第5話

 ベカルドを追って一時間。龍因子と気配を消したカルトは、目標と一定の距離を保っていた。


 狐をデカくしたような悪魔、ベカルド。グリモア文書の『ホノリウス』で、金曜日に召喚されるというベカルドは、その説明通りに金曜日に召喚された。


 腐葉土を踏みしめ、手近な木に飛び移った。走りにくい地面を止めて、木から木へ猿のようにカルトは飛び移っていく。


 一直線に、何処かへ向かっているベカルドの尻尾を見つめながら、カルトはセリスの言葉を思い出していた。




 広大な敷地と大きな屋敷のセリス邸。その一室でセリスとカルトは向かい合っていた。


 飴色の光に照らされ、プラチナブロンドのセリスの長い髪は琥珀色に輝いていた。


「いいこと、ベカルドは殺しちゃダメよ?」


 形の良い唇から、ハープのように美しい旋律が紡がれる。氷のような冷たい美貌も持つセリス。彼女はサファイアブルーの眼差しを細めた。


「何故です?」


「時忘れの龍を倒す為よ」


「………」


 一瞬、カルトの時間が静止した。壁に掛けられている振り子時計の音がなければ、本当に時間が止まってしまったのかと思うほどだ。


「あの、先生。小説を途中から読んだ人の為にも、話を端折(はしよ)らないで下さい」


「端折ってないわよ。今初めて口に出したんだし」


「どーいった経緯で、ベカルドからその、時忘れの龍ってヤツに繋がるんですか?」


「十年に一度、復活して大量の龍因子を搾取する第三種生命体、龍って名前がついているけど、クリシュナのように本当のドラゴンではないわ。ただ、形がドラゴンに似てるだけ」


「で、強いんですか?」


 経緯は兎も角として、カルトが気になるのはその強さだ。カルトが動くと言う事は、時忘れの龍を倒すと言う事なのだろう。


「ハッキリ言って強いわ。名前に神がつくのも頷けるって強さ。なんでも願いを叶えると言う事で、土着の神として崇められていたみたいね。私が依頼を受けたのは、六年前の事よ。それが、近々復活する」


「計算が合いませんね。十年に一度復活するんじゃないんですか?」


「正確には、お腹が空くと復活する。時忘れの龍は特異な能力を持っていてね、完全に封印することは不可能なの。十年に一度、大暴れして封印されているけど、それは封印されていると言うよりも、食欲を満たされて眠りにつくだけ。前回、六年前は中途半端な状態で眠ちゃったからね」


「え? まさか、先生の尻ぬぐいですか?」


「私じゃないわよ」


 少し強めの口調に、カルトはビクリと体を震わせる。セリスから怒気が感じられるのは、気のせいじゃないだろう。


「依頼主は、六年前、強引に時忘れの龍を封印して死んだわ。その人からの依頼。もし、自分がミスったら時忘れの龍を倒してくれってね」


「お代は?」


 セリスは物憂げな溜息をつく。


「……もらったわよ。返しきれないほどのお釣りもね」


 カルトはセリスから視線を逸らす。


 それは、セリスに依頼した人の命と言う事だろう。口ぶりから察するに、その人とセリスは何かしらの縁があったと言う事だろう。


「ですが、だったら先生が始末をつけるべきでは?」


「それでも良かったんだけどね。今回は、私だけの問題じゃないから。カルト、あなたにも深く関わりがある事件なのよ」


「え? 俺にですか?」


「正確にはもう少ししたら、関わる事になるわ」


「???」


 セリスの言っている意味が分からなかった。


「兎にも角にも、よ。ベカルドは逃がしなさい。ベカルドは時忘れの龍の餌よ。いい事、カルト。最終目標は、時忘れの龍を倒すこと」


「封印、ではなく?」


「ええ、この次元から、あらゆる時間軸から、時忘れの龍の存在を抹消すること。邪魔する者がいたら、力尽くで黙らせなさい」


 セリスの怒気が込められた言葉に、まず最初に黙ったのはカルトだった。

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