好青年には裏がある
咲華
第1話
「ありがとうございましたー」
私、花崎香音(はなさき かのん)はレジのスキャナーに商品を通して、お釣りを渡し、定型文の挨拶を笑顔で言う。
ここでアルバイトをしておよそ三年……高校一年生からずっと働いているからか気が付けば(同僚が一人いるとはいえ)バイト生の中で一番古参になっていた。今では有能な後輩たちも増え、嬉しい限りである。
「先輩、すいません、これどうやるんでしたっけ?」
「あ、これはね……」
そんな後輩に呼ばれ、レジの画面をのぞき込む。確かに複雑な処理だが覚えてしまえばなんてことない。
「あっありがとうございます! 助かりました」
「いえいえー」
その処理よろしくね、と付け加えて、自分の仕事に戻ろうとする。その時インターカムから店長の声が聞こえた。
「花崎さん、バイトのシフトについて相談があるんだけれど……」
(ん?)
このお店のアルバイトのシフトは私が組んでいる。その関係で呼ばれるのもまたよくあることだ。
「あれ? シフトって、もう確定してませんでしたっけ?」
同じ言葉を聞いていたのだろう。後輩くんがコテンと首を傾げた。実際彼の言うとおりで、来月のシフトはもう確定版が出ていて、最終調整も終わっていたはずだ。
(「急用が入って休みが欲しいんですけど〜」とかっていう話も聞いていないし……)
店長のもとへと連絡があって、私のほうへと伝達がうまく行っていなかったとかだろうか? そこまで考えて、いやぁと首を振った。今までアルバイトは例外なく私に連絡を入れてきたのだ。話しやすいとかよく言ってもらえることもあり、言いにくいということもきっとないだろう。
「はーい、今行きます」
不思議に思いながら応答し、私は後輩にレジを任せて事務室へと向かった。
「あれ?」
事務室へ入ろうとドアノブに手をかけて、私はぴたりと止まった。ドアにはガラスがついており、部屋の中を外から見ることが出来るのだが……
(誰だろう?)
中には店長ともう一人、男性が立っていた。外見は若そうな青年だ。若そうとはいえ私よりは年上に思える。
(学生さん? とも思えないし……)
見た目も雰囲気も大学生より上に見えた。
(じゃあ外部の人? 取引先とか他の店舗の人とか)
そう考えてみるも、彼の服装は私服だったので違うだろうと判断する。
(これは入ってもいいのかな?)
しかし私も呼ばれた側である。邪魔だったら一言無線通信が入っていてもおかしくない。
そこまで思案を巡らせて私はようやくドアを押した。
「あ、ごめんね花崎さん」
こちらに気づいたのだろう。店長が声をかけてきた。隣に立っていた青年もこちらを向き、私に人懐っこい表情を向けてくる。
(よかった、大丈夫だったみたい。それにしても雰囲気がすごく好印象というか)
それに安堵しながら、話してもいいだろうか店長に目伏せをした。
「花崎さん、さっき話した件なんだけど」
「あ、シフトの件ですよね?」
「そうそう。あ、でもその前に」
店長がスッと隣の青年に視線を送る。
それが合図だったのだろう。彼はコクンと頷くと
「はじめまして、新しく入った黒原真純(くろはら ますみ)と申します。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてそう自己紹介をされた。
「え、あ、初めまして。花崎です。よろしくお願いします」
慌てて私も頭を下げる。自己紹介をするということまで頭が回っていなかったことが少し恥ずかしい。
それにしても
(すごいなぁ)
仕草といい、雰囲気といい、態度といい、言葉遣いといい、声の高さといい……
(なんというか、非の打ち所がないくらいのTHE好青年じゃ……?)
あまりの完璧ぶりに思わず感動を覚えてしまう。周囲の人が悪いわけではないのだけれど、それでもどこか嬉しいものだ。
(でも新しく入ったって……中途採用の社員さんかな?)
学生には見えないことから、アルバイトではないだろう。
……でも、だったとしたらどうしてここに私が呼ばれたのだろうか。
「でね花崎さん。黒原さんに仕事教えてほしいんだけれど。シフトもそれに合わせて調整してほしくて」
「……ん?」
いや待って、ちょっと待って。
言われた言葉が理解できない。今、私が仕事を教えるとか言いました?
「えっと店長。失礼かもですが、黒原さんに私が教えることなど何もないかと。私なんて、ただのしがないバイトですし」
「いや、一番仕事出来るでしょ花崎さん」
「いやいや、あのですから私レジ……というかカウンター業務しか出来ないんですって。社員さんのやる仕事はからっきし理解できてないですよ?」
このお店では社員とアルバイトでは行う仕事内容が違う。
社員が何をしているか理解はしているのだが、実際にやろうとなると難しい。というか出来ない。
「あ、なるほどね」
クスクスと店長が笑う。
「黒原さんはバイトだよ」
「……はい!?」
一瞬、聞き間違えたかと思ったが、どうやら聞き間違いではないようだ。
(この好青年さんが!?)
もしかして社会人に見える学生さんなのだろうか?
(だってそうじゃないとこんな人がここにいる意味が分からないというか……)
正直どこでも彼はウケがいいはずだ。会社が欲しい人材そのものだとも思う。就職とか転職とかすぐに決まりそうな感じ。
(なんか、訳アリなのかな?)
そんなことを考えていると彼が手を差し出してきた。
「よろしくお願いします、花崎さん」
「あ、はい、頑張ります」
返事をしながら握手に応じる。
(ってその台詞は私の台詞じゃないでしょうがぁ)
何が頑張ります。なんだか。
年上に教えるだなんておこがましい。という気持ちをなんとか抑え込んで、私はニコリと笑った。
「じゃあ僕、着替えてきますね」
「はーい」
店長が軽快にそう返事をすると彼、黒原さんが事務室から出て行く。
「ふふっ」
チラリと店長を見ると彼がニヤニヤと優し気に笑っていた。
「……あの、なんでこっち見て笑ってるんですか?」
「いやぁ? 実際本人から聞いた方がいいと思うよ」
「え、ええ??」
(何のことだろう?)
どこか気になりながらも、私もカウンターへと戻っていった。
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