第7話

「一応無理だと思うけど言っておく。あの獲物は俺の物だ。手を引け」


「逃がして何を企んでいる?」


「私達がノーと言ったら、どうするつもりよ」


「強制的に退場をお願いする」


 鞭が更にカルトの体に食い込む。引き絞られた鞭は、テンションを最大限にまで高め、解放される時を待っていた。


「決まっているだろう」


「答えは、ノーよ!」


 二人が動いた瞬間、赤燐の鞭が唸りを上げて放たれた。カルトの体を中心に螺旋を描きながら、赤燐の鞭は周囲の木々を、岩を粉々に粉砕し、放射状に広がった。凶悪な力を秘めた赤燐の鞭を、信明もメイも上に飛んで躱した。


 信明の手から青い雷光が放たれた。大気を切り裂き、倒れた木々を削りながらカルトに迫る。


「フィールド!」


 龍因子を純粋なエネルギーの刃に変え、体の周囲を高速回転させる攻防一体の結界だ。信明の放った雷光は、フィールドの回転に巻き取られ後方へ弾き出される。


 フィールドを解いたカルトは、信明に詰め寄る。続けざまに放たれた雷光を無造作に振り払った左手で消失させると、右手に持った赤燐を振るった。


 信明は回避行動を取るが、蛇のようにしなやかに動いた赤燐は逃がさなかった。


「グゥッ!」


 信明の簡易結界を容易く破壊し、赤燐の鞭は信明の体に打ち付けられた。巨大な手に叩き落とされるように、信明は地面に叩きつけられ斜面を転がり落ちていった。


「カルトォォォ!」


 ジャンプした勢いをそのままに、メイが襲い掛かってくる。手にしていたナイフを投げつけるが、カルトは左手でナイフを叩き落とした。


「禍津日『闇払い』!」


 メイの右手が巨大化した。五本の指が身の丈ほどに長くなり、その一本一本が巨大な鎌へと変化した。


 凶悪な力を秘める土色の鎌。形状は鎌だが、それは生きているかのように有機的だった。実際に闇払いは生きているのだろう。鎌の刃に当たる部分には大きな一つ目があり、五つの目がカルトを見つめていた。


「禍津日を出したか」


 第三種生命体を取り込み、武器とする禍津日。カルト達ハンターにとって、それは外法と言っても良い手段だった。禍津日はとても不安定で、長時間の使用は使用者の肉体と精神に大きな負担を掛ける。


「負けるわけにはいかない! 私達に敗北は許されない!」


 メイは吠えながら躍りかかってきた。闇払いが振られるが、カルトは身を屈めて躱す。頭上を過ぎ去った闇払いは、カルトの背後にあった岩と木を豆腐のように切り裂いた。


「躱してんじゃ、ねぇーーー!」


 ツバを撒き散らしながら、メイが襲い掛かる。見開かれた目は血走っており、闇払いに浸食されたと思われる土色の筋が首筋まで達していた。


「さっそく精神汚染が始まったか……」


 唸りを上げて闇を切り裂く赤燐。真紅の残光を残す攻撃を、メイは紙一重で躱す。


 メイの龍因子は爆発的に高まる。龍因子に比例して、メイの動きが速くなる。腐葉土を蹴散らしながら、カルトの周囲を飛び回ったメイは、今度は頭上から闇払いを振り下ろしてくる。


「お前のようなヤツ、このワタシがぁーーー!」


 叫びながら振り下ろされる闇払いだが、その五本の刃はカルトに届く前に静止した。先ほどメイに放った鞭が近くの木を軸にして回転し、闇払いの刃を絡め取っていた。


「メイとかいったか。アンタ、禍津日に取り込まれ掛かっている。禍津日を解除しろ」


「知ったことかァァァ! お前さえ、オマエさえいなければ! ワタシは、ワタシハ コロサズニスンダノニ」


 メイは唾を撒き散らしながら、意味不明な言葉を叫んだ。


 左手で赤燐を払い除け、再び闇払いを凪いできた。


「紅蓮!」


 闇払いが振り払われるよりも早く、カルトの魔法が発動した。龍因子を炎に変換した『紅蓮』。強大な熱量を秘めた炎は、触れる物全てを炭化させた。直撃すればメイの命にも関わる攻撃。だが、紅蓮に触れるよりも前に、信明がメイの体を抱えて距離を取っていた。


 草木が萌えた酸味のある匂いに、焦げた肉の匂いが混じる。立ち上る煙と水蒸気の向こうから、低い呻き声が聞こえた。


 急な斜面に、信明とメイは倒れていた。メイのスーツは少し焼け焦げていたが、目立った外傷ははない。だが、信明の左腕は直撃でないにしろ、紅蓮の一撃を受けてほぼ全てが炭化していた。炭化した腕に走るヒビの下には、赤と白が入り交じった筋肉が見え隠れしていた。


「カルト……!」


 歯を食いしばり、信明は立ち上がる。目を血走らせ、顔の半分まで土色の皮膚をしたメイも立ち上がる。メイの口はだらしなく開かれ、唾液がボタボタと流れ落ちていた。怪我をしてまで自分を救ってくれた信明のことなど、眼中にない様子だ。


「過去のトラウマや憎しみを増幅させて力を得る禍津日か……。そうまでして力が欲しいかね?」


 蛇のようにの鎌首をもたげて相手の様子を伺う赤燐。カルトが赤燐の鞭を一振りすると、一瞬にして鞭から細い直刀へと変化した。


「そうさ、お前のようなヤツは分からないだろうな」


 怪我を負ってなお、信明の闘志は衰えていない。


「俺達は、お前のように持って生まれた者じゃない。どんなに努力しても越えられない才能の壁、神が生み出した武器を手にできるほど運もない。第三種生命体に大切な人達を殺され、憎しみだけを糧に生きている俺達が強くなる為には、この命をベットするしか方法がない」


 信明が体を震わせる。焼け焦げた腕から炭化した指先がこぼれ落ち、ボタボタと血液が音を立て滴り落ちる。手を形成していた部位が歪んだかと思うと、肘から下が倍以上太くなり強大な銃口が掌に現れた。


「止めておけ。俺は禍津日を過度に使用して死んでいったヤツを何人も見てきた。実力の差は歴然、結果的にベカルドは消えて無くなる。お前達が手を引いたところで、誰も文句を言わない」


「ベカルドだと? そんな小物、どうでも言い。俺達は時忘れの龍を復活させるわけにはいかない」


「放って置いても復活する」


「ああ、それも知ってる。だが、それを復活させ、その力を自分の手中に収めようとしているヤツがいる。そいつの好きにはさせない」


 なるほど。タカマガハラの目的はベカルドではなく、その後ろ。時忘れの龍にあるようだ。どんな願いでも叶えるという龍の力を手に入れようとする者。彼らの狙いは、その何者かなのだ。


 このことをセリスは知っていたのだろうか。もしかすると、全てを知った上で邪魔者を排除しろとカルトに言ったのかも知れない。


「お前達のやりたいことは分かった。だけど俺も引けないんだよ。必要とあれば、その誰かさんを使ってでも時忘れの龍を復活させる必要がある」


 カルトの言葉に、信明は鼻で笑った。


「オマエは何も分かっていない。何もな。時忘れの龍が復活したら、大勢の人が死ぬ。それは誰にも避けれない。防ぎようが無いんだ。六年前に蒔かれた種が発芽したら、何百、何千という人が犠牲になる。だから、オマエをこれ以上先に行かせるわけにはいかない!」

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