二話 救出

『偵察部隊六より連絡。玄の国から南西に約50キロ地点にある集落付近にて特殊型イデアの出現を確認。現地付近にて転移用術式を展開済。国内待機中の特化討伐部隊員は現場に急行せよ』


 男は通信機から再三の報告を聞きながら、暗い森の中をひたすらに駆ける。

 腰に巻かれたベルトは双剣とその鞘を支え、両腿のホルダーには銃器が一丁ずつ装備されているが、そんな重みなど無いかのように男は全速力で走っている。男が木を避けているのではなく、木の方が男を避けているのでないかと錯覚するほどのスピードだ。

 偵察部隊の詳細な位置情報を待つよりも己の直感を信じ、出来うる限りの最短ルートで敵のもとへひた走る。男には敵がどこにいるのか、視界に捉えずともはっきり分かっていた。

 炎の赤色が近い。煙と血の匂いが濃くなっていく……敵の居場所はその中だ。

双剣を鞘から抜き取り、魔術陣を展開させる。緑色の紋様が腰のあたりを中心にして円形に浮かび上がる。植物の草花のような、それでいて少し歪な紋様だ。それが発動すると同時に跳躍する。

 発動させた魔術は、身体の能力を飛躍的に向上させる強化型の魔術だ。通常の跳躍では不可能な距離を飛ぶことができる。男の体は瞬時に数十メートルも上に移動していた。

 上空から見下ろすと集落全体が火の海に包まれており、現場から生存者の発見は見込めないと早々に判断できるほど無惨な状態だった。ほとんどの民家は倒壊しており、悲鳴さえ聞こえない。既に逃げたのならば、そこから先は別働隊の仕事だ。


 今は敵を殲滅することに集中しよう。それこそが自分の役割だ。

 敵の位置はすぐに分かった。巨大な影はここからもよく見える。それと同時に、その影の向かう先に人がいることに気がついた。

 急ぎ空を蹴り、敵の位置へ飛んでいく。

 ぐっと視覚に意識を集中させ、敵の様子を素早く観察する。無数の手が見える。あれには見覚えがあった。過去にも出現した記録が残っている。

 敵がこちらに気付いていない状態ならどの部位を狙うのが確実か。胴に突っ込むのは危険だ。あの手は攻撃力については大した脅威にならないが、数が多い。捕らえられては逃れることが難しい。頭部と思われる最も大きい手に潰されかねない。そう、一番危険度が高いのは頭部の巨大な手だ。上空からなら胴体と頭部の接合部分が丸見えになっている。狙いは決まった。

 武器を構え、落下の勢いにまかせ、そのまま刃を振り下ろす。魔力を帯びた双剣は暗黒の肉塊を容赦なく切り裂き、切断した。どろりとした黒い液体を散らしながら、頭部の巨大な手はズシンと音を立てて地面に転がった。

 敵の生命反応がゆっくりと失せていくのを男は感じ取った。念のため、胴体も切り裂いておく。周囲を見渡して、他に敵がいないか確認をしてから、左耳の通信機に手を当てて報告をする。


「……こちら特討一番隊、特殊型の討伐を完了した」

「……了解。そちらに通常部隊も向かっている。生存者の捜索に当たれ」

「了解した」


 男は報告を完了し、魔術陣を消す。背後に己を見る視線を感じて、男は振り返った。


 男の様子をじっと見ているのは、怪物に襲われていた少年だった。

 少年は震え、怯えていた。何か言おうとしても、言葉にも音にもならずはくはくと口を開閉している。

 だが、目だけは自分を救ったその人間を凝視していた。

 男は新緑の木々のように青々とした緑の髪をしており、それに合わせたような緑の軍服を着ていた。腰から下げられた黒いベルトは背面の鞘に繋がっている。そこに納められるのであろう双剣は、今は男の手にある。片方はナタのような形状だが、もう片方はギザギザとした刃をしている。両方とも、化物から溢れ出た黒い液体でベットリ濡れている。

 男は双剣を振って汚れを払った。そして双剣を鞘に納める前に周囲を注意深く見渡し、仕舞った。

 少年はそれと同時に幾分かの安堵を得た。依然、化物の巨大な死骸がその背後にあるものの、男の体から発せられていた殺意が双剣と共に仕舞われたような気がしたからだ。

 立ち上がろうとしてよろめく少年の体を、男が支えた。


「怪我は?」


 男の短い問いかけに、少年はなんとか声を出して応えた。


「だ、大丈夫……」


 男の腕に支えられながら、少年は立ち上がった。

 男は少年の体を一瞥し、どこにも怪我が無いことを確認した。すると少年の背後に立ち並ぶ木々の向こうで、ガサガサと音がした。


「そこの二人」


 咄嗟に振り向くと、そこには赤い軍服に軍帽を被った女がいた。軍帽の下から下がる髪も同様に赤みがかっていて、民家を燃やしている炎に照らされてさらに赤く輝いていた。手には女の身長を越える大剣が握られており、それを軽々と持ち上げられるほど女は怪力のようだった。

 また化け物が来たのかと、少年は恐怖し身構えていたが、違ったようだ。


「リアンか」


 男は赤い軍服の女のことを「リアン」と呼んだ。色は違えど似た形の軍服を着ているのを見ると、やはり同じ軍人であることには間違いないようだ。よく見ると、男の胸と赤い女の軍帽には同じ金の飾緒が着けられている。

 リアンは慌てた様子でもなく、必死な様子でもなく、淡々とした態度だ。つまり無表情で、何を考えているのかわからない顔をしている。


「倫、その子は生存者?」


 リアンは男のことを「りん」と呼んだ。少年はその名前を口の中でつぶやいてみたが、言い慣れない発音だったからか、聞いた通りの音にはなりそうもなかった。

 リアンは少年と倫の方へ近づこうとして、無表情だったその顔をわずかに崩した。


「うしろ」

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