第89話 罪と後悔

 王城の謁見室へ入室すると、国王と王妃の両陛下が立ってお待ちだった。


「マリエッタ・シューツエント、召集に応じ参りました。」


わたしは今まで生きてきた中で最も丁寧なカテーシーでお辞儀をした。


「マリエッタ、体の調子はどうだ?」


「はい、おかげで問題ありません。」


「そうか、それは良かった。

今日は其方達に伝えることがあり召集した。

其方達は只今を以て、エリザベート付であることを解任する。

今までエリザベートが世話になった。」


「「「はっ!!」」」


「マリエッタ・・・。」


「はい。」


ああ、いよいよわたしの刑が決まる。


「マリエッタ・・・其方は・・・。」


陛下が何かを言い淀んだ。


「・・・陛下、どうか、どうか、私めを極刑に処して下さい。

私は王女殿下を死に至らしめた罪深き者でございます。

どうか、どうか・・・。」


自分の処刑を願い出た。声が震える。最後までうまく言葉が継げない。


「陛下!!どうか、私にも処刑を。」


「私にも処刑を!!」


「「私にも!!」」


ジェシカやメリッサ、ロビンもケビンも私と同じように処刑を願い出た。

きっと私と気持ちは同じだったのだろう。


「其方達・・・その様な考えはするでない。

私はマリエッタに、いや、大聖女候補殿に謝らなければならない事がある・・・。」


大聖女候補・・・いったい何のことをおっしゃっているのだろうか。

わたしは聞き慣れない言葉に戸惑った。


「大聖女候補・・・?」


「やはり分かっていなかったか。」


「其方がネストブルク荒野で放った矢は『聖女の矢』だ。記憶にあるだろう。」


聖女の矢?言われてみれば手に弓と矢を持っていた記憶が・・・。

何も考えず逃げていく男に放ったけど・・・あれが?


「其方の放った『聖女の矢』で、エリザベートを刺した一味は手足の自由と声を失った。

『女神の審判』が下されたのだ。

その後『聖女の矢』は何万というナディル帝国軍の兵までも射抜いた。

帝国軍の兵は直接エリザベートの殺害に関与していなかったためか『女神の審判』は下されなかった。

しかし気持ちの動揺が激しく、戦意を失った。

おかげでナディール王国の勝利で終結した。

我が軍の勝利は其方のおかげと言えるだろう・・・。」


 わたしが・・・大聖女候補・・・。

そう言われてもピンとこない。


「・・・其方はエリザベートの聖力が治癒の能力が三、導きの能力が一だったことは知っておるな?」


「・・・はい。」


「治癒の能力が三というのは、刀傷などは止血するがせいぜいだ。完全治癒などできるものではない。

そして導きの能力一は、人々の心を安らかにする程度だ。『祈りの光』が発現するはずもない。

それらは全て、マリエッタ・・・其方が近くにいて力を貸してくれていたからに違いないのだ。」


「わたしの・・・力?」


「其方が幼い頃から高い聖力を持っていることは把握していた。

私は其方がそれに気が付いていないことをいいことに、全てエリザベートの功績とした。

そしてそれを王族への求心力とすることにも利用した。

すまなかった。

其方に罪はない。罪悪感など抱く必要などないのだ。

そしてジェシカ、メリッサ、ロビン、ケビン、其方達も罪悪感など抱かないでよい。

悪いのは、エリザベートに分不相応な活動をさせ『ナディールの大聖女』などと調子づかせた私なのだ。

大聖女候補殿・・・誠に申し訳なかった。」


国王と王妃の両陛下がわたしの目の前で頭を下げている。

わたしは今打ち明けられた話に驚いたが、それ以上に両陛下に頭を下げられている事実に目を剥いた。


「ど、どうか頭をお上げ下さい!

わたし自身利用された覚えもありません。

エリザベート王女殿下は、国のために何ができるのか常にお考えでした。

そんな王女殿下に仕え、全国を一緒に回りお手伝いできてとても幸せでした。

わたしこそ与えられた『御身代』の役目を果たせず、大変申し訳ありません。」


わたしは跪き、頭を下げた。

わたしに会わせてわたしの後ろに並ぶジェシカやロビン達も跪いた。


「そうか。そう言って貰えるのなら、私の罪悪感も幾分か薄れる。」


陛下はわたしの両肩に軽く手を添えると、立つよう促した。


「マリエッタ、そして後ろの者共、どうか処刑など望んでくれるな。

エリザベートを死なせた罪と後悔を私達と一緒に背負って生きてくれないか。」


わたしの瞼から涙が溢れた。

わたしだけが悪いのではなく、ここにいる皆がエリーを守りきれなかった。

そういうことだった。


そしてその罪と後悔を、陛下も、王妃様も、そして今までエリーに仕えていたわたし達五人も、皆でそれを背負って生きて行く。


「明日、エリザベートの葬儀に其方達も参列するように。」


「「「はっ!」」」


明日はエリーの葬儀・・・。

それを聞いてわたしはあることを願い出てみた。


「陛下、もし、許されるのなら、わたしに『鎮魂の歌』を任せていただけないでしょうか・・・。

エリザベート王女殿下のために最後に何かして差し上げたいのです・・・。」


すると陛下も、王妃様も、くしゃりと泣きそうな笑顔をなさった。


「エリザベートも其方に送ってもらえれば喜ぶであろう。」


「私からもお願いしたいわ。」


明日の葬儀で『鎮魂の歌』を歌う許可をいただいたわたしは、心を込めて歌うことを誓った。


 そして謁見室を退室しようとしたとき、「葬儀が終わった後、紹介したい人がいる」と陛下に告げられて部屋を後にした。

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