第92話 後見人

 わたしが次期大聖女であるという現実味のない話が、大聖女候補として修業をしなくてはならないという少しの現実味を帯びて事が進み始めた。


先程までお話しをしていた大聖女様の乗った馬車が小さくなっていくのを呆然と見送る。


「マリエッタ、少し良いか?」


陛下に声をかけられ、わたし達は王族専用のサロンへと場所を移した。


 王族専用サロンはエリーに連れられて何度か入ったことがある。

ピアノやカードゲームのためのテーブル、ビリヤード台まであり、王族が気兼ねなく寛ぐための部屋だった。

いつも明るく華やかなこの部屋は、喪中ということもあってか、飾られた花は白一色で、出された紅茶の茶器も落ち着いた装飾のものだった。


わたしは次期大聖女という、もしかすると国王と王妃よりも偉い立場になってしまった。

しかしそんなことは直ぐにわたしの中に受け入れられるはずもなく、目の前の国王と王妃にどんな話をされるのかドキドキしていた。


陛下は、少し遅れて入室してきた王宮筆頭執事のベルナルドさんに目配せすると、ベルナルドさんは私の前に一枚のカードを差し出した。


それは黒光りするカードで、リカルド様から頂いた給金専用の個人金庫の身分証明書カードと色違いのものだった。


「これは王家が管理する個人金庫の身分証明書カードだ。

今までの働きの謝礼金を振り込んでおいた。

其方はエリザベートにいい夢を見せてくれた。

そしてミスリル鉱山発見にも寄与している。

そのお礼として少し色を付けておいた。

どうか納めてくれ。」


わたしは遠慮なく頂くことにした。

それと同時にベルナルドさんが「受領のサインをお願いします」と言って一枚の書類を差し出した。

その書類に記載されている金額は、小さな城を持つことができるような金額で、わたしは思わず息を飲んだ。


「その位の働きはしている。遠慮はしないでくれ。」


「あ、ありがとうございます。」


わたしは戸惑いながらも受領のサインをした。

エリーの葬儀も終わり、謝礼金も受け取った。

後はこの城から出ていくだけだった。


「マリエッタ、我々は其方が不自由なく、大聖女として活躍できるよう支援をしていきたい。」


そう陛下が切り出した。

支援───。

今大金を受け取ったばかりだけど、何か支援が必要だろうか。


「資金も勿論だが、活動の手助け、身の安全、困ったことがあったときの相談など後見人となって援助していきたいと思っている。

其方が大聖女だと知れ渡れば、国内だけでなく国外の王族や貴族が、其方と其方の家族に接触しようする者がひっきりなしに出てくるだろう。

そうなれば下級貴族の其方の家では対応しきれないことも多い。

そこで我らが後見人となれば、其方の家族も含めて助けてやれる。

我々は、エリザベートと一緒に育った其方を娘のように思っている。

不安はなるべく取り除いてやりたいのが親の思いというものだ。

どうだ?悪い話しではないと思うが?」


わたしは大聖女という地位を甘く考えていたみたいだ。

全く以て陛下のおっしゃる通りだ。

大聖女とは世界に一人しかいない。(今のような世代交代の時期は二人だけど)

そして大聖女のいる国は平和で豊かになるとまで言われている。

何とかしてわたしを取り込みたいと画策する人がいて当然だ。

家族に迷惑をかけると思うと途端に怖くなってきた。


「そうです。私もマリーちゃんのことは本当の娘のように思っています。

マリーちゃんがいつ帰ってきてもいいように、貴女の部屋はそのままにしておきます。

これからも自分の部屋として好きなように使って欲しいの。

マリーちゃんが王城に滞在するときは、メリッサを専属で付けて不便のないようにするわ。

もちろん、どうしたいかは貴女の自由よ。

それにエリーが亡き後、貴女は私達にとってエリーの生きた証しなのです。

貴女の金色の髪、そしてエメラルドの瞳を見ていると、エリーのことがありありと思い出されるわ。

きっと、エリーはこれからの貴女の行く末を空から見守っていることでしょう。

だから私達も貴女のことを見守りたいのです。」


陛下も王妃様も、とても有難い申し出をして下さった。

でも本当はわたしだって分かっている。

お二人は次期大聖女であるわたしを取り込みたいと考えていることを。

だからと言って、わたしのことを娘のように大切に思って下さっていることも嘘じゃないと思う。

そしてこの国の王家がわたしの家族を守ってくださるのなら、これほど心強いことはない。

家族が大変な思いをする前にここはお言葉に甘えた方がいいのだと思う。


「有難いお申し出、誠に感謝致します。是非ともお言葉に甘えさせて頂きたく存じます。」


わたしは陛下と王妃様の有難い申し出を素直に受けた。

そして直ぐに王城を出て行く必要がなくなったことに少しだけ寂しさが和らいだ。

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