十八話 資格を持つ者
「な……何故、僕が?」
「資格があるからだよ」
「いや、そうではなく……!」
「これは個々の能力とは関係ないんだ。だから、もしキミが自分の力に自信が無いからと疑っているようなら、その認識は間違っている」
「…………」
「キミが必要なんだ」
「…………」
「ボクと一緒に旅に出てほしい」
「…………」
「イデアを滅ぼすために」
「……わかりました」
その後の話は迅速に進んだ。
僕以外にリアンとノンを呼んだのは、最初の目的地までの道中、警護として共に行動するためだった。もしかすると、総統なりの気遣いなのかもしれない。僕たちが同期であることは知っているだろうから。
アフェット隊長が持っていた書類の束は、僕たちがしばらく隊を離れることに関する手続きのものだった。僕が承諾さえすれば、あとは署名と判を押すだけの状態で用意されていた。
きっと総統はずっと前から巡礼祭の準備を進めていたのだ。いつからだろう?僕が軍に入ってから?それよりも以前から?
そもそも、どうやって僕がその資格を持っているかどうか判断したのだろう?
……わからないことが多い。直接聞けば、教えてもらえるだろうか。
「明日の朝、出発するよ」
総統は時間と集合場所を告げて、書類を持って作戦室から出ていった。
「いやー……なんていうか、怒涛の展開?」
ノンの冗談めかした言葉で、ハッと我に返った。しかし、まだ放心状態が抜けきっていない。僕は頭を振って眉間を指で押さえた。
「明日って急だなあ。しばらくここを離れるのかー……おい、倫?大丈夫か?」
ノンに肩を揺さぶられる。
「あ……ああ。色々と突然すぎてぼーっとしてた……悪い」
「いや、わかるぜ。あんなこといきなり言われて、すぐに全部受け入れられねえって」
「書類に書いてる間、心ここにあらずって感じだったものな。……なあ、倫」
隊長に呼びかけられて、僕は姿勢を正した。
「は、はい」
「これで……よかったか?」
隊長はなにか心配そうな顔をしている。
僕は少し首を傾げた。隊長は、僕を玄の国へと連れてきてくれた張本人だ。だから、僕がどういう理由で軍へと志願したのかよく知っているし、理解してくれているはずだ。今回の出来事は、イデアに対する復讐という最大目的を果たすにはこれ以上ない絶好の機会であることも。
いや……だから、なのか。
隊長は僕を拾ってくれた十年前のあの日から、それを見ていた。死んでしまった両親と同じだけの間、僕を見守ってくれていた。僕がアフェット隊長のことを父親のように想うように、彼もまた僕のことを自分の子のように想ってくれていた……そう思うのは、僕の傲慢ではないと信じたい。
「……はい、ありがとうございます」
僕は精一杯の感謝と誠意を込めてそう言った。
十年前からずっと、隊長には感謝している。だから、今度はそのお返しをするべきだ。そのためにできるのが、巡礼祭という旅でイデアの脅威をこの世界から無くすための力添えなのだ。ならば、やり遂げなければならない。
あの庭園で総統に言われた言葉を思い出す。今の生活と引き換えにイデアを消滅させる……この国から離れ、今の僕の日常が崩れることになってもいいのかという問いかけだったのだろう。僕は復讐のためにこの国へ来て、復讐のために軍へ入った。今さら、聞くまでもないことだった。
「ま、途中までは俺らもいるし大丈夫だって!背中は任せとけ!」
ノンが明るく笑って僕の肩を叩く。
「そうだな」と僕も笑って、ノンと拳を突き合わせた。
「後ろから撃たれないように気を付けないとな」
「おい!ひでーぞ、せっかく励ましてんのに!」
「倫こそ先走って、二人を置いて行くなよ?」
「ち、ちょっと隊長、どういう意味ですかそれ?」
「あはは、言われてやんの!」
そんなふうに言い合って笑いあう僕らをよそに、リアンだけはいつもの無表情で、軍帽を被り直していた。
「……本当に、自覚のないやつ……」
傍らにいたリアンのつぶやきは、僕の耳には届かなかった。
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