秘密(3)

 先生たちを連れて戻ってくると、安藤は佐山に抱きしめられたまま泣いていた。2人の足下には、半分以上が崩れた黒い文字が山になっている。安藤の口からは、今もまだぽろぽろと文字が落ちていた。

「ホントに文字だ…」

 片桐が呆然としてそれを見る。水戸先生と立川先生は自分の目を疑っているようだ。

「あ、安藤さん、大丈夫?」

「せんせぇ……」

「とりあえず保健室に。歩けますか?」

 立川先生が手を差し伸べる。佐山が手を離した。安藤は立川先生の手を掴んで立ち上がると、むせながら保健室に連れて行かれた。

「なんなのこれ……」

 水戸先生は小さな声で呟くと、ポケットからスマートフォンを取り出した。生徒が文字を吐いた、だなんて、誰も信じてくれない。証拠写真を撮るのだろう。何枚か写真を撮ると、先生は俺達を促して校舎に戻った。

「先生、俺、2人の話盗み聞きしちゃったんだけど……言ってもいい?」

「図書準備室で聞きます」

 先生は頷いた。


 安藤を立川先生に任せ、片桐と佐山に帰るようにと言いつけると、職員室に寄って校長先生に何か話してから、先生は俺を図書準備室としょじゅんびしつに連れて行った。

 図書館の後ろにある図書準備室。本があるわけではない。文房具とか、予備の貸し出しカードとか、予備の日誌とか、そう言うものがしまわれているようだ。先生は準備室の椅子を引いて俺を座らせた。

「じゃあ、教えてもらっていい?」

「はい」

 俺は校舎裏で見た一部始終を先生に話した。持ち出し禁止の本、と聞くと、先生は図書室の方に視線をやった。後で確かめるつもりだろう。

「そしたら、安藤が突然吐いて、俺はただのゲロだろうって。佐山に責められて気持ち悪くなったんだろうって思ったらそれが黒いゲロだったから……びっくりして慌てて見に行ったら文字だった。それで先生呼びに行った」

「そうだったんだ……」

 先生はため息を吐いた。

「大変だったね。高見沢くんがいてくれて良かった。ありがとうね」

「いいえ。それで先生、持ち出し禁止の本ってあるんですか?」

「あります。大きな図録とか、そう言うものね。1番奥の右側にある棚がそれなんだけど」

「なくなってる本って…」

「ちょっと見てみようか」

 先生はそう言うと、俺を連れて図書室に戻った。外はすっかり暗くなっている。暖房の音だけがする。

 初めて図書室を怖いと思った。文字を吐かなきゃいけないような何かが、ここにずっとあったのだ。先生はテーブルの横を通り過ぎて、1番奥の右側にある棚の前で立ち止まる。

「ここ」

 そう言って先生が指さしたところには、確かに赤い「持ち出し禁」のシールが貼られた、分厚い本がずらりと並んでいる。持ち出そうにも、こんなに大きくてはランドセルに入らない。道具箱よりも大きい。防災頭巾のバッグに入れて、抱えて持って帰るしかない。

「安藤、どうやって持って帰ったんだろう」

「わからない。この前佐山さんがおやすみした委員会の日に持って帰ったんだとは思うんだけど……鍵を返しに来たとき、安藤さんはこんなに大きな本は持っていなかった」

「じゃあ……」

「もっと小さい本だったのかな? でも、他にそんなに小さい貸し出し禁止の本……ちょっと目録もくろくを見るね」

「目録?」

「図書室の本が全部載ってる本があるの。パソコンでも見られるから、パソコンで見てみるね」

「すごい。そんなのあるんだ」

「たまに、ちゃんと返ってきてるかチェックしてるんだよ」

「そうなんだ……先生も大変だね」

「仕事だからね。みんなにだけ任せることはできない。先生がやらないといけないことはある。じゃあ、明日結果を教えるから、今日はもう帰りなさい」

「はい」

 確かに、帰らないとまずい時間だ。母さんが仕事から帰ってくる前に家にいないと心配される。図書館の本のせいでクラスメイトが病気になったなんて知ったら、母さんはきっと怖がるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る