第3話

 キリコから龍因子の高まりを感じる。臨戦態勢とまではいかないが、明らかにこちらに注意を払っている。


 良い傾向だ。シルは微笑む。


「敵か味方か、とお訊ねになりましたが、残念ながら、その質問にはお答えできません。キリコさん」


 シルの一言により、キリコの体から龍因子が溢れだした。全身から立ち上る、緑色のオーラのような物が龍因子だ。視認できる程の龍因子。人が第三種生命体と渡り合う為、古代龍人が人に分け与えた龍因子。


「なるほどね、カルト君の命令って訳ね」


 やはりシルは答えない。その代わり、右手をサッと横に挙げる。


 カルトを語る為には、やはり古代龍人の説明が必要になるだろう。


 古代龍人とは、ヒトという種を人間にした陰の立役者だ。まだヒトが猿とさほど大差のなかった頃、古代龍人は地球に来たと言われている。どこから来たのか、それは今でも謎のままだが、宇宙からではなく平行次元から来たという説が有力だ。


 当時、地球は空間的に非常に不安定だった。様々な場所にゲートが開き、地獄、天国、高天が原、あらゆる場所から第三種生命体が訪れていた。そんな第三種生命体の一種類が、古代龍人だった。


 数多のドラゴンを使役し、圧倒的な力を有する古代龍人。彼らは不安定だった地球に幾重もの結界を張り、安定させた。そして、その強すぎる力を用い、自らの体を変容させ、人と交わり種を残した。


 何故、古代龍人が人類と交わり種を残そうとしたのか。その理由は誰にも分からない。古代龍人は人に力の一部を分け与え、絶滅してしまった。超考古学で古代龍人の研究が盛んに行われているが、人類はまだその真相に辿り着けないでいる。


 古代龍人の王、カルト・シン・クルトの名を引き継ぐカルト。別に、カルトが好き好んでカルト・シン・クルトを名乗っているのではない。彼は見栄を張っているわけでも、自らの存在をアピールしているわけでもない。彼には、カルト・シン・クルトの名を引き継ぐだけの理由があった。


 カルト・シン・クルトが所持した剣がある。次元の壁を破壊し、時間軸さえも切り裂くと言われる、覇王の神剣マクシミリオン。マクシミリオンは、カルト・シン・クルトしか扱えない剣だった。現在、そのマクシミリオンの所持者は、他でもない、シルの主人であるカルトだった。


 カルト曰く、彼の体を構成する二重螺旋の中に、カルト・シン・クルトの意識が今も存在しているようだ。


 カルトは、自らの中にいる古代龍人の王を嫌っているようだが、シルは実際に『カルト・シン・クルト』が出てきた所を見た事が無い。その存在を確認したことがあるのは、彼の師であるセリスだけだ。


 シルは、主人であるカルトを誇りに思っている。まだまだ未熟だが、古代龍人の王の名を継ぐだけの素質、力、意志を秘めている。だからこそ、シルは黙って彼の、彼と命を共有するドラゴン、クリシュナの使い魔になっている。


「カルト様の命令でもありますが、これは、私の意志でもあります」


 カルトは、シルに無理強いはしない。彼が望むならば、この体をどのように使ってくれても構わないと思っている。実際、シルのような女性の容姿をした第三種生命体は、男性の慰みものになっているのも少なくないと聞く。だが、カルトは違う。カルトはシルを家族として迎え入れ、年上である自分を姉のように慕ってくれている。シルにとって、カルトは主人であると同時に、愛すべき弟でもあるのだ。


 キリコがクルリと腕を回す。敵意も殺意も感じられないが、闘気が高まっている。


「なるほどね。じゃ、違う質問を」


 シルが瞬きをした瞬間、キリコの手には弓が握られていた。一秒にも満たない一瞬の間に、キリコは弓を取り出したのだ。隠し持っていたのではない、常にキリコの獲物はシルの目に入っていた。キリコの弓、『風錐』は、普段は彼女の髪留めとなって、小さくなっている。キリコの意思に呼応し、風雅は一瞬にして弓へと変化する。それを、キリコは一瞬の隙を突いて手にしただけだ。


「私がベカルドの元に行くことがダメなのかしら?」


「ええ、その通りであります」


 シルは頷く。フワリと、体が風船のように宙を舞う。長い緑色の髪が放射状に広がる。


「もし、私が行くと言ったら?」


「力尽くで止めることになります」


「シルさんじゃ勝てないわよ?」


「ええ、存じています。妖魔攻撃隊、一番隊の隊員は日本でもトップのハンター集団ですから」


「訂正させて頂戴。日本でのトップじゃなくて、公務員の中では、ね。フリーのハンターなら、私達より強いのは掃いて捨てるほどいるわよ。身近な所じゃ、カルト君や大地君、セリスさん、あと、まだライセンスは持ってないけど、紫ちゃんって所かな」


 一般的に、第三種生命体を狩る者は『ハンター』と呼ばれている。独立機関である妖魔攻撃隊の他に、警察機構に組み込まれている『タカマガハラ』、それとカルト達フリーのハンター達。毎年四月に行われる試験に合格すれば、力により七つのランクに分類されたハンターのライセンスを支給される。


 キリコ達、妖魔攻撃隊一番隊の隊員は、最上位の『SS(スペシャルS)』クラスに分類される。もちろん、カルトもSSクラスだ。日本でも数万人居ると言われるハンターだが、SSクラスは数が少なく、一〇〇〇人にも満たない。妖魔攻撃隊でさえ、一番隊は十数名しかいないのが現状だ。命を張る仕事である為、安月給で働かされる妖魔攻撃隊より、言い値で仕事を引き受けるフリーになるのは、当然と言えば当然の流れだった。


 なので、妖魔攻撃隊は人手が足りないときなどにフリーのハンターに依頼をすることも珍しくない。


「二重の依頼を受けていたって事ね。参ったわね、私としても、ベカルドを放っておく訳にはいかないの」


「結果的に、ベカルドは消える事になります。それではダメですか?」


「何を企んでいるか知らないけど、それじゃ、私のメンツも丸潰れなのよ」


「何を今更。そんな事、気にしない方だと思っていましたが?」


 皮肉に歪んだキリコの唇。彼女の口から短い吐息が吐かれた瞬間、キリコの左手には矢が握られていた。


 考えるよりも体が動いていた。シルが横に挙げた右手を振るうのと、キリコが矢を放つのが同時だった。激しい風が巻き起こり、シルとキリコの間を分断する。だが、キリコの矢は風の壁を易々と貫き、シルに迫った。


 矢の尖端は青白く輝く魔方陣が浮かび上がっていた。


「クッ」


 シルが体を捻る。矢はシルのスーツを掠めた。瞬間、矢は炸裂し魔方陣が拡大した。魔方陣はシルを捕らえようと強力な力で体の自由を奪ってくる。シルは風の刃でスーツを切り裂くと、一糸まとわぬ姿でその場を脱した。

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