幕間


 安藤千雪あんどうちゆきは迎えに来た母親に連れられて病院に行った。自分の身に何が起こったか。それを彼女は、母にも、医師にも、看護師にも言えない。知っているのは自分と、6年生の佐山優花だけ。誰も信じない。開いてはいけない本を開いてしまったがために、こんなことになっているなんて。

 検査の結果は異常なし。胃薬と整腸剤を出されて、彼女は帰宅した。夕飯にはうどんが出た。食べる気がしなかった。また吐いてしまって、それが白い麺ではなく、また黒い文字だったらどうしよう。

「お薬飲むから、ちょっとでも食べないと」

 母親に説得されて、彼女は半分だけうどんを食べた。明日は学校を休んで寝てなさい。そう言われて、頷くと、風呂に入って部屋に戻った。

 ドアを開けると、ざわ、と何かが蠢く音がする。泣き出しそうになった。この部屋で寝たくない。だが、両親に言えば理由を問われる。信じて貰えない。それに私はいけないことをした。持ち出し禁止の本を持ち出し、更には、表紙に貼られていた「開封禁」の忠告も無視して開けてしまった。

 悪いことをした。だからバチが当たったんだ。

 千雪の目から涙が溢れた。フローリングの床に落ちてかちりと音を立てるそれは「涙」の文字で。千雪は声を殺して泣きながら布団に入った。


***


 水戸香苗みとかなえは唇を噛んだ。ない。この小学校の蔵書目録データベースを「貸し出し禁止」で検索して、ヒットした結果を印刷して図書室で照らし合わせたが、貸し出し禁止の本は全て揃っている。安藤千雪は何の本を持ち出したと言うのだ。

 ふと、彼女は棚の前に小さな黒い粒が落ちているのを見付けた。そっと指先で摘まんで拾い上げる。そして息を呑んだ。

「司」の文字が落ちていたのだ。驚いて指先の力加減を謝った。彼女の指の間で、文字は砕けて黒い煤になり果てる。

「何これ……」

 呆然としてそれだけ呟くと、彼女は身震いをした。

 安藤は何を持ち出したのか。佐山なら知っているだろうか。明日聞いてみよう。彼女はそう決めると、足早に図書室を後にした。

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