもそれは変わらない)。


 そのような背景もあり、これからは、誰とも仲良くしない、友達も作らないことにしよう、と考えていた。


「生き地獄が、これで終わる」


 心の中でそうつぶやき、壁にかけてある時計を見た。


 黒板の上にある時計は、8時10分を指していた。


 そろそろ時間になるので、先ほどまで小説の下書きを書いていた原稿用紙をファイルに入れ、カバンの中にしまう。



 式が終わった。


 クラスの代表生徒が受け取った卒業証書を、担任が一人一人の名前を呼んで手渡した後、最後の話をして解散となった。


 クラスメートは友達や家族、想い人の元へ向かい、記念撮影をしたり、お互いの門出を祝福し合っている。


 対して私には、卒業という人生の門出を祝ってくれる友達や家族、想い人はいない。


 私は楽しそうに騒いでいる同級生たちを、うらやましそうな目で一瞥いちべつした後、お祝いムード一色に染まっていた校舎を出て、自転車置き場へと向かう。そして自転車の鍵を開け、冷たい風に吹かれながら、忌々しい思い出しかない校舎を出た。

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