序
一話 襲撃
真っ赤な炎が、ごうごうと燃えている。
その小さな村には、その小ささにふさわしい数の村人たちが穏やかに暮らしていた。畑を耕し、家畜を飼い、時には狩りをし、家で暖かな食事を摂り、子どもを育て、明日が来ることを信じて疑わない日々を過ごしていた。
だが、その日々は終わりを告げた。毎年美味しい野菜や果物が採れた畑は無惨にも踏み荒らされ、先日仔牛が産まれたばかりだった家畜小屋は檻が燃え上がり火に包まれ、狩りの道具は最後の最後に役目を果たすことなく壊れ、家族が団欒に過ごしていた家は元の形を想像できないほどに破壊され、村人たちは死んだか、なんとか逃げおおせたかのどちらかで、もう村には生きた者は存在しない。
そう見えてもおかしくない惨状だ。
だが、一人だけいた。
年齢が十に満たない幼い少年。道端に倒れているその小さな命も、もうすぐ奪われようとしていた。
少年の目の前には手があった。それもただの手ではなく、大人の体をすっぽりと手のひらに握れてしまうような大きさの、真っ黒な怪物の手だった。
手以外の部位も全て手でできている。前足も後ろ足も、胴体も頭も、全てが黒い手で構成されている。胴体部分から生えている無数の手がうごうごと蠢いていた。頭部と前足後ろ足の手は一際大きく、そして指の先は鋭く、人の体を簡単に貫けてしまえるような鋭利さを持っている。事実、怪物の指先には血が滴っていた。
「……ぁ、ああ……」
震える声が漏れる。少年は尻餅をついてその怪物と向かい合っていた。
当然、戦うためではない。逃げようとしても恐怖で腰が抜けて動けないがため、そんな状況に置かれている。
この村で生きているのはその少年ただ一人だ。そしてその少年が死ねば、怪物の破壊行為はひとまず完遂されるだろう。
「誰か……」
震えながらもどうにか絞り出された声は、誰にも届かない。
怪物は生ける者を殺すべく、じりじりと少年へ近づく。
少年は後ずさろうとしても、腕がうまく動いてくれない。だが、口だけはまだどうにかできそうだった。
「誰か……誰か助けてッ!」
悲鳴のように上げた声と同時に、怪物の腕が振り下ろされた。
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