第6話

「邪魔する者、ね……」


 ぼやいたカルトは、足元を走る二つの影を見下ろした。


 ベカルドに気付かれない為にプルソンの印を消して置いて正解だった。


 気配を消したカルトがベカルドを追い始めて二時間が経とうとしていたとき、どこからともなく二つの影が現れた。まるで、ベカルドが何処へ向かっているか分かっていて、待ち伏せしていたかのようだ。


 鬱蒼と生い茂る木々。そこを風のような早さで走り抜けていくベカルド。木の上を渡り歩くカルトに対し、足元の二人は凹凸の激しい地面を縫うように走っている。


(ふうん、なかなかやり手って訳か)


 木の葉の間から差し込む月光に取らされる姿。二人とも、見慣れた黒いスーツに身を包んでいた。ただし、胸元に輝くのは、警察のシンボルマークである旭日章だ。


「アイツ等、タカマガハラか……」


 独立している妖魔攻撃隊とは似て非なる存在、警察機構に組み込まれている特務隊『タカマガハラ』。タカマガハラは妖魔攻撃隊やハンターなどの不正を取り締まる組織だ。


 何故此処にタカマガハラがいるのだろうか。色々と思う所はあるが、タカマガハラが邪魔な存在である事に変わりはない。そもそも、カルトはタカマガハラが嫌いだった。彼らだけが所持する武器、『禍津日(まがつひ)』。それは、捕らえた第三種生命体を変容させ、自らの肉体と一体化させた忌まわしき武器だった。


 前方でベカルドが動きを止めた。足元の二人もそれに気がついたのだろう。囁き声が聞こえてきた。


「止まった。此処で仕留めるぞ」


「はい」


 二人の言葉を聞いた瞬間、カルトは木から飛び降りていた。


 最初からこうなることは分かっていた。相手がタカマガハラだろうと関係ない。セリスの言葉通り、邪魔する者は排除するまでだ。


「悪いけど、こっから先は通せんぼ。アンタ等二人には、退場してもらうぜ」


 カルトの出現に驚くことよりも先に、タカマガハラの隊員は攻撃を仕掛けてきた。


 男と女。人のことは言えないが、二人とも病的に痩せた体をしていた。絶妙なコンビネーションで、カルトの左右から挟み込んでくる。木々の隙間から差し込む月光に煌めくのは、四振りのナイフ。二人とも、両手にナイフを握り締めていた。


「死ね!」


 相手の素性も聞かず、男は殺意の込められた言葉と共にナイフを振ってきた。カルトは上体を僅かに反らしてナイフを躱すと、首本に迫る女のナイフを左手で受け止めた。更に二本のナイフがカルトを襲うが、その前にカルトの姿はその場から消えていた。


 身を屈めたカルトは、右手を地面につくと、両足を回転させるようにして近接するタカマガハラの胸を蹴り上げた。



 ドッ!



 乾いた音共に、男と女が同時に吹き飛ばされ、密生する木に強かに背中を打ち付けた。


「オマエ……!」


 胸を押さえて男が呻く。簡易結界内部からの攻撃の為。同じく龍因子で強化された肉体ならば、より多くの龍因子を持った方が優位なのは至極当然のこと。


 龍因子の大小は決定的な戦闘能力の差にはならない。


 セリスは口癖のように言うが、今回に限っては、龍因子の量も質も、戦闘術においてもカルトの方が優れていた。


 ヨロヨロと立ち上がる男女。肩で大きく息をした女から、激しい龍因子が発せられた。こちらの話を聞かずに臨戦態勢。なるほど、荒くれ者の集まりだけのことはある。


 一つ息をつき半身になったカルトは、左手首に巻いたミサンガを右手に持つ。それを一振りすると、幅が一センチにも満たなかったミサンガが、大きな鱗をつなぎ合わせた真紅の鞭へと変化した。


「アンタ等、特務隊タカマガハラか。だけど、退くわけにはいかない。ハンターのライセンスは殺しのライセンス。余程の理由が無い限り、物を壊しても人を殺しても罪には問われない。もちろん、それが妖魔攻撃隊だろうと、タカマガハラであろうとも、だ」


「正式な依頼、と言う訳か」


「ああ、ちゃんと妖魔攻撃隊からの申請番号ももらっている。さて、どーする? 此処で死ぬか、それとも退くか、二択だ、決めな!」


「キミ、もう一つの選択肢が抜けているわね」


 左にいる女の声にカルトの注意がそれた。瞬間、右の男が手にしたナイフが投げられた。一拍間を置き、カルトの動きを見て女もナイフを投げてくる。迷いのない息の合った動作。それだけに、彼らが普段、どれだけ人を殺しているのかが良く分かった。


 乾いた音を立て、光となって闇を走るナイフは、カルトの僅か数センチの所で静止していた。投げられた四本のナイフを、赤燐は自ら意志があるかのように動き、全てを絡め取っていた。


 鞭を一振りすると、ナイフが腐葉土に突き刺さった。


「なるほど、……その鞭、妖魔攻撃隊からの資料で見た事がある。Sクラスの武器だな」


「Aクラス以上の武器は、人を越える存在が生み出した武器ですね。Sクラスと言えば、悪魔や神、若しくは……」


「ドラゴンだよ。この赤燐の鞭は、古代龍人の遺産じゃない。ドラゴンから直接手渡された物さ」


 カルトの龍因子を内包した赤燐は、意志を持ったかのように体にまとわりつく。ギリギリと、赤燐の鞭がカルトの体を締め上げる。


「なるほどな。赤燐の鞭とマクシミリオンを持つハンターと言えば、一人しか存在しない」


 男が注意深くカルトの右手に回る。


「若干十六歳にしてドラゴンを使役し、あの『白い破滅(ホワイトルーイン)』の一番弟子、古代龍人の王の名を頂くカルト・シン・クルトね」


 左手に回った女が憎々しそうに奥歯を噛み締める。木々が密生し、まともに動く事ができない急斜面。カルトは視界の隅に二人の姿を捕らえながら、更に赤燐の鞭で体を締め上げた。


「ご名答。んで、アンタ達は?」


 カルトの問いに、男が答える。その手には青い燐光を纏っている。


「特務隊タカマガハラ所属、柳楽(なぎら)信(のぶ)明(あき)」


「同じくタカマガハラ所属、佐伯メイ」


 両脇から押し潰すように発せられる龍因子。ビリビリと大気が震え、森の中の動物たちが叫び、一斉に逃げ出す。左右から強烈な気を当てられても尚、カルトは口元に笑みを浮かべる。ザッと彼らを見たところ、ハンターのクラスはSだろう。二対一だろうが、カルトの優位に変わりは無い。

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