第93話 アデル聖国へ
王家が後見人となってわたしを支援してくれるという申し出を受け、王族専用サロンから自室へと戻る途中のことだった。
一人の騎士がわたしを待ち伏せしていた。
「ケビン・・・。」
「マリエッタ、いや大聖女候補様。
あの時は酷い事を言って申し訳ありませんでした!」
ケビンはわたしの姿を認めると、駆け寄り跪いた。
エリーが亡くなり、わたしが生き残ったことを責めてしまったことを後悔しているようだった。
ケビンはちっとも悪くない。王女が死に御身代は怪我一つもないだなんて責められて当然だ。
「ケビン・・・。どうか顔を上げて。
ケビンは当然のことを言ったまでよ。
目の前の、エリーの胸に突き刺さった小刀がわたしの胸に突き刺されば良かったのにってどれほど思ったことか・・・。
どれほど入れ代わりたいって願ったことか・・・。」
気がつけばわたしの頬に冷たいものが伝う。泣くつもりなんてなかったのに涙が止まらない。
「頼む・・・。あんたまでそんなことを言わんでくれ。
あんたと俺は全く同じ気持ちだっていうのが痛いほどよく分かったよ。
ほら、あんたを泣かせただなんて知られたら、天国の姫さんに叱られちまう。」
ケビンは困った顔をしながら立ち上がると、腰に括り付けていたスカーフをするりと解きわたしに渡した。
「やだ、これ・・・綺麗なの?」
受け取ったスカーフで涙を拭う前に、つい本音が漏れた。
「おまっ!ほんと失礼な奴だな。
綺麗に決まってるだろ!」
ケビンはわたしの手の中のスカーフをひったくると、乱暴にわたしの顔を拭った。
「わっ!ぷっ!ちょ、ちょっとあんたの方が大聖女候補に対して失礼よ!」
そう言い返して視界が開けたとき、目の前には少し楽しそうなケビンがいた。
「本当だったら話しかけるのも畏れ多いお人なんだよな。
今だったらあんたが無事でいてくれて良かったって心から思える。
本当に悪かった・・・。」
「ええ、もう気にしないで・・・。」
ケビンには恨まれたままにならなくて本当に良かった。
それからケビンとお話しをしたけど、ケビンは騎士を辞めることになった。
何でも護衛対象を亡くす怖さで身がすくんでしまうそうだ。
今後は諜報班に転属して、諜報活動を頑張っていくと言っていた。
「ケビンの容姿ならうまくやっていけますね。」
と目立つ容姿では諜報員に不向きなことを少し皮肉っぽく言ってやったら、
「あんたはその容姿で大聖女様になれるのか?」
と言い返された。
大聖女に容姿は関係ない!と言い返したいところだったけど、信徒としては女神のような美しさを期待してしまうのだろう。わたしが言葉に詰まっていると、
「冗談だ。あんたは可愛いよ。」
とサラリと褒めてきた。
ちくしょー、不意打ち食らってときめいてしまったじゃないか。
「でも、あんたのブロンドの髪とエメラルド色の瞳は世間に広まっている。
外に出る時は気を付けた方がいい。」
そう教えてくれた。
エリーの葬儀のとき『導きの鳥』を発現させたことで国中の噂となってしまったらしい。
そりゃ大変だと思い、その場でメリッサにブラウンのかつらと少しだけ色の入っただて眼鏡を手に入れるようお願いした。
わたしは十年以上過ごした王城の部屋を出て行く必要がなくなり、トランクケースをクローゼットへ再び戻す。
アデル聖国までの旅の支度はメリッサにお任せだ。
陛下からの後見人の申し出のあった翌日には、お父様、お母様、お兄様が会いに来てくれた。何でも陛下の取り計らいで王城に居を移すことになったらしい。
『聖女の矢』や『導きの鳥』を発現させたのがシューツエント男爵家の令嬢であることはまだ広まってないらしいけど、それも時間の問題だ。
陛下の早めの対応がありがたい。
それからの一ヶ月間、なるべく家族との時間を過ごした。
一人でいる時には、ついエリーのことを思い出してしまうのでなるべく忙しく動き回った。
宮廷音楽団に見学に行ったり、変装してリカルド商会へ行ってみたり、ピアノや護身術の稽古をしてみたり。
中央神殿のローランド神殿長やその他神殿関係者が何度かご挨拶に来てくれたりしてあっという間に一月が過ぎて行った。
アデル聖国へ出立する時には王家が馬車や途中の宿泊の手配をしてくれていて、側仕えにメリッサと護衛にロビン、後見人としてライオネル王太子を付けてくれた。
何故が主治医としてリカルド様までついてきて、慣れ親しんだ顔ぶれでの旅立ちとなった。
揺れる馬車の車窓から、黄金色に染まる小麦畑を眺める。エリーと行ったことのない場所はまだまだたくさんあった。
アデル聖国へエリーと一緒に行けたのならどんなに胸がときめいたのだろうかと思う。
だけどわたしの隣にエリーはいない。
エリー、聞こえてますか?
今、アデル聖国へ向かってます。
初めての国外です。
貴女と一緒に行きたかった・・・。
貴女と一緒ならどんなに楽しいことでしょう。
わたしの隣に貴女がいたのなら・・・。
貴女のことが・・・どうにも恋しい・・・。
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