第88話 現実だった
目を覚ますと、そこは見慣れたわたしの部屋だった。
頭がはっきりとしない。
ネストブルク荒野でのことはまるで夢の中の出来事のように思える。
そうだ、夢の中での出来事に違いない。
エリーは今どこにいるのだろうか?
すっごく不安だ。
早く、早く会いに行きたい。
「気が付かれましたか。」
わたしを上からのぞき込むのはメリッサだった。
「メリッサ・・・。
わたし、夢を見ていました。
とても嫌な夢です。
今すぐエリーの無事を確認したいので、支度をお願いします。」
なぜかメリッサは泣きそうな顔をする。
不安になるからそんな顔をしないで欲しい。
「マリエッタ様は四日間も寝込まれていました。まずは軽い食事をお持ちします。姫様に会いに行くのはそれからです。」
「・・・分かりました。」
言われてみればお腹も空いている。
まだ少しクラクラするけど、わたしは四日間も寝ていたようだ。
わたしは促されるままベッドの上で軽い食事を取ると、湯浴みをして、いつも通り制服に着替えた。
「エリーは今どちらに?」
髪を整えてくれているメリッサの動きが一瞬止まる。
「・・・中央神殿で姫様はお待ちです。髪を整えましたら、馬車を用意致しましょう。」
中央神殿にいると聞いて胸がギュッと締めつけられる。現実を見るのが怖い。
またメリッサが泣きそうな顔をした。
中央神殿の安置室にエリーはいた。
静かで誰もいない部屋に、ただ一人棺に入れられてわたしを待っていた。
棺は王族だけが使うことが許されているという、長期間遺体が綺麗に保管することができる特殊なものだった。
棺に入れられたエリーは、色とりどりの生花に囲まれ、まるで眠るように横たわっていた。
ああ、やはり夢なんかじゃなかった。
ネストブルク荒野でのことは現実で、エリーの瞳は二度と開くことはないんだ。
わたしは認めたくなかった現実を目の当たりにした。
「エリー、ごめんなさい・・・。
貴女を守れなかった・・・。」
わたしはエリーを守るためにいつも側にいたのに、一番肝心な役目を果たせなかった。
御身代として最低だ。
それに王族を死に至らしめた罪は重い。
もしかしたら処刑かも知れない。
むしろ処刑にしてくれた方がいい。
早くエリーの元へと会いに行けるから。
「エリー・・・。
貴女を一人にしてごめんなさい。
ずっと一緒にいるって約束、守れなかった・・・。
でももうすぐ、貴女の元へ会いに行きます。
処刑されるまで、少しだけ待ってて下さいね。
もうすぐ、もうすぐ、貴女の元へ・・・。」
エリーとはずっと一緒にいる約束をしていた。それを守るためにも極刑をお願いしよう。
お父様とお母様、そしてお兄様には申し訳ないけど、わたしにはそれしか考えられない。
どうかエリーの元で仕えるためにもあの世へ行くことをお許し下さい・・・。
わたしがこれからもエリーに仕える覚悟を決めた時、力強く誰かに肩を引かれた。
「おいっ!
お前はなぜ生きている!」
ケビンだった。
ケビンは憔悴しきった顔で、わたしを責めた。
心なしか頬は痩け、目もまっ赤だった。
「なぜ生きている」と聞かれてもわたしも分からない。何なら逆に教えて欲しいくらいだ。
「・・・。」
「姫さんの代わりにその命を差し出すのがお前の役目だろ!
なのになぜ姫さんが死んでお前が生きている!!」
「・・・。」
何も言い返せなかった。
全くケビンの言う通りだ。泣く資格なんて無いのに涙が溢れてくる。
「おいっ!ケビンっ!
止せっ、止すんだ!!」
間に割って止めてくれたのはケビンの兄、ロビンだった。
「マリエッタさん、申し訳ありません。こいつもマリエッタさんが悪い訳じゃないのは分かってるんです。
なのに現実を受け止めきれなくてマリエッタさんに当たって・・・。
悪いのは、護衛の俺等なんです。
護衛が生きてて護衛対象が亡くなるなんて、これほど恥ずべきことはありません。」
「いえ・・・。わたしは平気です。」
「・・・マリエッタさん、メリッサさん、陛下がお呼びです。今すぐ王城へお戻り下さい。
ケビン!お前もだ!」
ロビンがここへ来たのはわたし達を呼びに来たからだった。
ああ、そうか。
わたしの処刑が決まるんだ。
その場で打ち首でもしょうがないよね。
そうじゃなくても処刑を願い出よう。
覚悟を決めながらわたしは王城へ戻った。
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