十七話 旅の目的

「三人は巡礼祭を知っているかな?」


 それはもちろん。と言おうとしたが、ノンが勢いよく手を挙げて「知りません!」と言い放った。

 ……一応軍学校で習ったはずなので、正確には知らないのではなく覚えていないのが正解だろう。彼は僕やリアンのように志願して軍に入ったわけではないので、実用的な項目でない部分について記憶が曖昧になるのは仕方ない……のか?


「あはは、まあこれについては覚えていたところであまり意味のないことだからね。これに参加することができるのは、ほんのひとつまみの者だけだから」


 総統は「ひとつまみ」のジェスチャーをする。指の間から見えるその瞳が、僕を捉えていたような気がした。


「それじゃあ、ノンのためにも巡礼祭について復習しておこうか」


 そう言って、隊長は総統から受け取った地図をテーブルの上に広げた。

 地図にはノエスティラの大陸が大きく載っている。真ん中の極寒の海と呼ばれる大海を囲む、歪な円のような形状になっているのがこの大陸の特徴だ。円という表現だと、丸く繋がっているのを想像してしまうが、南側の部分は途切れて海になっている。北側には大きな山脈が連なっており、そこから西に辿っていくと僕らのいる玄の国がある。そのすぐ隣に刻の国、南に下ると砂漠地帯、さらに下ると海沿いに蒼の国、間の海を越えて東に行くと翠の国、広大な森林地帯を抜けて北に進むと、陽の国と陰の国が隣り合って存在する。

 地図上には、それぞれの国のある場所に「玄」「蒼」「翠」などの古代文字が、記号のように書かれている。基本的に地名は公用のアルグリフ文字で記されるのだが、国単位の場合にはこの古代文字を使うというのが、玄の国では浸透している。元は遥か昔に、総統が地域を区別するためにつけていたものが、そのまま使われるようになったらしい。そういう経緯のため、これらの国名が大陸全ての地域で通用するわけではないようだ。

 ちなみに僕の名前も、これらと同種の古代文字が使われている。普段は自分の名前を記す時は「Rin」とアルグリフ文字で書くのだが、正式な書類などには「倫」と書いている。実は古代文字を名前として持つ者はそれほど稀少ではないらしく、特に最近は別種の古代文字を使った名前なんかも流行っているらしい。……僕の両親も、当時の流行に乗って僕にこんな名前をつけたんだろうか。

 総統は広げた地図の上に、浄星石で出来たコマを印のように置いていく。順番に、「玄」「蒼」「翠」、「陽」と「陰」の間、そして一瞬手を止めて砂漠の真ん中に置き、最後に地図のど真ん中……極寒の海の中心に置いた。

 「さて」と総統は一息ついて、話し始めた。


「巡礼祭というのは、各地にある遺跡を巡り、そこに眠る力を目覚めさせる儀式のことだよ」

「あー……ちょっと思い出したかも」とノンが指でこめかみのあたりを突ついている。「その力がイデアを消滅させるための鍵?とかだっけ」


 ノンの言葉に総統がうなずく。


「そう。全ての遺跡を発見し、それらを開くことができればイデアをこの世界から消し去ることのできる力になる。とても大きな力だよ」


 総統が地図の上に手をかざすと、置かれたコマが淡い光を放った。


「これは遺跡のある場所を示したんだ。直接視認できていないところもあるけどね」


 かざした手を撫ぜるように動かすと、「玄」「蒼」「陽」「陰」に置かれたコマから光が消えた。


「この光っていないところは、封印を解いてある遺跡だよ」

「封印?」とノンが首を傾げた。

「そこまでは思い出せてないか?」隊長が苦笑し、視線を僕に投げた。「倫、お前は覚えているだろう?」


 説明してみろ、ということだろう。

 学生の頃は少し荒れていたものの、勉学については魔術系の実技がいまいちな分、座学の成績は優良の評価をもらえるよう努めていた。巡礼祭に関する知識もまだ頭の中に残っている。それらを引きずりだして、僕は口を開いた。


「巡礼祭で巡る遺跡には封印が施されていて、それを解くためにはその資格を持つ者が赴く必要がある……という話でしたね」

「ちゃんと覚えていたな、感心感心」


 笑ってそんなふうに褒められると、なんだかこの国に来たばかりの頃を思い出して、少し頬が緩む。隊長は昔から褒めて伸ばす派の人間だ。

 総統が僕の言葉に次いで、説明する。


「そう、資格のある者が必要なんだ。けど、誰でも資格を持っているわけじゃない。かといって、それも無く遺跡を無理やり開けることはできない」

「でもそれ……」とノンが訝しむ。「全部開けるのに相当時間かかるんじゃ?」

「まあ、砂漠の中にある一粒の宝石を手で探り出すようなものかもね」総統は自嘲的に笑う。「千年経って、まだ三度しか巡礼祭は行われていないから。実際時間はそれなりにかかっている」

「そして今年、四度目の巡礼祭をするってわけね」


 ずっと黙っていたリアンがそう言った。総統はそれにうなずく。


「うん、今年は何人か、資格のある者を見つけられたんだ」


 ……なんとなく、話が見えてきた。これまでの話からすると、僕らはその旅の警護をするとか、そういうことだろう。もしくは、僕たちの中にその資格のある者がいるとか。まあ、そうだとしても、僕ではないな。リアンなら納得かもしれない。彼女は僕やノンより、もっと言うと隊長たちよりも強いのではないだろうか。リアン自身は何故かそれを隠しているような節があるが、それが資格を持つ者ゆえの力だとすれば合点がいく。

 だが、僕の予想はあっさりと否定されてしまった。


「そのうちの一人が、キミなんだ」


 総統の瞳は、真っ直ぐ僕を見つめていた。

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