第90話 エリザベートの葬儀
空は眩しいほどの快晴だった。
降り注ぐ日の光は神殿の白さに反射してより眩しさを増している。
今日はエリザベートの葬儀のために、全国各地から弔問客が訪れていた。
神殿の大扉は開放され、神殿から階段を下りて広がる広場からでも最奥の女神像が見えるようになっていた。
女神像の前にはエリザベートの棺が置かれ、その棺を囲うように色とりどりの生花が飾られていた。
神殿内には国王を始めとする王族席があり、外の階段下の広場に貴族席、その後ろに騎士や兵士、そしてその後ろにはその他の民衆が集まっていた。あまりの人の多さに、広場に入りきれず人の波が正門の外にまで溢れていた。
広場の所々に設置された献花台は供えられた花々で溢れかえっている。
多くの人々が『ナディールの大聖女』とまで言われた王女の訃報に悲しみに暮れ、涙を流していた。
その様子は如何に民に愛された王女であったかを物語っている。
エリー、見えていますか?
貴女のためにこんなにたくさんの人が葬儀に駆けつけてくれているわ。
貴女はとても愛された王女なのよ。
マリエッタは今までエリザベートと歩んできた道が、これほどまでに民衆の心を捉えていたのかと感慨深く広場を眺めた。
広場から神殿へ続く階段の最上段は舞台のようになっており、扇状に並んだ聖歌組の上聖女が優しくも悲しげな旋律のハミングを歌っていた。
マリエッタはその聖歌組の列の一番左端で一緒に歌っていた。
しかも『鎮魂の歌』の時は舞台の中央に歩み出て、独りでメインを歌う予定だ。
身に纏っている聖女服は、成人の儀の時にエリザベートとお揃いで誂えたエメラルド色のドレス。それは棺の中のエリザベートと同じ装いだった。
そのエメラルド色のドレスは二人にとって最後のお揃いの服装となった。
そのドレスを着ていれば、エリザベートがすぐ見つけてくれる。マリエッタはそう信じ『聖歌組』の他の上聖女が青い聖女ドレスを纏う中、堂々と独りエメラルド色のドレスを身に纏った。
葬儀の時間となり神殿長のローランド・エクアドルドが舞台の中央に歩みを進めた。
それに気が付いた人々は口を閉じ、姿勢を正し正面を向く。
「ナディール王国の王女、エリザベート・ナディール様が女神のもとへと旅立たれました。
彼女は生前、慈愛の心を以てこの国の多くの者をお救いになりました。
そのお姿は大変気高く、尊いものでございました。
我々は彼女のことを生涯忘れることはないでしょう。
我々は心から彼女を弔い、安寧を願わなければなりません。
皆様方、手を組み、心からの冥福を祈りましょう。」
広場の人々は手を組み瞳を閉じた。
それと同時に神殿長のローランドが退場すると、聖歌組の歌うハミングが『鎮魂の歌』の導入部分へと移り変わる。
マリエッタは足早に舞台中央に歩みを進めると、一礼した。
エリー、貴女のために歌います。
見てて。
マリエッタは歌った。
心を込めて歌った。
愛するエリザベートのために。
歌いながらエリザベートと過ごした日々を思い出す。
初めて会った日に椅子にいたずらされたこと。
お詫びに貰った歌とクマのぬいぐるみ。
エリザベートにプレゼントしたピアノ曲。
王妃へ贈る曲を一緒に作ったこと。
初めて完全治癒をした日のこと。
一緒に聖女活動で全国各地を巡った日々。
どれも楽しく忘れられない思い出ばかりだった。
エリー、今までありがとうございました・・・。
本当に楽しい日々でした。
貴女に仕えることができてわたしは幸せ者です。
貴女を失って、目標もなくなり、これからどうやって生きていけばいいのか正直分からない・・・。
だけどもう暫くこちらで頑張ってみようと思います。
貴女と過ごした日々は決して忘れない・・・。
わたしの愛しい王女よ、安らかに眠れ・・・。
マリエッタの歌は会場に響き渡り、祈りは人々の心に染み渡る。
人々の祈りが最高潮に達した時それは起こった。
祈りを捧げる者達の組んだ手が白く光り出し『祈りの光り』が発現した。
白く淡い光りは徐々に強さを増し、眩しいほど発光する。
これほどの強い『祈りの光り』を発現したことに人々は驚き戸惑った。
そして『祈りの光り』は直視できないほど強く発光すると、上空へ向かって伸びていった。
人々の頭上へ伸びていった白い光りは徐々に形を成していき、白い鳥が顕れた。
それは女神の遣いと言われる、死者の魂を女神の御許へ送り届ける伝説の鳥、『導きの鳥』だった。
『導きの鳥』も『聖女の矢』と同様、大聖女だけが持つ特別な能力の一つである。
人々の頭上に顕れた『導きの鳥』は、エリザベートのために集まった人の数ほど顕れ、天高く西の空へと羽ばたいて行く。
何万羽という白い鳥が青い空へ飛んで行く様子は、エリザベートを女神の御許へ導いているのだと誰しも思った。
「あぁ・・・。」
「行ってしまわれた・・・。」
「どうか安らかに・・・。」
人々は心からの冥福を祈った。
マリエッタも遠ざかる『導きの鳥』を眺めながら、一筋の涙を流す。
『マリー、ありがとう・・・。』
マリエッタの耳にそう聞こえた気がした。
葬儀は『ナディールの大聖女』とまで言われた王女に相応しく素晴らしいものだった。
その葬儀の一部始終を、神殿の陰から見ていた一人の高齢の女性がいた。
「ようやく見つけました・・・。」
彼女は薄らと笑みを浮かべると、静かに踵を返し、神殿の裏の方へと消えて行った。
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