四話 再戦
倫の足音が遠のいて聞こえなくなると、リアンは守りの姿勢から攻撃の姿勢へと切り替えた。
「じゃあ、死なない程度にはやらないと」
襲いくる主力の大きな手と、こちらの体を絡めとろうとするいくつもの小さい触手のような手を、大剣を大きく振って払い退ける。そしてその一瞬の隙を突いて、巨体を支える前足を横薙ぎに斬りつけた。
支えを失った胴体がズシンと大きな音を立てて地面に落ちる。怯んで攻撃態勢が崩れた主力の手に向かって飛び、大剣を振り上げた。
斜め上から下に斬り込まれ、そしてまた下から食い込ませ切断し、指を全て切り離した。
リアンが地面へ着地すると同時に、切断された指も黒い血を吹き出しながら地面へと落ちるはずだった。
リアンはその光景を目に焼き付けるように凝視した。
まるで時間が巻き戻るかのように、黒い血と指は元の位置へと引き寄せられていった。リアンの大剣に付着した血も同様だった。
「再生能力……」
そうとしか思えない。
既に目の前の怪物は、斬る前と寸分違わぬ姿でリアンの前に立ちはだかっていた。
あまりにも厄介な相手だ。思わず眉間にしわが寄ってしまう。
襲いくる手の大群を避けながら、リアンは考える。
再生能力があったとしても、その核を壊せばいいはずだ。だが、倫が。あの化け物の弱点を確実に見抜く能力を持つあの同僚が、そんなことに気付かないことがあるのだろうか。
核が一つではなく複数だったとしても、彼は気付くはずなのだ。先ほど倫が倒した時には、確かに生きているような気配は無かった。だとすれば……
そこまで考えた時、炎の向こう側から何者かが叫んだ。
「リアン、避けてくれ!」
その声で素早く察知し、声の方向から化け物までの軌道を開けるため、リアンは勢いよく大剣を振り地面に突き刺し、反動で体を飛ばした。
それとほぼ同時に、魔術陣が展開する気配と砲声が鳴り響く。
高速で放たれた魔砲が、化け物の身体を貫く。胴体に子ども一人はゆうに入りそうな大きな穴が空いた。辺りに黒い血が飛び散り、巨体が不安定にぐらついている。
燃え盛る炎の奥でまだ原型の残っている民家の屋根からこちらを見下ろす人物を、リアンは見上げた。
「特討二番隊ノン、ただいま参上!ヒーローは遅れて登場するってね!」
金髪に濃紺の軍服。同僚のノンがいた。手にはいつも彼が使う、魔弾も実弾も撃つことができる複数種類の弾丸を装填可能な可変式大型銃器が握られていた。リアンの大剣と変わらないような大きさだ。威力は今の一発でじゅうぶんに伝わる。
彼もリアンの戦闘能力の高さを知っていての行動とはいえ、あれにほんの少しでも当たっていたらかすり傷では済まないだろう。とはいっても、防御魔術を得意とするリアンにとってはそもそも当たらないことが前提だ。警告を発してくれた分、魔術を使う必要もなかった。
リアンは立ち上がって大剣を持ち直した。
「何がヒーロー?こっちは殺されかけたよ」
ジョークのつもりで言ったが、ノンは慌てた様子で謝った。
「わ、悪い悪い!倫の通信を聞いて、ヤバそうな状況だと思って急いで来たんだ。まあ、全然追いつかなかったけど」
そう言ったノンの後方から複数の足音が近づいて来た。黒い軍服に身を包んだ者たちが銃剣を携えて駆けてくる。
増援だ。
通常部隊が来たらしい。
黒い怪物は、ゆっくりと再生を始めている。増援をもってしても、これを倒すことは可能なのだろうか。数で圧倒して、再生を妨げることはできるかもしれないが、核を破壊しなければ終わらない。
リアンは横列に並び始めた軍人たちの射線に入らないよう後退した。
これから長い攻防が始まる……そう思っていた。
だが、そうはならなかった。
通常部隊による射撃が始まろうとしたその時、怪物は黒い霧に包まれた。
「何?」
目を凝らして様子を伺う。何も見えない。
そして次の瞬間には、朝日に照らされて立ち消える幻のように、怪物は消え去っていた。
「な、なんだ!?」
「どこへ消えた?」
「警戒を怠るな、まだ近くにいるかもしれない!」
軍人たちがどよめく。銃剣を構えたまま、辺りを必死に見回している。
リアンも周囲に目を配るが、その姿は無く、それどころか気配も感じない。視界を高い場所に移そうと思い、ノンが立っている家屋の屋根に飛び乗った。
「リアン、見たか?」
「うん、消えたね。気配もしないよ」
「特殊能力か?持っていても今まで一体に一つの能力しか持っていなかったよな」
「再生能力か……このタイプは初めてだ」
「報告しないとな。でもまだ近くにいるかもしれない。通常部隊も散開して捜索し始めてるし……そういや、倫は?」
「……通信が届かない」
左耳の通信機に手を当てて、倫へ通信をかけようとするが、通じない。
「え?故障でもしたのか……さっきまでこっちにも届いていたんだけどな。敵はもういないみたいだけど、まずいんじゃないか?森の中に入っていったんだよな」
「探してくる」
言い終わるか否かという間に、リアンは屋根から飛び降りて倫たちが向かった方へ走り出した。大剣を持ったままでは邪魔で仕方がないので、収納魔術で武器はしまっておく。
「見つけたら知らせてくれよ!」
ノンの声に短く返事をして、森の中へと足を踏み入れた。
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