第2話

「……とこれでまず一通りの操作は以上です」

「なるほど……」

 そう言いながら彼がメモを取っていく。

(うーん、真面目だなぁ……)

 私自身、よくないのだろうがメモを取ったことなんてなかった。大抵の事はやっているうちに覚えてしまうし、書いたところでメモを見た試しがないのだ。よくないということは分かって居るのだけど。

(というかやっぱり好青年……ここまで完璧だともはや何かありそうで怖いなぁ)

 アニメとか小説とか、だいたいこういうタイプが最後裏切ったりするもんだし……といったなんとも偏りまくっている知識から、私は頭を抱えた。

 でもそれはそれ、仕事は仕事、だ。

「実際にレジを打ってもらいたいんですが、今はお客さん待ちですかね」

 時間帯的にお客さんが少ない時間のため、いったんそこで説明を止める。こういうのは実際にやってもらうほうが早いのだ。

「あの、花崎さんって長いですよね?」

 黒原さんがこちらを見てそう質問してきた。

「え、あーはい。もう三年はここでバイトさせていただいているんです」

 自分で言うのもなんだけれど、こうしてみると本当に長いなと感じる。実感は全くないのだけれど。

「やっぱり長いんですね……僕よく花崎さんのこと見ていたんでどれくらいかなと思いまして」

「え……はい?」

 すごく間抜けな声が出たと思う。出たと思うけど仕方ないことだと思う。

(見ていた……見ていたとは?)

「あ、お客さんとしてですよ! ここによく来るのでっ」

「あ、いえいえ大丈夫です、分かってますからー!」

 何を思ったのか黒原さんがあまりに慌てた様子で言うので私も釣られてあわあわとする。

(ん〜まぁ薄情だけれどお客さんの顔はなかなか覚えられないからなぁ……)

 よくお客さんから挨拶をされる。その度に心の中で謝りながらもお礼を言っているのだ。覚えてもらえるのは少しだけ嬉しい。

(それにしても、うーんやっぱり……)

「黒原さんって、失礼かもですが学生さんですか?」

「え?」

 思い切って気になっていたことを聞いてみることにした。幸いにもまだお客さんはレジに来そうにない。

「あ、いえ。その色々と職を転々としてるんです」

「へぇ、面白いですね」

 今時そのような職の就き方もあるのだろう。知識としてはあったが、実際にそのような人を見るのは初めてだった。

「僕自身、一人暮らしで転々としてるんで面白いですよ」

「それ絶対楽しそうですね!」

 一つの所に縛られないでいろんなことを経験するのは楽しそうだ。

「ところでこのお店を選んだ理由とかあるんです?」

「それは……」

(ん?)

 何故だかふいっと目を逸らされてしまう。

(もしかしてこれ、地雷だった……?)

「すいません! その、話したくないとか事情があるようでしたら言わなくても大丈夫ですので!」

 興味本位で聞くべきことではなかったかもしれない。もっと考えて発言するべきだったと後悔をした。

「あ、いえ違うんです! あのぉ……店長には話したものの、いざ話すとなるとその……」

 それにしては様子がおかしい。

「……えっ、と? 言いにくいなら……」

 しかし彼は息を吸って、吐いて、こちらを見て口を開いた。

「いえその……花崎さんがいつも笑顔でレジされていたので……ここに来たんです」

「……は、い?」

 今度は私のほうが戸惑う番だった。

(ってこれか! 店長がニヤニヤしてたのって!!)

「ですのでここに来たんです……ってそのすいません! 変な人ですよねこれ!」

「い、いえいえ全然大丈夫です!」

(大丈夫じゃないです! なんて言えるか!!)

 正直どう反応するのが正解なのか分からない。

(こんなベタ展開があるとか知らないってばぁ……)

「その、本当気にしないでください。あとその敬語も大丈夫ですから。私年下ですし」

 とりあえず敬語はなんとかしてほしい。そう思って提案したものの

「とんでもないです!」

(って一刀両断!?)

 が、ここで下がる気つもりもない。

「いやいや! そこはお願いしますって、気にしませんから」

 もう一押ししてみるも

「タメ口で花崎さんと話すなんてそれこそありえませんから」

「私はアイドルかなんかでしょうか!?」

 思わず突っ込んでしまった。

(あ、やばっ……)

 さすがに気安すぎただろうか。

 すると真剣な目を浮かべられ一言。

「僕からしたら同じようなモノです」

「……え」

(……ええ?)

「ってあ、花崎さん。お客さんです」

「え、あ、本当だ。レジに向かってきますね……お願いします」

「はい、やってみます」

 ニコッと微笑まれると人懐っこい顔でお客さんを見、対応する。その姿は見事で、これこそもう教えることはなさそうだ。

「すごいですね、黒原さん」

「いえいえ、まだまだですよ。なのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「あ、いえこちらこそです」

 もう私には何も教えることはないと思いますけどと言いたい気持ちを抑えて、頭を下げる。

「それとですね……その」

「はい?」

 私を探るように黒原さんがこちらを見る。もう何を言われても驚くことはないだろうと次の言葉を待った。

「花崎さん。僕とお付き合いをしていただけませんでしょうか?」


ーー前言撤回。それは今日一番驚いて、そして一生で初めて心臓が跳ねた瞬間だった。

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